2−3 玲那

「ここで生きていくには、自然と触れ合う必要があります。裏手の森をまっすぐ行けば川がありますので、そこで魚を取るなりなんなりしてください。川から向こうに行けば迷子になりかねませんので、お気を付けあれ。森で獣を取るなりしてくださっても結構です。薪は自分で森に取りに行くと良いでしょう」

「はあ」

「何か得意なことはありますか?」

「得意なこと? 特に何も」


 ほとんど病院に住んでいたような自分に、得意なことなどあるわけない。

「では、今まで何を好んでいらっしゃったんです?」

「読書とかですね」


 起きていられる時は本を読んでばかりだった。小さな頃は親もよく相手をしてくれたが、中学生あたりになってからは親の足も遠のき、勉強のためだといって電子書籍の端末を与えられた。本はよく買ってくれていたが、アナログの本は病院ではかさばる。それで電子書籍にしてくれただけだが、自分で選んで買えるので、重宝していた。

 本を読むのは好きだ。自分が体験できないことを教えてくれる。知らない世界を学ぶことができる。本によって、自分の世界が広がっていくのが好きだった。


「あとは、あみぐるみとか、色々なもの、作ってましたけど」

 一緒に入院していた部屋の子たちにははやりがあり、それに付き合って、縫い物や編み物をした。アクセサリー作りなどのハンドメイドもやっていたが、はやりによってすぐ別の物を作り始めるので、ずっと同じ物を作っていたわけではないが、色々な制作に手を出していた。


「では、あなたには本を与えましょう。この世界に順応できるように、ちょっとした贈り物です。あなたの世界に似たようなものがあれば、言葉が翻訳されますから。では、私はこれで。頑張って生きてくださいね」

「え、ちょっと!?」

 呼びかけに応えることなく、使徒は姿を消した。ぽつんと一人残されて、急に不安になってくる。


「え、お金とかどうするの?」

 本をくれるのはありがたいが、それだけとは。

「なにかもっと、チート的なのくれないの!?」

「あ、忘れてました!」

「わあっ!!」


 再び使徒が現れて、驚いて尻餅を付きそうになった。わざとではなかろうか。

 使徒は謝る風もなく、おもむろに重そうな袋を渡してきた。


「はい、お金ですよ。大切に使ってください」

「くれるんですか?」

「あなたの全財産です。よくよく考えてお使いください」

「いちいち嫌味ったらしく聞こえるんですが」

「とんでもない。あと、お話しし忘れていましたが、」

 使徒は前置きをして、一度間を取る。重大なことなのだと、嘘くさい咳払いをして、玲那を見据えた。


「この国は昔、異世界人が関わったため、国に大事があったり、なにかと不運に見舞われたりしたことがあります。そのため、異世界人であることを見破られないようにお願いします」

「どういうことですか??」

「この世界は神への信仰があつく、スピリチュアルなことに敏感でして、異世界人をすぐに神の使いだとなんだと、囃し立てるのです。聖女や勇者なんてものは紛い物だというのに、物珍しさに、暴走してしまうのでしょう」

「言い方……」

「しかし、珍しい知識などを持つ者を神聖視した結果、大きな間違いを犯してしまったのです。しかも、何度も」


 そのせいで、この国の人々は、異世界人に容赦がないそうだ。

 異世界人って、そんなにメジャーな生き物なのか?


「使徒さんって、どんだけ間違い起こしてるんです?」

「あなたの魂を救ったのですから、この世界で頑張ってください!」

 ミスに対して返答することなく、使徒は叫んだまま姿を消した。


「ちょっとお! どんだけミスってるんだ! やっぱり、詐欺ー!!」

 玲那の叫びも虚しく、そのまま使徒は戻ってこなかった。手にあるのはいくつか種類のある硬貨で、使い方もわからない。

 溜め息しか出ない。


 二人の会話を聞いている人もいないくらい、人の気配のない場所。そこに一人。

 急に寒気がして、肩を抱きしめた。こんな何もないところで一人になって、何ができるのだろう。生きていけるのだろうか。不安で心細くなる。


 俯けば、足元で蟻のような黒い小さな生物が、列をなして歩いていた。

 暖かい気候だからか、それ以外にも、何匹もの生物が目に入ってくる。

 空を見上げれば鳥が飛び、蝶のような生物がゆっくり移動している。


「はあ、まあ、スローライフが始まったと思えば、いいか」

 自分は今、立ち上がり、自分の力で歩いている。前は呼吸すら自分で行えず、食事も口に入れられなかったのに。

 なんとかなるだろう。

 一瞬で考えが変わるのは、やはり自分のメンタルが強いからだろうか。


「よし。新しい生活だー!」

 こうして、河瀬玲那。もとい、レナ・ホワイエの一人暮らしが、知らぬ世界にて、始まったのである。

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