うるふがーる×らぶぱにっく

カラスウリ

1.始まりはいつも突然

 いつからだっけな、自分が恋愛に向いてないって気づいたの。恋バナといえば女子の嗜み、みたいな感じで、世間だとみんな当然のように恋ってヤツをしているらしい。はじめは私も恋をしているで話を合わせてきたけど、すぐに嫌気が差してきた。……結局、恋バナが始まると適当に聞き流すだけになってしまった。

 

 そんなことをぼんやりと考えながら、教室の中央列、後ろの方の席に座って朝の予鈴を待っている。


「あっ、瑠花居るじゃん。おはよ〜」


「……おは〜」


「今日もウルフ決まってんね〜、あたしもウルフにしよっかな」


「本気なら、表参道の美容室紹介するけど」


 いつものように緩く適当な会話をして、私の前の席に座った友達に視線を向ける。もう朝のルーティンみたいなもんね、で決まって次はこう――

 

「ふわぁぁ……ねむ。いや、彼氏が寝落ち通話ハマっとんのよ、私はヤなんだけどね」


「ふ〜ん、でも断らないのは優しさってワケ?」


「や、まぁ……好きだから」


 いつも通りの惚気。何聞かされてんだか。毎朝よく飽きないな〜なんて思うけど、私にも彼氏が居たらそんなにお熱くなれるのかね。


 ふと、ガヤガヤと賑わい始めた朝の教室におずおずと入ってきた眼鏡の女子が目に付いた。


蔭森かげもりじゃん。あの子真面目だよね〜、ウチは校則緩めなのにカッチリ制服も着込んじゃってさぁ」


「そうだね……ま、あの子にはあの子の生き方があるから」


 いくらか皮肉めいたその物言いに少しモヤっとしつつ、やんわりと耳触りのいい言葉で返すことしか出来なかった。


「てかあんた彼氏作らんの?可愛いんだから引く手数多ってヤツなんじゃない?」


「え〜、いや……なんていうか、要らん」


「ウチらもう高二なんだし作っときなよ、損だよ〜」


 言い終わらない内に聞き慣れたチャイムが鳴り響き、担任の登壇と一緒に水を打ったように教室は静まり返る。前を向いた友達の背中をぼんやりと眺めながら、ついさっきの会話を頭の中で繰り返した。


『可愛いから引く手数多』『もう高二だから彼氏作らないと損』……だって。

 私が可愛くあろうとしてるのは、別に彼氏が欲しいからじゃない。高二だから彼氏が居ないと損、ってのに関しては意味が分からない。無理に作るようなモンじゃないでしょ、恋人なんて。


「……大神。大神おおかみ瑠花るか。居ないのか〜?」


「ぁっ……と、すみません、居ます」


 ――なんて考えていたら、いつの間にか始まっていた出席確認に遅れを取ってしまった。


 *


「じゃあ瑠花、また明日ね〜」


「ばいばい瑠花〜〜」


 いつも通り校門で少し駄弁って、友人達と別方向の帰り道を軽快に歩いて行く。グラウンドから聞こえる運動部の掛け声に、自分が帰宅部であることを少しだけ負い目に感じつつ、しかし確かな優越感のようなものも感じながらバッグのサイドポケット内のイヤホンを取り出した。スマホとの接続を確認し、お気に入りのプレイリストを開いてイヤホンを耳に突っ込む。学校から解放されて自由に歩けるようになる放課後が、私はたまらなく好きだ。


 学校は私には窮屈だ。好きでもない音楽の話に、好きでもないドラマの話。俳優の誰それが好きで恋人がどうで、クラスの𓏸𓏸君がかっこいいだとか……人付き合いの為と分かっていても、やっぱり興味のない話をするのは疲れる。


「〜〜♪」


 たまらない、この解放感。わざわざ自転車でなく歩きで通学しているのも、家から学校が近いからという理由以上に、この瞬間をより長く味わいたいというのが大きい。

 

