愛してる。たったそれだけのアイロニー

猫墨海月

愛し合えなかった

「愛してるよ」


ふんわり笑った彼女はそう言う。


「うん、愛してるよ」


曖昧に微笑んだ僕はそう返事した。


幼い瞳は、嬉しそうに揺れた。




「愛してるわ」


にこっと笑った君はそう言う。


「僕も愛してるよ」


視線はやらずに僕は返事した。


きっと君は、笑顔だった。




「愛してるの、本当よ」


ふっと笑って彼女はそう言う。


「そうだろうね」


今際の際を見ないように、


僕は背を向けて返事した。


君の声は届かなかった。






「…あいしてる!」


無邪気な笑みでその子は言った。


「そっか。僕も愛してる」


幼子に相応の笑みを返し、僕はそう言う。


幼い瞳が嬉しそうに揺れた。


まるであの人のように。




「あのね、ライラ。愛してるよ」


どこで覚えてきたのか、彼女はそう言った。


「僕も愛してるよ」


視線が合うよう調整しながら僕は言う。


彼女はただ、微笑んでいた。




「ねえ、この服着てみない?」


服を取り出し君は言う。


「僕には合わないよ」


君が持つのは、あの人の服。


無性別には合わないさ。


だって彼女は女性だったから。


「えー…残念。でも、そんなとこも愛してるよ」


「そう。…僕も愛してる」


折角なら君が着ればいいじゃないか。


君だって女性なんだからさ。




「愛してる」


誰かに向けた笑顔は、


既知のものと寸分の狂いもないものだった。


「ありがとうございます!」


そう笑う誰かも、君と同じ笑顔だった。


やはり思い出すのはあの人のこと。


君達母娘は嘘つき何だね。


声にならない愚痴は深海の彼方へ消えていた。




「愛しているから」


笑顔から読み取れるのは、諦観。


でもなく。


只々笑顔な君は、いつもと変わりない。


「…そう」


曖昧に返事した僕に、君は震える声で言った。


「…愛してるって、言ってくれないの?」


まるで親からの愛を受け取れなかった子供のように。


餌を与えられなかった雛鳥のように、君は。


初めて、笑顔以外の表情を見せた。


でもそんな君に愛してると伝えても、


意見の相違ができるだけだよ。


「さあね」


逸らした視線が君と出会うことはなく。


幼い君は立ち去ってしまった。




さあ、処刑の時間だ。




なんて酷いのだろう。


君は世界を愛していたのに。


君達は世界を愛したのに。


その世界に裏切られてしまうなんて。


「裏切り者を殺せ!」


「あいつのせいで俺達は…!!」


君を罵る声が響く。


高い高い処刑台には、


せめてそんな声が届いていないことを祈る。


でもきっと、届いていても君は。


愛してると伝えるのだろう?


この国の神として、


あの人の娘として、


僕の主として。


その狂愛で世界を救うのだろう。


景色が疾く流れていく中、


処刑台のレシアと目が合う。


僕の言葉は伝わっただろうか。


君の愛したこの言葉は伝えられたのかな。


ふわっと笑った彼女。


最後まで僕らは愛し合えなかった。

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愛してる。たったそれだけのアイロニー 猫墨海月 @nekosumi

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