20 犯人

「レナちゃん、その姿、どうしたの!?」

 森から出る途中、オレードとフェルナンに会った。


「怪我したの!?」

「いえ、これは、リトリトをさばいたら、こんなになっちゃって」


 スプラッタの映画のように、玲那の服は血にまみれて、赤黒くなっていた。シミになってしまったが、石鹸も漂白剤もないのだから、もう落ちないだろう。これは完全に作業用の服になった。土いじりの時にでも着る。


「そっか。頑張ったんだ?」

 リトリトをさばいたのが初めてだとわかったか、オレードが褒めてくれる。泣きそうになったが、頷いてそれを隠した。


「皮って、前はどうされたんですか? 持って帰ってましたよね」

「神殿に葬る」


 皮を供養するということだろうか。玲那はちらりとフェルナンの足元を見遣った。足元の靴は革でできているようだが、リトリトだけを供養するのか。

 玲那の疑問に気付いたのか、オレードが苦笑する。


「フェルナンは敬虔なヴェーラーの信者だから。食を得るために殺生をしたら、その一部を持ち帰り、捧げる必要があるんだ。糧の未来に幸があるようにと。特に頭部は魂が宿る場所だからね。レナちゃんの国には、ヴェーラーの教えはないのかな」


 ヴェーラーという神か、教祖でもいるようだ。軽く笑って誤魔化して、適当に流しておく。食を得る殺生というならば、限定的なようだ。そうでなければ、討伐の度に供養が必要になる。食べることを理由にしなければ、供養は必要ないのだろうか。


 フェルナンはそのために頭を残して下処理をしたのだ。綺麗に皮を剥いだので、加工の仕方を知っているのかと思った。

 しょんぼりすると、それも察したか、棒に引っ掛けた皮をじっと見つめてくる。


「皮、綺麗に取れたの? 売りに行く?」

「いえ、変に切れちゃったので、自分でやろうかなって思って」

「そっか。やり方はどうするの?」

「適当で」


 また実験だ。腐らないような処理をしたい。皮は綺麗にはげば売れることもわかって、やる気が出る。そのうち売りに行けるだろうか。

 オレードは小さく笑った。わからなくてもやろうとする姿勢が、なんだかおかしいようだ。


「香木を持っていないのに、森に入ってるんだって?」

「香木? ですか?」

 そういえば、フェルナンがそんなことを言っていたような気がする。持っていないと言えば、森から追い立てられたのだ。


「できれば持っていた方がいいかな。川のこちらにも、もしかしたら魔物が出るかもしれないんだ」

「ま、魔物が??」

「前に、森の中で変に木が倒れていたところがあってね。魔物が川よりこちらに来ているかもしれない。魔物避けの香木があるから、それを持っていれば、ある程度の魔物ならば近寄ってこないから」

「そ、そんなのあるんですね」


 魔物を避ける香木か。そんなものがあるならば、欲しいが。話を聞くに、川よりこちらで木が倒れていたとは、つまり、ビットバで倒した木のことではなかろうか。


「今度、一緒に取りに行こうか」

「取れるものなんですか? でしたら、ぜひ」

「魔物は隠れているのか、川向こうに戻ったのか、わからないけれど、まだ見つかっていないから、念の為持っておいた方がいいよ」

 香木を取りに行く約束をして、玲那は糸車の件についてよくよく礼を言い、二人と別れた。








「ーーー使徒さん、大事になってるよ!」


 ビットバのせいで木が不可思議な倒れた方をしていたので、彼らはずっと警戒をしているのだろう。しかし、犯人がわからず、森に近付かない方がいいと警告してくれる。

 しかし、犯人は、ここにいる。


「うう。申し訳ない。申し訳ないー」


 森から魔物が出てきたら、討伐隊騎士にとっても問題だろう。しかし、こちら側に魔物は出ていない。余計な手間をかけさせている。

 一通り心の中で謝る。今日はこのまま帰ろう。真実は言えない。申し訳ないが、いない犯人を探し続けることになる。申し訳ない!!







 気を取り直し、家に帰ってからすぐに作業を始めた。掘ってきた植物を庭の外の土地に植えて、肉の足は焼き、体は下処理をして燻製にする。森の中で内臓は取ったが、肋骨などは取っていない。骨は焼いて出汁にするか、砕けば肥料になるので、そのまま持って帰ってきた。


「高熱で焼かないとダメかな。焚き火ってどれくらいの火力なんだろ。かまどの中突っ込んじゃえばいいかな」

 野生の肉を出汁にするとなると、なにかと不安があるのは、そういった本をよく読んでいたからだ。


 母親が体にいいからと言って、やたらオーガニック製品を買っていた。本当に良いかはともかく、どういった工程でできるのかを知るのは楽しかった。兄はそんなことを調べる妹を変な目で見ていたが、医者になる気の彼に聞けば、教えてくれたり、一緒に資料を探したりしてくれた。


「そのおかげで、少しは知識があって良かったかもね」

 獣の毛はダニなどがいるかもしれないので、直接手に触れない方がいい。葉っぱで押さえてさばいたが、持ってくる間も触れないようにした。フェルナンは皮の手袋をしていた。


 皮は水に漬ける。塩がないので、消臭用にセロリもどきの葉を入れた。何度も洗った後、草を焼いて、灰を作り、灰汁を作って、そこに入れておけばいいだろう。

 工程は何度か試して、革になるか試す。酢に入れたり、石灰を使ったりするかもしれない。酢はないが、川にいけば、石灰にできる貝などいるだろうか。乾燥させるにも絞る必要があるので、木を削り、モップの水を絞るような器具でも作ろうか。


 なんでもできる。時間はたっぷりある。そのうち、多くに慣れるだろう。

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