32−2 肉
レナのように討伐隊騎士を受けいれる者など、他にいない。村の人間だけでなく、町の人間も同じ。時には貴族すら嫌悪した表情を見せる。厄介な討伐隊騎士。領主の犬。王都からやってきた、英雄という名の暴挙たち。
「だから、あんな物を渡したのか。村人が持つには、高価すぎる物を」
レナがその辺の村人と違い、価値もわからず相当な金を持っていることは、話していない。彼女にとって、あのくらいの装飾品ならば購入できるだろうが、それでもあれは高価な物だ。
そして、特別な物でもある。
「構わないだろう。町に出ていたら、あの子は目立つ。それは、フェルナンも気になっているのではないの? 町で会って、変な輩に目を付けられていたと言っていたのは、君だろう」
前に町で会った時、裏道に蔓延るような男たちに、レナは見られていたことに気付いていなかった。
着ているものは貧相な割に、身なりが悪くないように見える。不思議な履物を履いており、服に乱れはなく汚れもない。そのため、町の貧困層に住む少女には見えない。かといって、町の中流階級の者にも見えないが、背筋が伸び髪の毛を綺麗にまとめ、珍しい格好をしておかしなカバンを持っているため、町を歩くとやけに浮いて見える。
裏道にでも入れば、いい獲物が歩いてきたと、ごろつきどもがレナに目を付けた。間違えて危険な道でも入ったのだろう。そのまま引き連れていたところに、自分が通りかかった。
「追い払っておかないと、あの子では危ないよ」
「追い払っておいた」
「町でまた、連れ歩く可能性もある」
その時は知ったことではない。自分が狙われやすいのだと、自覚しておかないのが悪いのだ。
なにも言わずにいると、オレードは、だから念の為だよ。と優しげに言う。
村の娘が討伐隊騎士に尾を振ることなどないが、逃げ出すのは目に見えている。そうではないだけで、オレードはやけにレナを気に入っているようだった。
それを言うと、君もだろう。と言ってくるのが想像できたので、それも黙っておく。
気に入っているわけではないと言っても、どうせ信じないのだから。
「では、また、明日。たまには、うちにも寄ってくれると嬉しいんだけれど」
その言葉を手の平で返すと、オレードは微苦笑を浮かべてガロガの腹を蹴った。遠のく姿を見送る前に、自分は宿舎の方へ進む。
討伐隊騎士の宿舎は城壁内にあるが、正門とは別の門から入った。領主の城はそこまで大きくないが、城壁内の広さはあるため、討伐隊騎士の宿舎もそれなりに大きい。ガロガを舎に入れて、毛並みを整えてから餌をあげて、城壁内にある神殿へ足を運ぶ。この領土にある神殿は城壁内に一つしかなく、ここに入るために許可を得て入る領民も多い。それも貴族だけだが。
平民は町の中にある教会で祈りを捧げた。教会は魔法などを扱う治療士や祈祷師などが登録されている場所だが、そこに祈祷室があるのだ。
神殿と魔法は密接しており、教会は神殿に準じる者たちが働いているとも言える。そこで祈りを捧げるのは当然だろう。
貴族だけが入られる神殿も、都に行けば簡単には入られない。領内の神殿も、城の中に入ることのない貴族たちは許可がいる。それでも、討伐隊騎士は自由に出入りができた。それはこの領土に神官が少なく、全てに対応するのが難しいと言うこともあるが、討伐隊騎士が特別な力を持っていたことにも起因する。力のある者、勇者と共に多くの魔物たちと戦った功績は、嘘ではないからだ。
その後どれだけ堕落しようとも、王の命令で多くの魔物を倒したことは間違いではなく、その戦いには神殿で学んだ神官も加わっていた。
騎士の中には、魔法の力を高めるために神官になる者も多い。
自分もまた、同じく、神官となった。
神殿には長い回廊があり、その回廊を照らす光が揺れて、自分の影が踊ったように見えた。普段この時間はほとんど人がおらず、他の神官に会うことはないのだが、前から二人、歩いてくる者がいる。
二人はこちらに気付いて、お互い囁き合った。
「まったく、どうしてあんなやつが、神官になれるのか」
「私生児が。なぜこの場所に入れるのだ」
通り過ぎざま届く言葉に、横目で返せば、村人のように顔を青ざめさせて小走りで逃げ去っていく。
聞き慣れた言葉に苛立ちを覚えてばかりだが、ふと、レナの言葉が頭によぎった。
『何もしてないんですよね?』
『出生とか気にすることないですし、忌避する必要は、私にはないです』
はっきりと、よどむことなく言い切った少女は、あまりにも無垢で、しかし、その晴れやかな顔は、霧がかった空気すら吹き飛ばしてしまいそうだった。
「なにも、知らないだけだ」
言い聞かせるように口にしながら、けれど、どこか心が晴れやかになっていることを、フェルナンは感じていた。
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