第9話 長女カサンドラ
ひと仕事を終えた私は額の汗をハンカチで拭いながら、貴重な氷を入れて冷やした紅茶を一口また一口と味わい、イスに腰かけて優雅な一時を満喫していた。
「仕事終わりの一杯ってなんでこんなに美味しいのかしら、ゴク……ゴク……ふぅ。作物ばかり植えてる庭ってのも悪くはないけど、たまには花でも植えてみようかな。なんか彩りが足りないというか、生活感が溢れすぎというか……一画だけでも花を植えるだけでも、がらりと雰囲気が変わりそうだし今度やってみようかな」
「いいんじゃない、アリシャちゃん。そういう発想はとっても大事よ! 直感、直感よ‼」
独り言に相づちを打ち『ちゃん』付けで、私の名前を呼ぶ彼女は魔女姉妹の長女カサンドラである。
魔女特有の黒髪に橙色の瞳、日に焼けた肌が映える健康的な女性。アクティブな姉さんは身動きしやすい服を好んで着るため服装も私とは正反対。お揃いの三角帽子に、瞳の色と同じ刺繍が入ったチューブトップとショートパンツにサンダル。
彼女は天才発明家であり凄腕の商売人。私の家にある家電製品は全て姉さんが発明してプレゼントしてくれたもの。ただこのプレゼントにも裏があって、ここにある家電製品の大半は試作品。姉さんは姉妹を使って不具合がないかテストをして、特に問題がなければ商人を通じて売り出す。貴族に法外な値段で、庶民にはその二割にも満たない安価で売っている。
姉さんが人間の手には余ると判断したものについては、市場には流さずに私たち姉妹だけで使用している。
また不具合に関して言うならば、私も姉さんたちもたったの一度も起こったことがない。試作品ですら、もうすぐに売り出せるほど完璧な出来栄え。それに貴族が好きそうなゴテゴテしたデザインを付け足せば完成となる。そこで得た利益を庶民に還元しているというわけだ。
そのため貴族からは守銭奴と
姉さんを慕って、一緒に仕事をしたいと願い出る人間は後を絶えない。実際に姉さんの名前が表に出ていないだけで、彼女の会社は王国中に数多くある。商人とって彼女はかけがえのないもの、唯一絶対なる女神としての地位を確立している。
それが彼女が
私から見れば、ちょっと間の抜けた笑顔の似合う姉さんにしか見えないんだけど……。
「カサンドラ姉さん……来てたのならもっと早く声をかけてよ」
「ごめんって、アリシャちゃん。このとおりだから、ね? だから姉さんじゃなくて、お姉ちゃんって呼んで、ね?」
「はいはい、それでカサンドラ姉さん……そのママチャリは?」
そんな尊敬する姉さんなんだけど、なんかまたママチャリに乗って来た。見た目の変化はほどんどないけど、フレームになんか長方形の金属が取り付けられていた。
私がそう質問すると、姉さんは自慢げにママチャリについて語り始めた。つい私は彼女の地雷を踏みぬいてしまった。
「これ、ここを見てアリシャちゃん! ここにはね、バッテリーを入っているのよ! いままで自転車って、自分ひとりの力で漕いで進んでいたじゃない? それをこのバッテリーから電気の力を借りることで、負担を減らつつも速度がアップして――」
私は「はいはい」と聞いてますアピールをしながらキッチンに向かい、コップを三つ手に取ってまた元の場所に戻った。その間もずっと姉さんは、私にまとわりついて熱弁していた。一緒について来た姉さんには角砂糖やスプーンなどを持ってもらった。
私は
「はい、カサンドラ姉さん。少し休憩しない?」
「……ありがとう、アリシャちゃん。うん、美味しいわ。さすがはあたしの最愛の妹だわ。あたしの味覚に合わせて苦みを抑えてくれているのね! あ~もう好き! アリシャちゃんだ~い好き‼」
「喜んでもらえたのは嬉しいんだけど、あんまり抱き着かないでもらえる?」
「アリアリアリ……アリ、アリシャちゃんはあたしのことが嫌い? 反抗期、反抗期がとうとう到来したの‼ あ~どうしよう、どうすればいいの⁉」
「違う、違うのよ……姉さん、カサンドラ姉さん……私の言い方が悪かったわ。あのだから、話を聞いて……私の話を……」
私がカサンドラ姉さんから熱烈なハグを受けて、身動き取れない状況に陥っていた時だった。姉さんの背後からすっと白い手が伸びて、抱き着く彼女を引き剝がしてくれた。
そして懐かしい二人の声が聞こえた――。
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