29−2 ロビー
「え、なに。またはぐれガロガじゃないよね」
窓から顔を出してみれば、なにかがいる。
「え、なにあれ。え、え?」
大きさは、牛ほどはないが、小さいわけでもない。鼻と毛が長く、犬のボルゾイやアフガン・ハウンドのようにも見えるが、やけに丸っこい。色は茶色と白のまだら模様で、長い耳が横に伸びている。そして、頭には羊のような巻かれた角があった。
それが、庭の柵にぶつかり、角を当ててなにかやっている。
「うちの柵は、サンドバッグではないのよ。壊さないでね!」
森に住んでいる獣だろうか。ガロガのように大きくはないが、あの角で突っ込まれたら怪我をする。遠目で見守っていたが、あちこちの柵にぶつかり、とうとう飛び越えて庭に入ってきた。
「こらこら。桶に顔突っ込まないで。あっ、野菜食べちゃダメよ!」
角が痒いのか、頭を振りながら井戸に激突し、草を入れている桶に頭を突っ込んだ。水が入っているので、急いで頭を振り、畑に足を踏み入れる。野菜を見つけて落ち着くと、葉っぱを食べはじめた。
野菜泥棒は許さん。鍋を持って、木のおたまを持つ。
大きな音を聞いて、逃げてもらいたい。家の中から安全に、鍋をガンガン叩く。獣は一瞬びくりとして柵まで逃げたが、飛び上がらずにくるりと回って、柵の辺りを警戒しながら歩いた。
庭から出ていく様子がない。
こちらを襲う雰囲気はなく、しばらくすると落ち着いて、また野菜を食べようとした。ガロガのようにのんびりしている。森の中にいる獣ではなさそうだ。しかし、一体どこから来たのだろう。
「誰か飼ってるのかな」
鳥を飼っているシーラの家は、鳥舎の他にも柵があった。シーラの家から逃げてきたのだろうか。
鍋を持ったまま庭に出てみると、人に怯える姿はなく、やはりのんびりと口を動かして、野菜の葉っぱを食べ続ける。
「どこのおうちの子なの。ちょっと、野菜を食べるのはやめようか」
近付いてみると、首輪をしているのがわかった。茶色の紐が毛に隠れて結ばれている。どこからか逃げてきたようだ。
さすがに名札はないか。家畜だとして、羊のように毛を刈るためのものなのか。肉なのか。それとも別の用途があるのか。気になる。
「ちょっと、失礼」
毛に触れると、さらりとした触り心地だが、柔らかく、毛先がカールしている。尻尾などは犬のようにさらさらだが、ふんわりとしていた。首にでも巻いたら絶対温かい。ふっくらしているのは毛のおかげにも見えるが、太っているようなので肉用にも見える。
「毛担当ですか? お肉担当ですか?」
ふっくらしていたら肉認定していることに、普段の生活が滲み出てきた気がする。この大きさの獣をさばけるか、考えている自分もいる。
「慣れって怖いねー。さてさて、お肉ちゃん。私にさばかれる前に、おうちにお帰りよ」
なでてやれば、顔を近付けてきた。もっとなでろという感じはない。餌はないのかという顔だ。あろうことか、人のスカートを喰みはじめた。
「ちょ、こら。草材料だからって、食べるな! こら、やめてよお。大切な服なんだから!」
「レナー」
鍋で追い払おうとした時、坂の上から声が届いた。やって来たのはアンナだ。玲那が獣とスカートを引っ張りあっているのに気付いて、一度吹き出しながらも、ゆっくり歩いてくる。
「ごめんなさいね。これ、うちの義父の家の家畜で。抜け出してしまって、朝からずっと探していたの」
「さっき迷い込んできたんです。首輪付けてたから、誰か飼ってるのかなって思ってましたけど」
アンナの義父は近くに住んでいて、夫婦で家畜を飼っているそうだ。これはロビーという家畜で、普段はその辺の野っ原に連れて行き、餌を食べさせている。夕方になると勝手に戻ってくるので、数を数えるだけで済むらしいが、戻ってきて畜舎で休むはずが畜舎に穴が空いていたため、何匹かいなくなっていたらしい。その最後の一匹だったようだ。
「あら、レナ。かわいらしいベルトをしているわね。町で買ってきたの?」
「いえ、これは、自分で編んで」
「自分で!? 素敵ねえ。とっても素敵。売れるんじゃないの?」
そこまで言われると照れてしまう。エミリーにもカバンが売れると言われたが、帯も買う人はいるだろうと言っていたのだ。売りたい気持ちはあるが、認可局の話を聞いたので、そのつもりはない。怪しい人間が認可局に登録をするなんて、怖くてできない。
「良かったら、作りましょうか? この間の、パンのお礼も石火石のお礼もしてないし」
「いいのよ。でも、そうね。それとは別で、少し手伝わない?」
アンナの言葉に、とりあえず玲那は頷いた。
お手伝い。新しいことを覚えるのに丁度良い。コミュニケーションも取れる。
そんなわけでやってきた。アンナの義父の家。
「レナ、そっち押さえて!」
「はいっ!!」
羊の毛刈り、もとい、ロビーの毛刈りである。
手触りの良い、さらさらふわふわな毛の家畜、ロビーは主に毛を使い、メスはミルクがとれる。もちろん、肉としても食べられ、角も加工品として使うことができる、素晴らしい家畜だ。
夏毛は少々硬めだが、冬毛になる前に刈るとふんわり柔らかな毛が生えてくる。そのため秋口に全刈りするそうだ。
こちらにはバリカンがないので、ナイフで傷付けないように刈り取る。ロビーの体は結構大きく、抱きしめて押さえないとならないくらいには力が強い。玲那はロビーを抱っこして、刈られるのを一緒に待っていた。
「助かるよ。母が腰をやってしまって、手伝いがいなくてね」
アンナの夫である、ビッグスがナイフで丁寧にロビーの毛を刈りながら、申し訳なさそうに言ってくる。
手伝いは構わないが、報酬があるのでありがたく手伝わせていただいている。なので、謝らないでほしい。むしろ呼んでくれて嬉しい。
「チーズいただけるなんて、最高です。嬉しい」
「ミルクもあるから、後で持って帰ってね」
それは万歳である。ミルクがあれば、シチューが作れるのではなかろうか。考えただけで、うきうきしてきた。
「足元押さえてくれる?」
「はい!」
こんなお手伝いなら、ぜひ呼んでほしい。ロビーはおとなしいのだが、嫌がる子は嫌がり方が激しく、手足をばたつかせ、尻尾で地面を叩き、ひどいと噛んでくる。草を喰む程度の噛み方だと侮ってはいけない。噛んだら絶対離さない勢いで噛み付いてくる。玲那の袖がよだれでベトベトになってきた。
アンナとビッグスの父親は、刈り取った毛を運び、広げて日干しした。ゴミをとっているようだ。ビッグスの父親は足を引きずっているので、力仕事が難しいのだろう。アンナは時折お腹をさすっているので、おそらく力仕事はできない。
ロビーの数は見ただけでも二十匹以上おり、柵の中をうろうろしている。ロビー用の畜舎にも何匹かいるようだ。
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