36−3 治療士

 ハロウズ夫人は、玲那をソファーに座るように促して、自分もソファーに座った。すぐにお茶が出てきて、温かい湯気と共に良い香りが鼻腔をくすぐった。紅茶の匂いだ。


「どうぞ。召し上がって。大したものは出せないのだけれど」

「いただきます」


 こちらの作法などは知らないが、出されたので、カップを手に取った。ストレートティーだが、ベルガモットのような柑橘系の香りがする。なにか混じっているようだ。

 紅茶をずっと飲んでいなかったのもあるかもしれないが、ホッと息が出そうになる。とてもおいしい。

 それを見て、ハロウズ夫人が小さく笑う。その笑い方も上品で美しい。

 きれいな人というより、美しい人と表現したい。


「最近、急に調子が悪くなってしまったの。治療士に治療をお願いしたのだけれど、あまり腕の良くない者だったようで、また痛みが再発してしまって。眠っていると、急激に背中がいたくなったりするの。起きていてもあるのだけれど、痛くて眠れないことがあって、困ってしまって」

「夜、ですか?」

「ええ、そうなのよ。少し前から。腹痛もあるのだけれど、背中がひどく痛んで」

「腹痛……?」

「レナさん、夫人のお時間もありますから」


 アルフが小声で急かしてくる。話をしに来たのではなかった。貴族と平民という隔たりがあるため、もてなされてはいるが早めにコルセットの話をした方がよいのだろう。アルフはそわそわと落ち着かないようにして、玲那に目配せをした。ハロウズ夫人は気にしていないようだが、アルフを見て小さく笑うと、ゆっくりと立ち上がる。


「どうやって製作するのかしら?」

「では、腰回り、測らせてください。服を着ていて大丈夫ですので」


 メジャー代わりの紐を取り出して、腰のサイズを測る。お腹にかかる縦のサイズも測り、体に合うように作りたい。

 ウエストに触れて、そのサイズを測っていると、気になるところがあった。


「あの、失礼ですが、前からこんなに痩せてらっしゃるんですか?」

「あら。そんなに痩せているかしら」


 貴族の平均体重がどうなっているのか知らないが、ウエストが細すぎる。まるで、病気をしていた頃の玲那のウエストサイズだ。骨と皮しかなく、肋が浮いて、肉がない。

 服の上からでもわかる、その細さ。病的だ。


「俺もそう思います。また痩せられたのではないでしょうか?」

「いやだわ。そう見える?」

 アルフは憂え顔を見せたが、側に控えていた男性も少しだけ顔を歪めていた。心配そうに眉を下げている。


「食欲がないのよ。あまり食べられなくて。そんなに痩せたかしら?」

「痩せたように見えます。この間会った時よりも」

「最近、痩せられたんですか?」


 ふと気になって、アルフとの会話に口を挟んだ。気のせいか、どこかで聞いたことのある症状のように思えたからだ。

 ハロウズ夫人は苦笑いをしつつも、このところ食欲がないことを吐露した。


「疲れているのか、お腹が重苦しいこともあって、あまり食事ができないのよ」

「では、急激に痩せられたのでは?」

「レナさん?」

 アルフがたしなめるような声で玲那の名を呼んだが、どうにも気になることがあった。


「治療士に治療を頼んだけれど、また再発したとおっしゃられましたが、一度は治ったんですか?」

「一時的だけれど、痛みは治ったのよ。けれど、すぐに痛みが出てきてしまったの」

「治療士についてあまり詳しくないのですが、治療士が治療しても、治らないってことはあるんですか?」

「レナさん。失礼ですよ!」


 なにが失礼なのかわからないが、アルフが声を荒げた。ハロウズ夫人がすぐにアルフを抑えるように微笑んで、玲那に向き直す。


「治療士の腕は、お金に左右されることが多いの。今のハロウズ家には、高額を出して私の腰程度の痛みに治療士を呼ぶことはできないわ。高額な治療士がいれば、夫に使わせるから」

「ハロウズ様は病で倒れていらっしゃって、治療士が治療しても、まだ完治されないんだ」


 治療士がいれば、簡単に治せるわけではなさそうだ。魔法と聞いて、パッと直せると勘違いしていた。

 治療士は力があれば治療も早いが、それでも何度も続けなければならない場合もある。薬のように、一度飲めば治る場合と、飲み続けて治る場合があるように、どれだけ力のある治療士でも、あっという間に治るわけではない。

 その上、治療士のレベルがあり、レベルの低い者は尚更時間を要するという。


「では、一度治してもらったけれど、根本的には治っていなくて、それで再発したということですよね」

「そうだと思うわ」

「その間、何か重い物を持ったり、変に捻ったり、転んだりされましたか?」

「いいえ、なにもないわ。寝相が悪いわけではないと思うのだけれど、眠っていたら、ひどい痛みで目が覚めるほどだったの」

「目が覚めるほどのひどい痛み、ですか」

「レナさん。コルセットを作るのに、必要な情報なんですか?」


 アルフが少しだけ苛立ちを見せた。あまりにしつこく聞くので、失礼だったのだろう。

 だが、話を聞いているに、ただの腰の痛みだとは思えなかった。


「治療士って、腰痛を治すとしたら、それだけ治せるということなんでしょうか。たとえば、頭を怪我した。傷ができて血が流れているのは治せたとして、実は頭を怪我した後に、目が見えなくなっていた。あとで目が見えなくなったので、目が見えないことは治療士に言っていない。でも、原因は頭を怪我したことで目が見えなくなった。そういったような、怪我が要因だが、他に悪いところがあった場合、最初の治療で気付いて、その他の不良も治してもらえるんですか?」


 気になるのはそこだ。魔法の治療の仕方がよくわからないので、そこをはっきりさせたい。

 治療士の治療とは、どんな風に治療させるのか。腰痛云々関係なく、おかしなところをすべて治すのか、腰痛と聞いて、悪い部分がわかってそこに治療を行うのか。そこは大きな違いだ。現代医療のように、頭を怪我した際、表面的な傷だけではなく、衝撃で神経が壊れていたなど、内部のこともわかって治療できるのだろうか。一時的被害ではなく、二時的被害も気付けるのだろうか。


 問うと、ハロウズ夫人は頬を押さえながら、顔を傾ける。変なことを聞いただろうか。しかし、これは重要なことだ。


「そうね。ヴェーラーのような大神官は、触れるだけですべてを治してしまうそうよ。神官などの魔力を多く持っているような方々でも、そこまでではないわ。触れるだけでは治療できないから、魔法をかけてくださるの。一般の治療士には、痛みがある部分を指定してお願いするわ。そこだけに魔法をかけるのよ」

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