32.オレのハル


 長い長い口付けの後、俺たちはやっと身体を離した。

 久しぶりのキスは、以前とは違う味のような気がした。


「キスは良いけど、口の周りによだれが付くのがな」


「舐めてやろうか?」


「また汚れるだろ……拭くもの……は足元か」


「オレが拭いてやる。ほら、大人しくしてろ」


 そう言ってキリはハンカチを取り出し口の周りを拭いてくれた。

 思わず目を瞑る。

 いや、そういう意味じゃなくてね? 口元拭かれる時って自然と目を瞑っちゃうよね。


「んで、表に和日かずひがいるだろうな」


「絶対聞き耳立ててニヤニヤしてると思う」


 するとキリが口に指を立て、静かにするようジェスチャーした。

 俺も口に指を立てて静かにすると、キリが勢いよくカーテンを開け放った。


「!?」「!!」


 そこには聞き耳を立てて、俺の人生の大一番を盗み聞きをしている悪党が2人いた。

 小春ちゃんと望くんだ。

 まったく仲のよろしい事で。


「こ~は~る~ちゃ~ん?」

「の~ぞ~む~?」


 俺が小春ちゃん、キリが望くんに詰め寄った。


「え?どうしたの~?そんな怖い顔して~」


「盗み聞きは良くないな~。……さーて、出歯亀でばがめさんをどうしようかな~。覚悟は良い?」


「で、でもさ、気になるじゃん?ね? ……えーと、お手柔らかにね!」


「よーし。 ……えいっ!!」


 そう言って怯える小春ちゃんに抱きついた。

 これは感謝の抱擁、さっきのはほんの冗談だ。

 小春ちゃんのお陰で俺は覚悟を決めて、勇気をだしてキリと結ばれた。

 小春ちゃんが気付かせてくれなければ、後押しがなければ、きっとまた時間を置いてうじうじと悩んで苦悩して、親友だから、と同じ事を繰り返していたと思う。


 キリの方を見ると、望くんにヘッドロックを掛けていた。

 あれはあれで親友同士のじゃれあいだと思う。

 少し前の俺なら羨ましいと少し嫉妬しただろう。だけど今は違う。

 キリが俺を一番の親友だと言ってくれたからだ。


「本当にありがとう! 小春ちゃん!!」


「……どういたしまして。嬉しそうなハルちゃんを見れて、私も嬉しい」


 小春ちゃんも俺に腕を回してきて、抱擁しあった。

 小春ちゃんが友達で本当に良かった。

 ずっと仲の良い友達でいられたら、なんて嬉しい事だろう。


◇◆◇


 ひとしきり盛り上がり、落ち着いた。

 そういえば水着選びをしていたんだっけ。大きく脱線してたけど。


「水着なんだけどさ、これは買おうと思うんだ。それともう1着は買いたいかな」


 汗とかよだれとか付いちゃってるし、これは買わなきゃダメでしょ。

 他にはもうちょっと大人しめの水着が欲しいかなあ。


「それに、小春ちゃんの水着も選ばないと!!」


「お、それだ!!」


「そういえばそうだった。自分の事をすっかり忘れてた」


 というわけで、もう一着は小春ちゃんが持ってきた三角ビキニを選んだ。

 キリが選んだのと違って下乳はちゃんと隠れててデザインも良く、サイズも丁度良いし、派手すぎず地味すぎずでバランスが良く、一番着やすいと感じた。


「じゃあ次は小春ちゃんのだね」


「小春!! これとか良くない?」


 望くんは小春ちゃんにビキニを来て欲しいみたいで一生懸命にビキニプレゼンをしてたけど、小春ちゃんが拒否していた。


 とはいえ水着は買うつもりみたいだけど……ワンピースじゃ俺と並ぶと逆に目立つと思うし……。

 と、考えながらビキニコーナーを見ていると、ふと目に付いたビキニがあった。


 それはクロスビキニとかいうものの一つらしく、手に取ったこれは布面積が大きく、布がクロスに胸元を寄せて上げ、ボリューム感がアップし、そしてボトムはビキニらしい露出で、これなら良いんじゃないだろうか。