 陽の当たる坂道を下り、いくつかのチェーン店が立ち並ぶ街並みを闊歩していく。

 人もまばらな昼下がりの大通りを抜け、住宅街に差し掛かる一歩手前。


「ん……ウチの制服?」


 道路沿いの書店の中から、見慣れた制服の女子が出てくる。やや挙動不審気味におずおずと歩き出したその姿は他でもない、クラスメイトの一人。


「蔭森?こっちの方来るんだ」


 蔭森雛実ひなみ。真面目な三つ編みお下げの眼鏡女子。私の中ではそれ以上でも以下でもない、特に接点のない人間だった。

 店から出た彼女は住宅街の方を目指し、大事そうに紙袋を抱えて猫背気味に歩き出す。よっぽど本が好きなんだな、今まで気づかなかったけど家の方角は一緒なんだな、なんて思いながら距離を空けて私も歩く。


 ――その時だった。


 遠くから荒々しいエンジン音が聞こえ、かなりのスピードでバイクが私の真横を背後からスレスレで通り抜ける。


「わ……っ……!あっぶ、ほんとに免許持ってんの今の??」


 咄嗟に出た私の悪態なんて露知らず。駆け抜けて行ったバイクは住宅街を突っ切ろうとして、当然私の前を歩いていた蔭森の横も通り過ぎて――


「ひゃぁ……っ!?」


 その風圧と荒い運転に、驚いて転んだ彼女の手元から紙袋が吹っ飛び、その中身を歩道に盛大にぶちまけてしまっていた。……見過ごす訳にはいかないか。


 慌てた様子で眼鏡を直し、紙袋に本を戻そうとする彼女の元に小走りで駆け寄り、一声掛ける。


「あちゃ〜、派手にやられたね、手伝いますよ」


「ぇ……っ、あ、大丈夫です大丈夫です!!」


 酷く赤面して蔭森は顔を横に振る。別に、バイクが悪いんだから蔭森のミスですっ転んだとかじゃないし、恥ずかしいことなんてないのに。


「困っときはお互い様じゃん。君、蔭森さんだよね?私同じクラスの大神瑠花。手伝うからさっさと拾っちゃおうよ」


 何冊か本を拾い上げ、軽く砂埃を払う。……と、控えめに蔭森が口を開いた。


「お、大神……さん。手伝ってくれてありがとう……ございます。そ、その、表紙だけ、できれば見ないで拾って欲しいなと……」


「ん?表紙?さてはいかがわしいモノでも買ったな〜?」


 真面目な蔭森の普段とのギャップを考えれば驚きだが、健全な高校生なら別に当たり前のことだろう。もっとも、18禁みたいなのは流石に買えないからそこまで過激な本は無いだろうけど。


「そう……いや、違います!違いますから!」


「ふふ、分かった。からかってごめんね」


 とは言っても、完全にノールックで拾うなんて無茶な話。何を見たのか黙っていれば、きっと多少なら大丈――


「…………え」


 さっき拾った本を紙袋に突っ込む直前。何気なく、本当に何気なく表紙のイラストが目に付いた。


 ……衝撃、だった。

 はだけたドレスを必死に抑える西洋風の美少女。そんな彼女をベッドへと押し倒し、恍惚の表情で今にも襲いかからんとしている……同じく、美少女の姿。

 ネットスラングとして何度も聞いただけの、私が触れて来なかった、触れるはずないと思っていたジャンル。


「ゆ、百合……??」


「ッ……!!」


 なんだろう、ハンマーで頭を殴られたような。落雷でも直撃したかのような。理解も整理もできない感情がふつふつと湧き上がる。ガールズラブ、女の子同士の恋。初めて目の当たりにした、美少女達の絡み……なんで、こんなに目線が逸らせないんだろう。


 ――それからのことは、よく覚えていない。半ば放心状態のように本を拾って、蔭森がお礼を言って、足早に去っていって。プレイリストはとっくに二週目まで回っているのに、その事にさえ気づけない。


 ……帰ろう。

 今はただ、それしか考えられなかった。

 



 


 




 


 


 


 


 


 


 


 

 


 

 


 


 

 


 


 


 

 

 

 


 


 


 


 

 

 


 

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