未確認生物観察記録
鶏=Chicken
未確認生物観察記録
一日目
私がその生物を発見したのは、まだ暑さの残る秋の初めのことだった。研究所にてうたた寝をしていたところ、突如、背後に聳える山から轟音が聞こえたのである。飛び起きた私は、蜘蛛の子を散らすように逃げ去る鳥を見送りながら、音の原因へと向かった。青々と茂る草木の中、お目当てのものはあっさりと見つかった。私の背丈の倍はあるであろう紡錘形の金属塊が、周囲の植物を薙ぎ倒すように鎮座していたのだ。
「これは……、空から落ちてきたのか?」
誰に言うともなく呟き、金属塊へ歩を進める。その表面には重厚な扉らしきものと割れた窓があり、中には発光する巨大な箱がいくつも設置されていた。そしてその箱の手前に、毒々しい色の体液を流出させた未知の生物が横たわっていたのである。
気付けば私は、窓から救出した生物を抱え下山道を駆け抜けていた。この生物を保護することが、科学者としての私の使命だと感じたのだ。研究所に着く頃には、体液の流出は私の白衣から滴るほどになっていた。急いで仮眠用のベッドに横たえ、創傷部に布を巻きつける。幸い、流出はすぐに止まり、生物は一命を取り留めた。私は安堵の息を吐き、体を背もたれに預けた。
この生物は、我々とは全く違う外見をしている。おそらく直立二足歩行ではあるようだが、腕の本数は少なく、代わりに眼球は一つ多い。表皮も我々の肌のちょうど補色をしている。体長は私の半分程度で、三、四歳の子供と同じくらいだ。
私はこの研究所で生活しているし、他の者は入ってこない。保護するにはちょうど良い環境だろう。
二日目
生物が目を覚ました。私の姿に怯えたようで、部屋の隅で生まれたての子鹿のように足を震わせている。まずは私に敵意がないことを理解してもらわなくてはならないだろう。事情を聞くのはそれからだ。
「初めまして。私は国立研究所所属の科学者だ。よければ君のことも教えて欲しい」
私は腕を組み、できるだけ柔らかい口調で問いかけた。しかし、生物は震えながら
「──?───!?」
と理解不能な声を発するばかりだ。やはり、この生物には我々の言語はわからないのだろう。同様に、私にもこの生物の言語はわからない。信頼関係を築くには、態度で示す他に方法はない。
とりあえず私は、水道水とスナック菓子を用意し、警戒状態にある生物の前に置いた。
「腹は減っていないか?好きなだけ食べていいからな」
言いながら飲食のジェスチャーをすると、生物は恐る恐るといった様子で水を一口だけ飲んだ。スナック菓子には手をつけなかったが、少しでも水分を補給してくれたことに私はほっと胸を撫で下ろした。
七日目
生物が来てから早一週間が経とうとしているが、私には一つ心配事があった。警戒しているのか、水以外のものを口にしようとしないのだ。固形の野菜や肉はもちろん、私が愛飲する野菜ジュースすら拒否する始末。慣れない環境のストレスもあってか、もとより細い体は、枯れ枝のように細くなってしまった。
また、ここ最近やたらと外に出たがるようになった。暇さえあればドアノブを回し、
「───!───!!」
と私に何かを訴えかけるのだ。私とて、この狭い研究所の中に閉じ込めておきたくはないが、外は異形のものにとってあまりに危険が多すぎる。
「外は君には危険だ。欲しいものがあるなら私に教えてくれないか」
その度に私は身振り手振りとともにそう問いかけるが、今の所意思疎通はできていない。
一刻も早くコミュニケーションの方法を見つけなければ、せっかく助かった命がなくなってしまうかもしれない。急がなければ……。
八日目
大変なことが起こってしまった。私の研究は有害な毒素を含む果実を無毒化することなのだが、その果実を机に放置した結果、生物がそれを食べてしまったのだ。一つですら危険なのに、なんと三つも。普通の食べ物も食べない生物が、こんな毒々しい色の果実を食べるわけがないと思い込んだ私がバカだった。頭を抱え天を仰ぐ私を見ても、生物は何の反応も示さなかった。そう、毒に苦しむ反応すら示さなかったのだ。
「まさか、この果実を食べることができるのか……?」
研究所中の果実をかき集め、生物の前に置くと、これまでとは打って変わって、貪るように果実に食いついた。
そこでようやく合点がいった。我々にとって猛毒である果実が食べられるのならば、反対に、我々の食事は生物にとって猛毒だったのだ。ペットに食べさせてはいけない食材について定期的に話題になるが、それと同じこと。生物はペットより知能があったため、自分で判断して食べるものを選んでいたのだろう。
「君は賢いのだな。少しみくびっていたよ」
そう言って軽く頭を撫でると、生物は一瞬身を震わせたが、逃げることなく食事に戻った。
少しずつではあるが、信頼関係が出来始めているのかもしれない。
十五日目
