28−2 認可局
「物を作ることに天才的な聖女が、多くの役立つ物を作って、それが登録されることになったのよ。模倣した粗悪品をなくすために。認可局の制度は、聖女が作った物の偽物が出回らないために作られたの。だから、登録料も高いのよ。聖女だったらなんでも登録できるでしょう?」
ここにも聖女の弊害が。しかし、新しい物を作るたびに製作物に高額な税金を課していたら、クリエイターが衰退してしまうのではないだろうか。
「良心的な店主がいる店なんて、そんなにないわ。職人が直接店を作るしかないの。でも、私みたいな新人は店なんて持てないし、私がお世話になっていた師匠は店を持っていないの。だから、どうにもならないのよ」
税金の取り方は売上にもかかるので、一人で店を持つにはハードルが高いのだ。独立するためにも、まずは店に入り、その店の職人として働くのが一番良い。ただし、その店主のモラルに左右される。
なんとかならないものなのか。あまりにもエミリーが不憫だ。
「ちなみに、エミリーさんは、何を作ってるんですか?」
エミリーの家は、道の作りが変わる辺り、土から石畳に変わるところの、直立した建物の三階にあった。
弟と二人で住んでいるらしく、部屋は二間。ダイニングキッチンと一部屋で過ごしている。その一部屋にはベッドが一つ。そこに所狭しと、カバンやベルトなどが置いてあった。
「革のカバンですか。うわー、うわー。すごーい」
「冒険者用のカバンなの。遠征用だったり、商人用だったり。色々ね」
リュックのように背負えるものから、アタッシュケースのような形のもの。腰に巻くベルトタイプなどがある。
革の種類はいくつかあるようで、色や毛並みが違った。
革の加工がされている商品だ。
「エミリーさんて、革の加工、されるんですか?」
「もちろんよ」
エミリーは当然だと頷いた。革の加工の仕方を知っている人が、ここにいる。話を聞いて良いだろうか。作り方を、聞いて良いだろうか。
食いつくように縋りついて話を聞きたいが、今はエミリーの問題が先だ。弟のエリックが不安そうな顔をしてベッドに座っている。弟は少し年が離れているようで、顔が幼い。十代半ばのようだ。髪色はエミリーと同じ栗色で、顔もよく似ていた。
二人は製作を一緒に行なっているそうで、お互いに案を出し、それの試作品を作っていた。
姉弟二人で職人となり、エミリーは売る店ができて喜んでいたのに、結果がこのようになってしまい、落胆どころではないだろう。
「あのカバンだって、売れ行きが上がって利益になっているのに」
エリックは拳を握りしめる。エミリーの視線の先にあるカバンは、斜めがけのリュックのようなカバンで、後ろ手で物が取れるようになっている。ポケットのたくさんあるカバンだ。認可局で許可をもらっているため、あのカバンについては利益をもらえていたそうだ。エミリーたちのカバンが売れるとわかり、今回の登録がなされなかったのだろう。
「あのカバンは、何用ですか?」
「魔物討伐の狩人用ですよ」
「狩人用。騎士ではなく?」
「討伐隊騎士はこんなカバン使わないですよ。やつらは森に行くふりをして、飲み屋で飲んでばかりだし。山向こうにたまにでかいのが出るから、それを遠征って行って、たまに遠出するだけ」
「私の知っている人は、森でよくうろついてますけど」
「そいつらが奇特なだけですよ。貧乏貴族の次男とかじゃないのかな」
エリックは肩を竦める。下っ端の討伐隊騎士は森にいることがあるようだ。オレードとフェルナンは貧乏貴族なのだろうか。それはともかく、魔物討伐に行く一般人がいるようだ。
巣の糸などを取りに行ったりするのかもしれない。貴族の服は魔物の巣を使っているのだから、そのために森に入る者たちもいるだろう。
その狩人用のカバンが、よく売れているそうだ。使い勝手が良いと評判で、職人たちが手分けして作っているほどだった。今まで、そういったカバンがなかったからだ。
「狩人が持つカバンって、普通は腰に巻く形の物が多いんです。獲物は背負うから。けど、体にピッタリとしたカバンだったら、問題ないじゃないですか。腰のカバンよりも物が入るし、カバンに紐が引っ掛けられるようにしてあるから、獲物を巻き付けられるんです。だから、結構売れてるんですよ」
エリックが力説した。このカバンを作った時の反響は、とても大きかったそうだ。夢を語る姿は目がキラキラ輝いているように見える。しかし、すぐにその瞳は濁ってしまった。もう、自分たちの手から離れてしまったと言って。
「レナさんでしたっけ。レナさんのそのカバンも、とても珍しいですよね。外国の製品ですか?」
「これは、私が適当に作ったので、買ったわけじゃないです」
「うそっ! 作ったんですか!?」
「自分で作ったんですか!?」
エリックとエミリーの声が重なった。エミリーはしんみりしたまま話を聞いていたのだが、突然立ち上がり、玲那のカバンを手に取って眺めはじめる。
「これを、自分で? カゴよね。それに、レースの編みが素敵。絞りもあって、簡単に開けられないようになっているし、斜めにかけることで歩くのに邪魔にならない。これを、適当に作ったですって?」
なんだか大袈裟に誉められているようだが、カギ編みさえできれば、適当に作れるものだ。大した技術ではない。しかし、発想が素晴らしいと珍しがられた。なんだか恥ずかしい。
「こういうカバンって、こっちにはないんですか?」
「カバンなんて、聖女が考えて初めて出てきて、それ以降はずっと似たような物を使ってきたのよ。聖女のカバン以上にすごいものなんて、誰も作れないもの」
出た、聖女。いつの聖女か。物作りの聖女か。色々な物を作ったらしい聖女は、カバンも作っていたようだ。
そのカバンは庶民用ではなく、騎士用で、今でも遠征に行く騎士が使っている。オレードとフェルナンがカバンを持っていたか思い出せないのだが、よく使われている形のカバンがあるのだ。ただ、かなり遠くへ行くために使うカバンなので、実用性はあっても、その辺で使うような形ではないとか。
想像するに、登山用とか、キャンプ用のカバンみたいなものだろうか。よくわからない。
だが、案外、普通の物を作っている。
「すごいのよ。熱いお湯をそのまま持っていけたり、冷えたままになったり。領主の宮殿の台所にもあるそうだけど、材料を保管することができる魔法が、完璧なんですって」
「まほー、ですか??」
「そうよ。カバンに特別な魔法をかけるの。誰も考えなかった方法だわ。魔法を持続させるために、魔導具を作ったとか。真似できないわよね」
聖女の作る物が、普通の物のはずなかった。
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