 ちなみにさっき俺が着たのはブラジリアンとかいう小さいビキニの種類らしい。

 あれはキリと2人きりの時専用だ。


「小春ちゃん、ビキニでもこんなのはどう? そんなに露出も多くないし、小春ちゃんの綺麗なスタイルにはとても良く似合いそうだよ!」


 そう言ってクロスビキニを手渡した。

 小春ちゃんは始め嫌そうに受け取った後、水着をまじまじと見ている。感触は悪くなさそうだ。


「う~ん、望が持って来たやつよりは良いけど……。う~~ん……」


「俺がビキニを着るんだったら小春ちゃんもビキニを着ないと逆に目立っちゃうんじゃないかなと思うんだけど。 どう、一回着てみたら?」


「確かにそれは一理あるかも……。そうだね、ハルちゃんがオススメするなら試着してみる」


 どうやら着てみてくれるらしい。

 小春ちゃんが試着室に入ると、望くんが俺にサムズアップしていた。もっと感謝しなさい。


 少し待っていたら試着室のカーテンが開いた。

 ここにいるのは俺と望くんだけだ。キリは離れた場所にいる。気を利かせてくれているのだろう。


「望、ハルちゃん、どうかな?」


 驚いた。

 小春ちゃんが綺麗なのは知っていたけど、足が長くて凄く見栄えが良い。

 俺も足は長いほうだと思っていたけど、スレンダーなだけあってスラリと見える。

 クロスした布で適度に押し上げた胸も良い感じに見えて、バランスを崩していない。

 良い、凄く良い、と思う。


「小春、最高、世界で一番綺麗だ」


「うん、小春ちゃん凄く似合ってる。それに長い足も相まってスラッとしてて、本当に綺麗」


「――そう? なんか照れるな~。そこまで言うならコレにしようかな。ビキニも悪くないかもね」


「マジで!? やった! ハルちゃんありがとう!」


「いやいや、でも本当に似合ってるよ、小春ちゃん。早く一緒に着て歩きたいね」


「そうだね、ちょっと恥ずかしいけど、楽しみになってきたかも」


 と、小春ちゃんの水着も決まり、会計をする事に。


◇◆◇


 さて、と。


「キリ、これ」


「ん? って……まいったな。全部払おうと思ったのに」


「それはダメだ、でもキリを立ててやるんだからいいじゃないか。早く受け取れ」


「しょうがない。……ありがとうな、ハル」


 お金をこっそりとキリに渡した。

 多分半分くらいだと思う。キリがこっそり服とか追加してなければ。


 というわけで表向きはキリが全部奢るという形になった。

 小春ちゃんの水着は小春ちゃんが払っていた。まあそれが普通だと思うけど。人それぞれだ。

 俺の場合はお母さんの教えでもあるし。


「あ、さっきのお金、お母さんからのお小遣いも入ってるから」


 ぼそりとキリに聞こえるように囁いた。


「え!? ……今度おばさんにお土産持っていくよ……」


「それならお母さん喜んでくれると思うぞ。現金は絶対受け取らないと思うけど」


「だよなあ……」


 そんなこんなで、無事に買い物が終わり、それと同時に俺とキリの一世一代のイベントに決着がついたのだった。


◇◆◇


 買い物したものはロッカーに預けてお昼ご飯だ。


 前回と同様、フードコートで各自好きな物を選ぶ事となった。

 確認してみたけど、期間限定の5色海鮮丼は終わっていて、前回食べておいて良かったなあと実感する。

 やっぱり食べたい時に食べるべきだよな。


 そしてまたしても悩む俺。

 期間限定の旨辛牛うどんを食べるつもりだったけど、昨日から始まった期間限定のトリプル極上チーズバーガーも捨てがたい。


 俺が悩んでいる間にキリはハンバーガー屋の長い行列の中程に並んでいた。

