19 糧

 地面に置いたナタを手作りの鞘に入れて腰に掲げ、取った草を小さいカゴに詰めて、スコップ代わりの石を手にして、フェルナンを追いかける。背負っているカゴを取ろうとするが、フェルナンはカゴを背負ったまま、どんどん進んでしまう。


 ええええ。待ってよおお。


 石と小さいカゴにある草を落とさないように、玲那は急いでフェルナンの後を追う。フェルナンはどの方向に歩いているのかわかっていると、周りを確認することなく進んだ。足の長さもあって、追いつくことができない。

 ひいひい言いながら走って後を追っていると、あっという間に森の外に出てしまった。


「あんたの家はあそこだ。しばらくこの辺りの森には入るな」

 フェルナンはカゴを置いて、森の中に戻ろうとする。

「え、ま、待って。フェルナンさん!」

 玲那は荷物を置いて、服で手を拭った。そうして、荷物からおしぼりを出して手にすると、フェルナンのマントを引っ張った。


「土が。ちょっと、待ってください。今、落とすので!」

「たいしたことない」

「ダメですよ! 土ついちゃって。土は洗っても落ちにくいんだから!」


 丁度、フェルナンのお尻のところが汚れてしまっている。これはいけない。位置も悪い。マントだが、後ろから見ると、すごく嫌だ。固く絞ってある布なので、土が染み込んだりしないだろう。ぱたぱた叩いて、その泥を落とした。


「あんたの服の方がひどいぞ」

「あとで洗いますから。はい、取れた。送ってくれてありがとうございます。お気を付けて」


 手を振って見送ると、フェルナンはやはり無表情で森の中に戻った。こちらを振り向きもせず。

 その姿が見えなくなるまで、手を振り続けた。そうして、まったく見えなくなったことを確認して、玲那は大きく、勢いよく声を吐き出した。


「使徒さん! どうしてくれるの!」

 緊張で大汗をかきそうだった。


 木々が薙ぎ倒されているのは、私がやったからです。なんて、言えるわけがない。

 もしかして、フェルナンとオレードは、木を倒したものを探しているのではないだろうか。もしかしてではなく、そうに違いない。


「あわわ。あわわ」

 そりゃそうだ。ビットバのせいで、バッと木々を薙ぎ倒してしまったのだから。

「あわわわわわ」


 当分、ビットバの練習はできない。それよりも、彼らはビットバの跡を見て、一体どんな化け物が潜んでいるのかと思っただろうか。その犯人を、彼らは探し続けるのだろう。その犯人が、見付かるまで。


「ごめんなさいー。ああー! 使徒さんのせいですー!!」

 玲那の叫びは、彼らには届くことはなかった。









 ガサガサと、足元の草を踏み付けて、木の実のある木の側へ駆け寄っていく。

 周囲の匂いを嗅ぎ取っているかのように、ふんふんと鼻の頭を動かしているが、あまり鼻は良くないのだろう。木の実の匂いを嗅いでいるだけかもしれない。玲那には気付かず、リトリトは大好きな木の実を頬張って、ミャウミャウ鳴いた。






 ヒョロヒョロ飛んでいた矢に足りない、鳥の羽。森の中で、テリトリー争いでもしていたのか、いくつもの羽が地面に落ちていた。大切な鳥の羽。それを半分にして、長さを揃え縦に半分に分割すると、三枚ほど矢の後ろに付けた。ノリは木の樹脂を使い、糸で巻き、固定してある。糸も樹脂で接着させた。

 はみ出したところは削って落としたので、そこまで重くなっていない。


 木に向かって練習すれば、それなりにまっすぐ飛び、木に刺さるくらいのスピードが出た。

 矢は羽の部分が繊細にできているので、できるだけ触らないように持ち運ぶ。手に持ち続けることになるので、手が塞がって不便なため、そのうち袋を作るつもりだ。草を掻き分ける長い棒も持って、森の中へ入り込む。


 今日は、覚悟がいるのである。

「リトリト、私にさばけるかな」


 フェルナンのさばき方は見ていた。見ていたが、できるかどうかはわからない。矢で射ったところで止めが刺せていなければ、首を絞めるなりする必要がある。首を落とすにも覚悟が必要だ。

 生き物の命を奪い、肉とする。できなければ、今後肉を買いに行かなければならない。購入はできるだろうが、なにかあって金を失うことになれば、肉を自分で得る必要がでてくる。


「お金、盗まれることはないと思いたいけど、なんとも言えないもんね」

 元々、肉も魚も自分で取ることになっていた。できるに越したことはない。


 肉になっていればさばける。気持ちが悪いのは、首と手足が目に見えてわかるからだ。クリスマスの鶏の丸焼きも、見るのは苦手だった。あの首のない感じが好きになれない。

 しかし、今回はそれを処理する必要がある。


「内臓なんて見慣れてるし、部位も見てるし、血は大丈夫なのよ。顔さえ我慢すれば、いけるから!」

 自分に言い聞かせて、さばく姿を想像する。皮を使うとしても、どうせ首から上はいらない。すぐに落として、どこかに埋葬しよう。

 さすがに頭をその辺に放置したくない。尻尾はいただくことにする。


「皮は、なめすとしても、薬剤必要だよね。でも、昔の人は薬剤なんて使ってないだろうから、考えられるのは、塩か、灰汁か、石灰か、あとなんだろ。蒸すとか? 燻製? そんなので革製品になるかな?」

 加工品として考えられる工程は、どんなことがあるだろうか。よく使われるものを思い出す。


「お酢とか? 皮だから、腐りにくくするでしょ? 腐敗しないようにさせる防腐剤って、なんだろ」

 森の中、考え事をしながら周囲を見回す。前回フェルナンに森に近づくなと言われたので、少し離れた違う場所に入っていた。初めて入ったところなので、迷子にならないようにしたい。


 所々の木に草や花を枝に引っ掛けて、目印を付けた。その場で適当に作った、笹舟のような葉っぱを枝に差しておいたりする。そこに花を生けたりしているので、飾りのようだ。しかし、これが役に立つ。そのうち糸を染色して、目立つリボンを作るつもりだ。森は深く、方向がわかりににくくなることがある。川から向こうに行かなければ問題なくとも、その川まで歩くのに時間がかかった。戻る道を見失えば、大変なことになる。


 ビットバのせいで、あまり森の奥には行かないようにしていたが、歩いているうちに川に近付いてしまった。奥の方に行ったつもりはなかったが、道を間違えてしまったようだ。

 フェルナンとオレードは、今もビットバの犯人探しをしているだろうか。心が痛む。しかし、自分がやったとは口が裂けても言えない。

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