22.親友を久しぶりに家に迎える
土曜の10時過ぎ、ハルの家の玄関前で待っていると玄関のドアが開き、ハルが顔を出した。
「来たな。上がって上がって」
「おう。おじゃまします」
ハルがオレを招き入れる。
ハルの姿を見ると、膝上丈のスカートを履き、上はTシャツという部屋着のようなラフな格好だった。
驚き、そして安堵した。
先週までのようにおめかしした格好じゃないだろうとは予想してたけど、今のハルなら男のような格好をするのではないかと思っていた。
オレへの対応を見る限り、女として扱って欲しくないというのは分かっていたからだ。
うん、可愛い。
ラフな部屋着というのはそれはそれで良い物だ。
髪も長い黒髪を後ろで纏めていて、ポニーテールなのも凄く似合ってて、めちゃくちゃ最高に可愛い。
「お母さ~ん。キリが来たからお昼まで部屋にいるねー!」
ハルはリビングに居るのであろうおばさんに声を掛けるとすぐにおばさんがリビングから顔を出した。
「後でお菓子でも持っていこうか?」
おばさんがいたずらっぽくハルに言う。
「うん、お願い~」
その返事を聞いたおばさんは予想外の返事を聞いたとばかりに驚きの表情を浮かべ、オレを見た。
先週までなら二人の邪魔して欲しくないという感情もあったかも知れないけど、今のハルはそう思っていないという事だ、残念だけど。
苦笑いしていると、おばさんが近づいてきた。
そのままおばさんは顔を寄せてきて、耳元でオレに囁いた。
「
「あ、はい……」
先週の日曜、ハルはオレの家での出来事から様子が変わった。そしてそれは、当然ハルの家での行動にも変化があったはずで。
だとすれば、当然オレとの間に何かあったと考えるのが普通だ。おばさんはそれを問いただしたいのだろう。
「おいキリ。何やってんだ、早く来いよ」
階段の上からオレを呼ぶ声がする。
「ああ悪い。すぐ行く」
おばさんに軽く会釈をし、階段を登って部屋へと向かった。
◇◆◇
部屋に入ると先週までと同じハルの匂いに包まれた。
部屋の中も特に変化は無いようでちゃんと片付けられていた。まあ性格まで変わったわけじゃないし、散らかるわけは無いか。
丸テーブルの横、先週と同じ位置に座り、オレとは直角の位置に座ったハルを見ると胡座で座っていて、下着が見えそうだった。
ふと、どんな反応をするか見たくて言ってみた。
「おい、見えてるぞ」
「え? ――あ!? ばかっ! 見んな!!」
ハルは顔を真っ赤にし、慌てて裾を伸ばし、正座で座り直す。
ちょっと予想外だった。そういう恥じらいはあるのか……。
「スカート履いてるのに胡座で座ったりするからだろ」
「……いや、今日はキリが来るから本当は短パン履こうと思ったんだけど……何でか分からんけど、無意識の内にスカートを履いてた」
親友としての行動より女としての自意識が勝った、という事だろうか……?
よく分からんけど嬉しいから良いけど。
「悪いな、汚いもん見せて」
「何を言う。オレは嬉しいぞ、目の保養だ」
「はぁ!? キリお前、俺の見て嬉しいとかおかしいぞ!!」
「可愛い女の子の下着を見て嬉しくない男はいないだろう」
「可愛いってお前……親友だぞ?」
「親友だろうと何だろうと、可愛さは一緒だろ?」
「いや……いやいや……う~ん、まあ、そうかも知れないけど……なんかこう、違うだろ?」
ハルは
普通はそうかも知れない、だけどオレとハルは違うはずだ。オレはそう思ってる。
だからその壁を少しずつでも壊してやろうと思って、こんな事を言ってみた。
「ハル。ハルはオレの事を格好良いと思った事は無いのか?」
「は!? お前急に何言って――」
「ちゃんと答えろ」
ハルを真正面から見据えてそう言うと、ハルはオレの目から逸らし、少し間を置いて応えた。
「…………あ、ある。……い、いつも格好良いって思ってる。なんでかは分からないけど。おかしいとは思うけど」
「ほらな、それと同じだ。それにハルは今女の子なんだ、別におかしな事じゃない。ハル、お前は可愛い。だからオレがハルを可愛いと思うのも当然の感情だ」
「キリ!!お前、何回も可愛い可愛い言うな! 恥ずかしいだろ!!」
顔を真っ赤にして照れている。最高に可愛い。
抱き締めたい衝動に襲われる。でも今は我慢だ。
ここでハルに「好きになっても良いんだ」と言う話までしようかと思ったけど、いきなりソレは踏み込みすぎだと思ってやめた。
まずハルには親友でも異性として意識して良いんだと思ってもらう事だ。
それはそれとして、オレを格好良いと思うなら、一つ気掛かりがある。