果実を与え始めてから、生物はみるみるうちに元気になった。そこで今日、私はついに生物を外に連れ出すことにした。知性が確認できたことと、体力の回復が見られることから、研究所の裏山くらいなら大丈夫であると判断した結果だ。外に出ると、生物はすぐさま山の方へ走り出した。ネズミのようにすばしっこい生物を必死で追いかけると、あの金属塊の場所へ辿り着いた。生物の目的はこれだったようで、扉らしき場所が開かないことを確認すると、割れた窓から内部に入り、何やら物色を始めた。私の体格では中に入れないため、窓から生物を見守る。あの時、生物が金属塊の奥で倒れていたら、私は助けることができなかっただろう。私の腕の届く範囲にいてくれたことは、神が起こした奇跡なのかもしれない。
そんなことを考えていると、生物は発光する小さな箱を持って外に出てきていた。目的は達したのか、とぼとぼと研究所に向かって歩いていく。小さな体で疲れただろうと思い、私は生物を抱き上げて帰り道を歩いた。
二十二日目
外に出た日から、生物は小さな箱に向かって独り言を呟くようになった。食事の時も寝る時も、肌身離さず側に置いているところを見るに、よほど大切なものだったのだろう。外に出たがっていたのも、これを回収するためだったのだ。
相変わらず意思疎通はできないものの、こちらの生活に早く慣れてもらうため積極的に話しかけるようにした。カレンダーや時計の見方のような実用的なことから、私のプライベートに関することまで、様々なことを教えてやった。いつもは箱とばかり向き合っている生物だが、私が話しかけた時だけはこちらを向いて聞いてくれるので、私もだんだんと話すことが楽しくなっていった。久しぶりに会った同僚に、前より明るくなったと指摘されるほどだ。生物は私の人格まで変えてしまったのだ。私が生物を助けたのは、運命だったのかもしれない。
二十三日目
今日の朝、驚くことが起こった。いつものように野菜ジュースを作りながら新聞を読んでいると、突然生物の持つ箱からピーピーピーと音が鳴った。そこに生物が話しかけると、なんと声が聞こえてきたのである。
「─!?────!」
箱から聞こえる言語も、生物が話す言語と同じのようだ。生物も箱に対して
「────。─────」
と返事をしている。あまりのことにしばらく呆然としていたが、突然、同僚とのある会話が頭をよぎった。確か、ぬいぐるみに話しかけるとそれを感知し、録音された音声が流れるおもちゃが売り出されたという話だ。子供のいない私には関係のないことだと思っていたが、意外なところで役に立つものだ。
おもちゃに夢中になるということは、この生物は子供なのだろうか。それならば、突然知らない土地に来てしまってさぞ不安だろう。私は生物の頭をそっと撫でた。私に触れられても、生物が身震いすることはもうなかった。
二十七日目
あと三日で、ついに生物が来てから一ヶ月になる。何かしてやれないかと考えた結果、歓迎パーティを開催することにした。昔と比べて随分私に懐いてくれたが、より距離を縮めようという狙いだ。
「三日後に君の歓迎パーティを開こうと思うから、楽しみにしていて欲しい。そうだ、そこで君の名前も決めよう。候補を考えておくよ」
そう言って、カレンダーの三日後の日付を指差した。すると生物は、今まで見たことのない反応を示した。一瞬動きを止めた後、小さな箱を掴んで
「──!───!!」
とひどく興奮した様子で話しかけ始めたのだ。私は悟った。生物は、パーティこそ理解できなくとも、三日後に楽しみがあることを理解したのだ。二本の腕で生物を抱き上げると、今もなお興奮が抑えきれない生物を宥めながら、私は頭を撫でた。
記録はここで途絶えている。
二十三日目
ピーピーピー
「やっと繋がった!こちら隊員28!聞こえますか!」
「28!?無事だったのか!こちら銀河探索隊地球本部。状況を伝えろ」
「探索船が故障し、地球型惑星に漂着。知能を持ったヒト型生物が生息しています」
「詳しい特徴は?」
「身長三から四メートル、表皮は青、四本の腕を持ち、眼球は一つです」
「攻撃性はありそうか?」
「布を巻きつけ拘束する、体を抱き上げて行動を妨げる、頭部を押さえつける等の暴力的な行動が多数確認できました。また、毒草や虫などを食べるよう強制され、隠されていたトマトを発見しなければ餓死するところでした。加えて、数日前までは建物に監禁され、一切の外出が許されませんでした」
「了解。かなり警戒が必要だな。……位置情報を特定した。救助隊は七日で到着するが、安全を確保するため救助は極秘で行う。現地人が勘づいた場合はすぐに知らせろ。特攻部隊を同行させる。あと一週間の辛抱だ。幸運を祈る」
「承知しました」
未確認生物観察記録 鶏=Chicken @NiwatoriChicken
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