37 侵入者
医師に見せればいいじゃない。それで結果がわかるのだから。
そう言うことのできない世界で、治療の負担は高額であるのだから、やるせない気持ちになってくる。
治療士が体調を調べることもできないのか。依頼したら、治療。となっているので、健康診断のようなことはしない。せめて、体調確認できる者がいればいいのに。
「治療士のレベルがあるから、確認もできないんだろうな」
触れて全てが治せる人と、位置を指定して治す人。どちらも、悪い場所がわかっているのだろうか。
医者はいるが、民間療法レベルだ。おばあちゃんの知恵袋は役に立つが、重病では気休めにもならない。
杞憂だといいのだが。変に脅してしまったが、なにもなければそれでいい。
とぼとぼと一人町から歩いていると、お腹がすいてきた。お昼に家を出てきたので、夕飯時間に近い。
なにか食べ物を持ってくれば良かった。水袋でもあれば、お茶でも作って持ってくるのだが。
「水袋って、腸とかで作るのかな。それは作るのはちょっとなあ」
小さな瓶でもいいのだから、瓶に水でも入れてくるのだった。そんなに暑くないのだから、半日くらい入れておいても問題ないだろう。
「あ、しまった。これ、落とし物でどこかに預けられるかと思って持ってきたのに」
カバンの中に、前に荷車が落としていった小瓶を入れていたのを忘れていた。警察のような組織があれば、預けるつもりだったのだが。
「警察とか、いなそうだよね。門守ってる兵士があんなだったし」
フェルナンも、落ちていたら売ればいい、なんてことを言っていたくらいだ。落ちている物を自分のものにするという考え方があるとしたら、落とし物を預ける場所はないかもしれない。
「家の門扉に、紐でもつけて引っかけとこうかな。落とした人が気付いて、取りにくるかもしれないし」
拾ってから、もう一日は跨いでしまったが。まだ落としたことに気付いていないのかもしれない。
暗くなるのが早くなったか、森の上が夕闇に覆われはじめていた。天気も悪いので、少し暗く感じる。
「そうだ、傘作んなきゃ。江戸時代の傘って、どうやって作るのかなあ」
雲行きが怪しくなってきた。早く帰ろうと、足早になる。小山から坂を降りたら家だ。そう思って家の方向を見やると、門扉が開いているのが見えた。
気のせいかな、扉も少し開いている気がする。
「なんで? 鍵、内側から閉めたのに」
使徒が来ているのだろうか。使徒が玄関を開けるとは思わないが。真っ暗な中でも、人を脅かすために待っているような男だ。
不安を感じて、走り出す。
普段から家の鍵はかけている。玄関は開かないように棒をはめ、裏口もしっかり鍵をかけてきた。その鍵があまりに粗末なので、いつも窓から出入りしている。リビングの窓を使っているが、開けられたら簡単に入られた。
窓から侵入されたのだろうか。走って家の前にたどり着くと、扉は少しだけ開いて、扉前には足跡がついていた。扉についた土が、蹴りつけられたことを意味していた。
そっと扉に手をかけて、ゆっくり開く。家の中の状況に、ただただ、呆然とした。
「やだ。ひどい」
足を踏み入れると、床でぱきりと音がした。踏んだのは欠けた木の棒だ。無理に開けられた時に壊れたのだ。
窓は開いておらず、真っ暗な中、玄関からの光だけで、その惨憺たる状況が目に入った。
倒れた椅子。床に転がった手織り機。作り途中の布が踏み付けられている。オレードからもらった糸巻き機は横になって、糸がホコリのように絡まって落ちていた。
キッチンに行けば、裏口も蹴り付けられたか、扉が壊れている。内開きなのに、無理に蹴り付けて開けたのだろう。お皿やフォークなどが落ちており、鍋が転がっている。地下倉庫も開けたか、入り口が開きっぱなしだ。
人の気配はない。降りてみたが、物が散乱しおり、肉が一つなくなっていた。木箱に入れた野菜は転がっているが、荒らされているだけだ。
金庫はフェルナンのおかげで無事だ。開けられた様子はない。
隣の部屋の倉庫も同じように荒らされて、床に物が散乱していた。二階も同じ。シーツや枕がぐちゃぐちゃになって端に寄せられて、本が広がって落ちていた。
金庫のおかげでお金は盗まれていない。外に出て周辺を探したが、お金を掘られた様子もない。盗まれたのは、ぶら下げておいた塩漬けの肉だけで、それ以外は壊されたり、放られていただけだ。
けれど、今まで作ってきた物が壊され、部屋の中は誰かの足跡が残り、生活用品がゴミのように踏み付けられている。
「なんで、こんなこと」
金目の物がないため、肉だけ持っていったのか。けれど、いくつかある肉のうち一つを盗んでいっただけだ。
だが、金庫があることには気付かれている。もし、自分がここにいた時に泥棒に押し入れられたら。
ぞっとした。フェルナンの言う通り、家にいればどうにもならなかっただろう。無理に金庫を開けられて、そこで殺されていたかもしれない。
「ど、どうしよう。誰に、通報すれば」
門兵のことを思い出せば、通報しても相手にしてもらえるかわからない。
そもそも、村まで来てくれるのか?
「アンナさんに聞いて、村に自警団とかあるのかな。でも、町に行った方が?」
部屋の中でうろうろしていると、風が吹いたのか、キッチンの裏口がガタリと鳴った。
体が強張る。もう暗くなってくる時間だ。この家に帰ってくることを考えて、犯人がまたここに来るかもしれない。金庫は高価で、あれがあるだけでも、お金があるのだとわかってしまう。
このままこの家にいるのは怖い。また犯人が来たら、どうにもできない。
「どうしよう。だれか、」
どうすべきなのか考えている間に、風が強く吹いて、裏口の扉がバタンと閉まった。
体がびくりと震える。胸元で、なにかが肌をくすぐった。
「そうだ、オレードさん」
首にかけているネックレスを思い出して、そのタグを服の上からぐっと握った。
なにかあれば、呼びにくればいいと言ってくれた。強盗が入ったと、助けを求めても良いだろうか。
外でパタパタと音がしはじめた。雨が降ってきたのだ。
玲那は唇を噛み締めると、二階へ走り出した。床でぐしゃぐしゃになったシーツを頭から被り、外へ飛び出す。
雨は急激に降り始めていた。雷も鳴りはじめている。
顔に降り注ぐ雨を拭って、坂道を駆け上がり、町への道を走り続けた。
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