 割り込むのも悪いし、大きな声で呼びかけるのも恥ずかしい。

 仕方がない、まだ販売が始まったばかりだし、今回は諦めるとしよう。


 という事で旨辛牛うどんを注文してその場で待っていると、キリがバーガーやらポテトが乗ったトレーを持って近づいてきた。


「何頼んだんだ?」


「期間限定の旨辛牛うどん、ほらあれ、美味そうだろ」


「ハルはほんと期間限定好きな。まだ掛かりそう?」


「すぐ出てくると思うけど。 そういうキリは何頼んだんだよ」


「トリプル極上チーズビッグダブルバーガーセットとテリヤキバーガーだな」


「キリだって期間限定品じゃねぇか!! しかもビッグダブルかよ!!」


 ビッグダブルとは大きなサイズのパティを2枚重ねた、値段が+300円もされるバリエーションだ。

 まったく良く食べる……今は良いけど太るなよ?


「そう言うなよ。 ハルと一緒に食べる為にポテトもジュースも頼んであるからさ」


「そりゃありがたいけど、そんなに食べれないぞ。――っと、出来たみたいだ、取ってくる」


 呼び出しベルが鳴り、旨辛牛うどんが出来た事を知らせてくれた。

 カウンターで旨辛牛うどんをトレーごと受け取り、キリと一緒に取ってある4人席へと向かう。


「あれ? 望くんは?」


「望はあそこ、もうすぐ注文出来そうかな」


 小春ちゃんが指差したほうを見ると、そこはチキンのお店でバーガー屋に負けず劣らずの行列っぷりだった。

 そしてその行列の先頭に望くんはいた。

 チキンは出てくるのも少し掛かる、こりゃまだ掛かりそうだ。


「先に食べてて良いよ。うどん冷めちゃうよ」


 キリと隣り合って座る。


「それじゃあお先に……いただきます」


 両手を合わせた後、うどんの上にかかっている旨辛ソースを混ぜ合わせる。

 そして牛肉と一緒に一口。


「うっまい! それに辛っ。 これ思ってたより辛い!」


 舌をピリピリとさせながら続けてうどんをずるずるとすする。

 あ、出汁の効いたおつゆとうどんのお陰で辛さが緩和されて丁度良い塩梅だ。これ美味しい!!


「これ美味い! キリも食べてみて!」


 箸を渡し、キリに勧める。


「へ~、そんなに言うなら少し貰おうかな」


 そう言って旨辛牛肉をぱくり、咀嚼してすぐ辛さが伝わったのか口を大きく開け辛い反応を示す。


「ほら、そこでうどんだ」


 キリは勧められるままうどんをすすると、辛さが緩和され丁度よい旨辛さとなって美味しさに変わり、キリの表情も変わった。


「美味いだろ?」


「美味いこれ! ……いやまじで美味い……」


「そんなに美味しいの? 私にも少し頂戴!」

 

 小春ちゃんも気になったようで、俺もこの美味しさを知って貰いたい。

 だけど箸を渡そうかと思った瞬間、思いとどまった。

 分けるのは別に良い、だけどこのまま渡すと小春ちゃんがキリと間接キスになってしまうじゃないか。

 そういう意図は無くても、仮に小春ちゃんが気にしなくても俺が気にする。


「ちょっと待ってね」


 そう言ってうどんをすすり、その上で小春ちゃんに箸を渡し、トレーを小春ちゃんの前に置いた。

 って、なんか小春ちゃんニヤニヤしてない?


「良いね~そういうの。 ではいただきます!」


 小春ちゃんが旨辛ソースをのかかった牛肉を食べ、そしてうどんをすする。

 食べ終えた後、口元を押さえながら美味しさを表した。


「ほんっとおいし~!! やばいコレ。こっちにしとけば良かった~!」


「ね、美味しいよね」


 トレーと箸を返してもらい、ふと椀を見ると、残り1/3、いや残り僅かに減っていた。

 そりゃそうか、まあそりゃそうだよな。うん。

 もう誰にもやらないから!


