33 提案
「また、金額を上げられたか」
「商会長が、あれじゃあな」
材木屋に足を踏み入れると、店主ともう一人の男性が、真剣な顔をして何かを話していた。
「なんとかならないもんかね」
「なってたら、こんな苦労はないよ。と、ホワイエさん。お待ちしてました!」
材木屋の店主が玲那に気付き、玲那を迎えてくれる。玲那を背にして話していたのは、刃物屋さんの店主だ。丸坊主なので間違いない。
「こんにちは。この間お願いしていた件で来たんですけど」
「できていますよ。どうぞ、こちらに」
材木店の店長は、玲那を中に招く。奥の方には職人が働いているようで、皆が机を前にして作業をしている。玲那が来ると、一斉に作業をやめて玲那に注目した。
なんだろう。若い人から、それなりに年のいった人たちがいる。その内、一人の男が布に被せられた物を持ってきて、広い机に置いた。
布の中に隠れたのは、ハンドチョッパーだ。プラスチックでつくられていないので中は見えないが、取手と蓋が一緒になっており、ナイフが三段、ずらして設置されている。しかもナイフは真っ直ぐなナイフではなく、回転しているような、斜めの形になっていた。
「チャドが良いナイフを出してくれたんです。直線のナイフより、この形の方が切れやすいんじゃないかって、提案してくれましてね」
チャドとは、刃物屋の店主の名前のようだ。恥ずかしそうに坊主頭をなでて、面白い物を作るというから、試行錯誤してこれにしたんです。と教えてくれる。
「ナイフを取り外せば蓋から取っ手が取れるので、掃除は楽にできるかと。まずは、使い心地を確かめてください」
材木屋店長が木屑を入れてくれる。蓋をしてセットし、取っ手に触れる。取っ手は頼んだ通り、くるくると回るようになっていた。回してみると握りも回るので、回しやすい。
周囲の職人たちがじっと見守る中、何度も回して切れ味を確かめる。中は見られないため、ある程度回してから中を開けてみると、木屑が細かくなっていた。
「おお、すごーい。ちゃんと切れてます」
職人たちが、わっと歓声を上げた。出した木屑は細切れになっており、思った以上に刻まれている。
「このナイフ、どこまで耐えられますかね。木の枝とか入れても平気ですか?」
「問題ないですよ。切れ味抜群ですからね。取り出す時に、怪我をしないように気を付けてください」
ハンドチョッパーで怖いのは、刃物で怪我をすることだ。市販の刃物に比べてかなり鋭利なので、手入れには気を遣わなければ。
「とってもいいです。完璧です。助かるー。手織り機も助かりました。完璧に布ができましたよ。持ってきたので、見てください」
トートバッグから布を出して、その出来を見てもらう。あの手織り機で布ができて、材木屋の店主たちは安堵した顔を見せた。木を切った職人たちも気になっていたようだ。
「しっかり布になっていますね。あの手織り機で、こんなに作れるのか」
作ってくれたのは材木屋だ。礼を言いたい。
今回は大荷物になると思い、トートバッグは二枚持ってきている。他にも頼んでいた木もあり、中に入れればトートバッグがずしりと重くなった。
しかし、いくらになっただろうか。良い刃物を使わせていただいた上、手織り機よりも、丁寧に作られていた。他の材木を追加すると結構な額になるだろう。
お金を払おうとカバンを探ると、木材屋店主がその手を見つめていた。
「それは、カバンですか? 随分とその、」
前に来た時にも持っていたのだが、気付いていなかったのか、見せてもらってもいいですかと言われて、肩から外した。袋を開けたいというので、カバンの中の物を取り出し、カバンを渡す。
刃物屋店長のチャドだけでなく、他の職人たちも手に取り出した。
「小物を入れられるカバンですか? 女性向けというか」
「この編み目、高級レースのようだな」
「どこで買われたんですか?」
「自分で作ったんですけれど」
「ホワイエさんが!? やはり、職人の方でしたか」
「違いますが」
否定すれば、ざわめきが広がった。職人でないとなにかまずいのだろうか。
女性用のカバンは珍しいと、エミリーとエリックに言われていたので、注目を浴びやすいのだろうが、浴びすぎではなかろうか。
「この裁断機も素晴らしいですからな。これらは売れますよ。カバンは認可局に出していないんですか?」
チャドが感心したように聞いてくるが、首を振っておく。内心、出た、認可局、である。
材木屋店長は、勿体無いと呟きながら、なぜかチャドと目を合わせて頷き合った。
「バイロンと話してたんですがね。この断裁機、認可局に出しませんか?」
「出さないです」
バイロンが誰だか知らないが、はっきり即座に断ると、チャドと材木屋店長が、がくりと肩を落とした。材木屋店長の名前がバイロンのようだ。
バイロンは震えながら、なんともったいない。素晴らしい出来なのに。とぶつぶつ言っている。
しかし、認可局など、そんな恐ろしいところに登録なんてしたくない。するのならば、勝手に彼らだけでやってほしい。
そもそも、登録には何が必要なのか。お金はわかっている。市民権などはないのだろうか。この領土に住む権利を持っていないのだが、そういった権利はないのか、気になってくる。聞く気はないが。聞いたら権利を持っていないことがバレてしまう。
「これだけのもの、高額で売れますよ。大きめに作れば、料理人にも売れるでしょう。ちょうどこの時期は、肉の仕込みがありますからね」
チャドが説明をくれる。肉の仕込みとは、冬になる前に冬支度として、ソーセージのような加工品を作るそうだ。腸に詰める肉と言っているのだから、そのようなものだろう。料理人たちが包丁を駆使し、細切れにした肉を作る。その作業が圧倒的に短くなると豪語する。
魔法で刻む者もいるようだが、町でもソーセージなどは作るため、重宝するとのことである。
魔法いいなあ。ではなく、この時期は皆同じ作業をするので、飛ぶように売れる可能性があるのだ。
「認可局に出す気はないので。そちらで作っていただいたのだから、そちらで出してみたらいかがですか?」
「な、何言ってんですか! これはホワイエさんの案ですよ!? そんなこと言っちゃならない! あんたが考えた断裁機だ!」
バイロンが怒鳴るような声で力説してくるので、その勢いに一瞬押された。その熱量が、大変な物を作っているかのような、重大な事件のように聞こえたからだ。
尻込みしそうになると、チャドがバイロンの肩を押さえる。驚かせてどうするとたしなめて。
「す、すみません。新しい物を作り、それが役に立つのならば、量産して、得られた金額がその人に還元されるのが、当然なんですよ。素晴らしい商品を作ったのだから、その分の元はしっかりもらわないと」
エミリーから聞いた話からは真逆のことを言ってくる。カバン屋の店主は、職人の技術を搾取しているのに。バイロンは職人側の意見を言うようだ。
「もちろん、認可局に登録するには大変なお金が必要ですが、ホワイエさんの財力ならば、問題ないんじゃないですか?」
無理な難題を言って作ってもらっているし、高い買い物をしているのも知られているので、チャドも後ろで頷いている。
どこの金持ちの娘と思われているか。フェルナンの忠告が今さらのしかかってきた。非常識な買い物をしたつけだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます