23.親友へのもやもやした気持ち


「中々戻ってこないと思ったら、なんでお母さんと話し込んでんだよ!」


 ハルがリビングに顔を出して不満をぶちまけた。


 ――しまった。

 時計を見ると思っていたより時間が経っていた事に気付いた。これじゃハルが不満に思うのも無理はない。


「ごめんねハルちゃん、お母さん霧矢くんにちょっと聞きたい事があったから借りちゃった」


「すまんハル」


 露骨な不満顔を見せるハルに対し、オレもおばさんも謝った。


「ハルちゃん、あと1時間したらご飯出来るから下りてきてね」


「……分かった。キリ、行くよ」


「ああ」


 まだ不満そうなハルの背中を見ながら階段を登り部屋へと戻る。


「悪かったよハル。――ハル?」


「つーん」

 という声が聞こえそうなくらい、部屋に戻ってもまだ唇を尖らせ不貞腐れているハル。

 なんだかいつもと比べて様子がおかしいような気がする。これはこれで可愛いけど、そういうわけにもいかない。

 それほどに寂しい思いをさせたという事だ。

 全面的にオレが悪い。


 ――でもこの拗ねよう、これはもしかして……。


「ハル。一人にさせてゴメンな、待たせて悪かった」


 そう言いながら、思い切って背後から優しく抱き締めた。

 親友ならハルはこんな事を許さないだろう。

 さて、吉と出るか凶と出るか。


 ハルは一瞬身体をビクリと震わせ、その後オレの手に自分の手を重ねた。


「――しょ、しょうがない、許してやる。 ……でも今回だけだからな……。次は無いぞ!」


「ああ、ありがとう」


 良かった。なんとか機嫌を戻してくれた、オレがいなくて寂しいなんて、今のハルはまるで親友というより恋人みたいだ。

 そう思った瞬間だった。


「って!! 抱き着くなよ!! 気持ち悪いな!!」


 思い出したかのように、突然オレの腕をほどき、そして離れた。

 どうやらそんなに簡単にはいかないらしい。


「でも寂しかったんだろう?これくらいなら良いじゃないか」


「寂しかったとか言うな! そんなわけ無いだろ! 俺はただちょっと、その……あれだ……」


「寂しかった?」


「違う!! あれだ……キ、キリが中々戻ってこないし、リビングに下りたらお母さんと仲良く話してるし……それで……」


 なるほど。


「おばさんに嫉妬したのか」


「!? ちがっ!! い、言うなっ!! それに親友でもそれくらいあるだろ!! な!?」


 図星だった。


 まあでもそうだな、気持ちは分かる。

 友達同士でも、むしろ親友だからこそ嫉妬はあるだろう。

 例えばのぞむがオレより別の知り合いを優先したら良い気分じゃない。


 だけど、この件の根本は違うと思う。

 でも、ハルはそう思いたいんだろう、親友だから嫉妬しているのだ、と。

 ま、良いだろう、今のところはそういう事にしておこうか。


「そんな事より! ほら! 続きやろうぜ!!」


 ハルはそう言ってゲームを起動した。

 露骨な話題逸らしだけど、乗ってやる事にした。

 そんなハルも可愛いからだ。


◇◆◇


 ゲームをやりながらお菓子を適度につまみつつ、飲み物も飲んで、そろそろお昼ご飯か、という時間になった。


「よし! そろそろお昼にしよっか!」


「そうだな、そろそろか」


 ゲームを切り上げ、2人で階段を下りていると丁度おばさんがリビングから顔を出したところだった。


「丁度良かった。今から呼ぼうと思ってたのよ」


「うん、そろそろかなーって下りてきた」


「ご馳走になります」


「さっきはゴメンねハルちゃん」


「ううん、もう気にしてないから大丈夫」


「良かった。それじゃあハルちゃん、配膳手伝って」


「うん、分かった」


 どうやら仲直りしたみたいだな、良かった。

 オレのせいで親子仲が悪くなるとかあってはならないからな。

 と、


「あ、オレも手伝います」


「いいって! キリは座ってろ! むしろ邪魔!!」


「酷い事言う」


 ハルに背中を押されてキッチンから追い出され、ダイニングの椅子に座らされた。

 仕方がない、ここは大人しくしておこう。


 ダイニングからキッチンを眺めると美人親子が楽しそうにお皿を出したり、それに盛ったりしていてなんだか微笑ましい、良い空間、美しい光景だ。


 それとは別に、本当に仲が良い親子で羨ましい限りだ、と拗ねるように思ってしまう自分がいて、複雑な気分だ。


「ほい。これがキリの分な」


 気付くといつの間にか目の前には配膳がなされていた。

 その量は多く、どんぶりに大盛りのご飯が盛られていて、おかずの量もハルやおばさんと比べて倍近くあるんじゃないかという量だ。

 いつの間にか大食いキャラになってない? 食えるけど。

 ……太らないようにだけは気をつけないとな……。


「いただきます」


 相変わらずおばさんの料理は美味しく、そして楽しい食卓だった。

 本当に羨ましいと思う、オレもいつかこの食卓に家族の一員として混じりたいと思う。


◇◆◇


「さて、そろそろ部屋に戻るか」


「ん、分かった。 ご馳走様でした」


「はい、お粗末様」


 食事が終わり、食器の片付けを終わってすぐ、ハルの部屋に戻る事になった。


「さて、今日こそ決着を付けようか」


 ハルがそんな事を言い出し、いつものパーティゲームを取り出した。


「決着って……オレの2勝0敗なんだけど」


「そう! 今のところはキリが2ポイントリードだ。だけど今回勝てば3ポイントだから俺の逆転勝ちだ!」


「なんだそりゃ、無茶苦茶だな」


「なんだよキリ、負けるのが怖いのか?」


 ハルと盛り上がれるならなんでも良いし、別に負けても……。

 と思っていたけどふと気付いた。


 負けたら罰ゲームという事にして、明日のデート……じゃなかった、遊びで行く昼飯、ハルに拒否権は無しという事にしよう。

 それならカップル割のお店を選べるし、ハルの了解を取るという難関も解決出来る。


 よし、罰ゲームを条件にして受けて立とうじゃないか。


「分かった。そのルールを飲もう。だけど一つ条件がある。負けたら罰ゲームだ」


「え?罰ゲーム? ……いやだよ、変な事されそうだし」


「おいおいハルこそ逃げるのか? それに安心しろ、罰ゲームと言っても明日の昼飯で拒否権無しにするだけだ」


「昼ご飯の拒否権無しか……何食べさせる気だ。んー、でもまあそれくらいならいいか。よし! 受けて立とう! 勝ったら3ポイントな」


 よし乗ってきた。後は勝つだけだ。


「おう良いぞ、忘れんなよ」


「キリも負けたら罰ゲームだかんな」


「……ま、良いだろう。オレが負けるわけないしな」


「はぁ!? ――絶対勝つ!!」


 とゲームを開始し、ハルはいつも通り”はると”を選ぶ。

 そしてオレは……”きりや”か……”きりや”だろうな、やっぱ。


「”きりや”だからな!!」


 はいはい、理解ってるよ。

 ”きりや”を選ぶと、ハルはやけに嬉しそうに微笑んだ。可愛すぎる。

 それにきりやが愛されすぎている。ま、親友として、だけど。

 凄く嬉しいのと同時に寂しさも感じる。


 そして、絶対に負けられない、真剣勝負の双六すごろくパーティゲームが始まった。


◇◆◇


「さて、何か言う事は?」


「なんでサイコロ3つ振って1ゾロが出るんだよ!!」


「そうじゃないだろ?ほら」


「俺の負けです……明日のお昼に罰ゲームを受けます……」


「はい良く言えました。いやー明日が楽しみだなー」


 なんとかオレが勝った。

 最後の方は危なかったけど、勝ちは勝ちだ。

 これで明日のお昼が楽しみだ。


「くっそー、今回こそは俺の勝ちだと思ったのに!」


「実際危なかった、ハルのおかげで助かったよ」


「くそー、嫌味か!」


「いや本当本当、1ゾロ出してくれてありがとな」


「むきー!!」


「はははっ!」


 そんなこんなでゲームをしたり、雑談をしたりなんかで時間を過ごし、久しぶりに親友としての時間を過ごした。

 オレも中学時代の頃を思い出して、ハルは変わってないなあ、と懐かしんだりもした。

 そしてそろそろ帰るか、という時間になり、玄関でハルに見送られて帰宅する事になった。


「じゃあまた明日」


「明日また迎えに来るから」


「うん」


◇◆◇


 今日分かった事は、オレの想像以上に女性としての”叢雨むらさめくん”への好意が心の底でくすぶっていて、そこを刺激するとそれが顔を出しやすいという事だ。


 であれば、カップルカフェなんか行った日には効果てきめんなんじゃなかろうか。

 親友としての感情に恋人としての感情が混ざり合って、上手い具合にならないかなあ、と思う。


 そしてオレは、あくまで親友として、そして時々恋人のように振る舞う事を忘れないようにしよう。

 オレがハルに求めるのは親友と恋人の両立なのだから。

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