「ハル、俺のも食うか?」


 そう言ってキリが一口分齧ったトリプル極上チーズビッグダブルバーガーを差し出してくれた。

 そういえば、これと旨辛牛うどんでどちらにしようか悩んでいたんだっけ。

 喜んで頂くとしよう。


「うん、食べる食べる!」


 包みを受け取り、齧り付こうと思い口を開け、固まった。

 バーガーがデカすぎて俺の一口では上から下まで食べられない事に気付いたからだ。


「好きなだけ食べていいぞ」


「ありがとう」


 口を開けて固まっている俺を見て、キリはそう言ってくれた。

 ぱくぱくと何度かバーガーに食いつき、ちゃんとトリプル極上チーズビッグダブルバーガーを堪能した。

 そしてキリに返す。


「ありがとう、こっちも想像以上に美味しかったよ」


「だろ。……ハル、そのまま動くなよ」


 キリが俺の顎を掴んだ。

 え、こんなタイミングで!? いやいや待って待って、心の準備が。

 慌てて目を瞑った。


 するとキリは俺の口の周りの汚れを拭き始めたのだ。

 ――えええ……。そっちか……勘違いしたじゃん……。恥ずかし。


「目を瞑るな、今じゃないだろ」


「ハルちゃん、見てたよー。そんなにキスして欲しかったのかなー?」


「い!? いやだってさ……キリならやりそうじゃん!?」


 顔を赤くしながらも反論した。

 そうだ、キリならしそうだと思ったからだ。そうだそうだ俺は悪くない。


「分かるわ~、霧矢なら公衆の面前でもしそうだよな~」


 この声は望くん。どうやらチキンのお店からやっと戻ってきたようだ。


「流石にその発想は無かったな。そんなにしたいならオレも応えないとな」


 なんだよその言い方! まるで俺がいつもキスしたいみたいじゃないか!!

 違うぞ! ……多分。


「まあそれはそれとして、ハルちゃんのキス待ち顔はしっかり見させてもらったけどね。ごちそうさま」


「私も~、ごちそうさまハルちゃん」


 言われて気付く、キス待ち顔、良く考えたらあまり人に見られたくない表情だ。

 気付かされたくなかった。言わないで欲しかった~。

 めちゃくちゃ恥ずかしく、顔が真っ赤になるのに加えて、頭の先まで熱を帯びてるんだけど!!


「キスすれば良かったな。 気付かなくてゴメンな、ハル」


 もうこれいじめだろ。



 こんな感じで、俺が大恥をかいて盛り上がり、その後はキリが買ってきたポテトを摘みながら楽しく談笑したのだった。

 ――時々キス待ち顔をネタにされながら。


◇◆◇


 お昼を食べた後、4人でカラオケしたり、アミューズメントで遊んだりして、夕方となり、ロッカーから荷物を取り出して解散となった。

 解散といっても2人ずつに別れただけなんだけど。


 そして家の玄関先、キリとのお別れの時間だ。


「ハル、また恋人になれて嬉しいよ。だけどオレは欲張りだからな、ちゃんと親友で恋人の最高の関係をずっと続けていこうな」


「ああ、俺もだ。それに前より今のほうが丁寧に喋らなくて良いし、肩を張らなくて楽だしな。でも忘れるなよ、キリは俺のモノだからな、浮気とか絶対するなよ」


「そりゃオレのセリフだ。ハッキリ言ってオレなんかより、これからハルはもっとモテるようになる。だけどオレはハルを信じてる。愛してる、オレだけのハル」


「バカお前!? 急にそういう事言うなよ……」


「ハル」


 キリが俺の顎を持ち上げた。

 こ、今度は本当にするんだろうな……。

 目を閉じて、待つ。少しの不安と共に。


「安心しろ」


「ん……」


 唇を塞がれる。

 すぐに離れ、物足りなさを覚えてしまう。


「別れの挨拶だからこのくらいだ。続きは明日な」


「ああ、うん、また明日」


 そう言ってお互いに手を振って別れた。

 別れた後、家の中に戻らず玄関先で唇に指を当てて、感触を反芻していた。

 明日、明日かあ……続きって、そういう事だよな……。

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