28 認可局
「すみません。さっきの人ですよね」
橋の上でポツネンと立ったまま、川を見下ろしていた女性を見つけ、玲那は声をかけた。
「あ、店の前にいた、」
「これ、落としませんでしたか?」
「私のです! ありがとうございます。あの時、切れてしまったんだわ」
どうやらブレスレットだったらしい。器用に結び直して、腕に付けた。その手は染色をする手なのか、指先が焦茶色に滲んでいたり、爪の中が赤や青に染まっていたりした。染色の職人をしているのかもしれない。糸も自分で染めたのだろうか。
「ごめんなさいね。さっきは、助けてもらったのに。あの、騎士の方と一緒にいたでしょう。だから、驚いてしまって」
女性はフェルナンに驚いて逃げてしまったようだ。討伐隊騎士の姿は、やはり恐ろしいらしい。
「いい人ですけれど」
「でも、あの人は、領主の手下でしょう?」
騎士なのだから、手下と言うだろうか。領主の下で働いていれば、そう呼ばれるのかもしれない。
討伐隊騎士であると色眼鏡で見られるのだろう。良い人たちなのに。
「あのお店で、何かあったんですか?」
聞いても力になれないかもしれないが、気落ちしているならば誰かに吐き出した方がいい。川を見つめているなど、とてもではないが放っておけない。飛び込んでも大怪我をするような高さではないが、それでも悲壮な表情を浮かべていた。
女性は我慢をしていたのか、ぽろりと頬に涙を落とした。途端、ぼろぼろと涙を流しはじめたのだ。
女性の名前は、エミリー。年齢は二十代半ばくらい。栗色の髪を肩まで伸ばしており、前髪が顔にかからないように、ハーフアップでまとめていた。青い髪紐の先に石がついていて、かわいらしい。腕の紐といい、おしゃれな人のようだ。
エミリーは一年目の駆け出し職人で、やっと商品を扱ってくれるお店に出会えたのに、先ほど急に契約を切ると一方的に言われた。同じ物を作る職人が他におり、その人の方が腕は良いからという理由だった。
「私が作ったものと、同じ商品だったの。私の商品なのに」
「商品を盗まれたってことですか?」
「案を盗まれたの。私の案を誰かが盗んで、商品化したのよ。新人だからって、盗んでも問題ないと思っているんだわ。売れていなかった頃はそんなことされなかったけれど、私の商品が軌道に入ったからって、認可局に送った案を、横流ししたのよ」
「にんか、きょく、ですか?」
「あなた、どこからきたの? この国の人じゃないの?」
急に言われて、つい体を強張らせる。その言葉はこちらではメジャーな言葉なようだ。他国から来たことを説明すると、他の国にない制度なのかと、逆に聞かれてしまった。
「商品などを作って売るのに、認可を得る場所があるの。新しい商品ができたら必ず登録して、その登録がされたら店に物を置けるようになる。この国で決められていることよ」
商品登録。誰がどんな物を考案し、製作したか。そして、どの店で売るかを登録するそうだ。特許の登録に似たようなものだろうか。装飾品だけでなく、製作物には必ず登録が必要で、食品なども例外ではない。その許可を得ないと罰金が科せられた。
特許登録に税金を課しているようだ。商品の種類、価値や使用頻度よって登録料が変わる。そして、その商品を別の者が売る場合も、許可がいる。
Aさんが新しい商品を考案し、製作した。認可局に商品登録費を払い商品登録し、販売場所も登録して、販売許可を得る。
BさんがそのAさんの商品を売る場合、販売許可が必要になる。認可局に販売許可費を支払うと、その数パーセントがAさんに支払われる。
新商品を作った者には、マージンが支払われることになるのだ。認可局への登録費が高額ならば、当然の権利ということだろう。販売者は販売権利を得なければ物が売れないのだから、売れ筋によってはかなりの利益が出る。この領土だけの話ではないからだ。
エミリーが言うには、その認可局に盗人がおり、エミリーが登録したはずの商品案が認可局に登録されておらず、別名で登録がなされ、販売がされていたそうだ。商品を売る店も登録しているが、その店で商品が売られていたのである。
そうなると、認可局にいる盗人と店が共謀して行っていることになる。その売り上げは、エミリーに還元されることはない。
「それじゃ、登録自体を引き下げたりできないんですか?」
「受け付けてくれなかったわ。私が登録に行ったのに、そんな登録にはなっていないからと。でも、登録料は私が払っているわけじゃないの。最初から、盗む気だったのよ」
登録料は高額で、新人の職人が登録するには手が届かない額だ。大抵の職人はすでに誰かが登録し商品となっている物を作る。その傍ら、新しい商品を考えるのだ。その商品を売れると考えた店が、職人の腕を担保とし、登録費を支払う。
「登録料を払って売れなければ、店の負担になるでしょう? だから、職人はほとんど無給で働かされるの。住処も与えられるし、食事も出してくれるけれどね。でも、そんな職人になりたくないから、売り上げの何割かを渡す代わり、登録料を払ってほしいって契約をしたのよ」
しかし、登録はエミリーになっていない。契約していても反故にされた。エミリーはまったくお金をもらえず、店を追い出されたのだ。
エミリーを階段上から突き落とした男。あの男がいた店である。
「そんなの、まかり通るんですか……」
あまりにもひどすぎる。認可局に文句を言っても、共犯ではどうにもならない。それを訴える場所もないのだ。
「職人なんて、何人もいると思っているのよ。私が作った商品は、一つしかないのに」
エミリーは嗚咽を漏らして泣き出した。なんと言えばいいのか。解決策を講じるには、玲那はこの世界のことを知らなすぎた。
そんな店があるのならば、新しく商品を考えても同じような目に遭うかもしれない。
製品を売るには店が必要だ。
「路上販売してる人いましたけど、どの道でも使っていいんですか?」
卵を売っているのだから路上販売は可能だ。その場合、どの道を使い、卵を売る、と登録するのだろうか。
「そんなことないわ。店の前なんて無理だし、人の家の前も、その建物の持ち主の許可が必要よ。広場は、市場が立つから使える時間はないし、公共のものとされるから無理よ」
「卵とか売ってる道は?」
「あれは貧民層の卵売りでしょう? 普通ならば市場で売っているわ。貧民層は目溢しされていることが多いのよ。ただし、いきなり蹴られても文句は言えないわね」
市場があるのか。それは行ってみたい。それはともかく、いきなり蹴られる。の意味がわからない。税金を払わずに卵を売っているからか。警察レベルが低すぎではなかろうか。
「あなた本当にこの国の人じゃないのね。警備なんて、その辺をたむろって酒でも飲んでいるだけよ。警備が何をしてくれるって言うの。認可局だって、聖女が大量の物を作ったから、そんな制度ができたのよ」
「聖女? なぜそこに、聖女が出てくるんです??」
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