「ところで、格好良いと思う男はオレ以外にいるか?」
「え? そうだな……いないかな。うん、いねえな、良かった」
「そうか、良かった。 ――なんでハルが良かったなんだ?」
「そういやなんでだろな? なんかそう思った」
まずは一安心、オレ以外に格好良いと思う男がもしいたら、この手で亡き者にしなければならないからな。
それは冗談だけど、もしそんな男がいたらオレはかなり不利だったかも知れない。
だってハルにとってオレは親友という枷があるからだ。
それと、ここまでの言動を見る限り、一つ思う事があった。
本人は自覚してないようだけど、どうもオレに対して、異性としての好意が残っているような気がする。
もしかしてそれは”
――そうか。
ハルのオレに対する意識が”叢雨くん”から“親友のキリ“に変わっていたとしてもハル自身が別人になったわけじゃない。”叢雨くん”に対する想いが消えたりはしないはずだ。
だからきっと、オレに対する好意は心のどこかに残っていて、自然とそれが行動に現れているんだ。
それが“叢雨くん”に対する好意だとしても、オレに対する好意なわけで。
なるほど、だから親友だという意識があっても”叢雨くん”にするみたいにスカートを履いてしまったのではなかろうか。そうだと良いな。
まあ自分に都合の良い解釈だとは思うけど。
「まあ良いじゃん、ゲームでもやろうぜ」
ハルはこの話題から逃げるようにゲーム機を取り出し、準備を始めた。
◇◆◇
1時間ほど色々なゲームを触って遊んだ。
「やっぱキリと一緒だと楽しいな!」
「そうだな」
無邪気そうに笑うハルを見てオレは頷いた。
そこへドアがノックされた。
「お母さんかな? 」
ハルはそう言いつつ立ち上がり、ドアを開けた。
「ハルちゃん、お菓子と飲み物持って来たわよ」
「ありがとうお母さん」
ハルがおばさんからお菓子と飲み物が乗ったお盆を受け取り、丸テーブルの上に置いた。
ふとおばさんを見るとアイコンタクトがあり、少し席を立つ事にした。
「ちょっとトイレ」
「おー、行ってらー」
ハルは飲み物をコップに入れ、お菓子を開け始めた。これなら少しの時間は大丈夫そうだ。
立ち上がり、部屋から出るとそこにはおばさんが待っていて、一緒に階段を下りてリビングへと向かった。
「ハルちゃんが待ってるから
「はい、実は――」
――オレは日曜に呼び方を”叢雨くん”から名前に変えて欲しいと頼んだ事から始まった事を、その後は”叢雨くん”ではなく”親友のキリ”として認識された事なんかも含めて、掻い摘んで説明した。
おばさんは最後まで静かに聞いていて、オレが話し終えると考え込むような仕草を見せた。
「家ではどんな変化があったんですか?」
待ち切れないオレは、おばさんにそう問うた。
「そうね、日曜日に家に帰ってきてからハルちゃんずっと部屋に籠もりっぱなしで、呼んでも返事は無いし、部屋のドアには鍵が掛けてあって様子も分からなくて。本当に心配だったわ――」
おばさんは続けた。
翌朝、心配するおばさんとおじさんに、ハルは何事も無かったかのように接し、そしてオレが迎えに来てそのまま出掛けたという。
日曜の夜の事など無かったかのような、いつも通りっぷりに、そしてその後ハルも何も変わった様子を見せなかったため、おばさんもおじさんもハルに聞く事が出来ずにいたという事だ。
ただ一つだけ、気になる事があったと言う。
それは月曜の夕方、学校から帰ってきたハルに対し、ハンバーグの練習する?と声を掛けた時「ううん、大丈夫」と断られたそうだ。
その時は、先週1週間ずっとハンバーグだったから少し間を空けるのかな、なんて流していたそうだけど、オレの話を聞いてあれはそういう事だったのね、と気付いたらしい。
「ハルちゃんね、霧矢くんが引っ越してからもずっと霧矢くんの話ばっかりで、凄く好きなんだな~って思ってた。あ、親友としてね。それで女の子になってからも霧矢くんだもんね、私は結構早く叢雨くんは中学の時に仲が良かった霧矢くんだって気付いたけど、あの子全然気付かないし、言っても違うって聞かないし。……思えばその頃から今みたいになる予兆はあったのかもね~。 ――それで、霧矢くんはどうするつもり?」
おばさんは真っ直ぐオレの目を見て、静かに聞いてきた。
「はい、オレはハルを絶対に自分のモノにします。だから諦めずに頑張ります!」
オレの言葉を聞いたおばさんは少し呆れたような表情をした後、頷いて少し微笑んだ。
やはり親子なのだと思った。その微笑みは、ハルに似ていた。
「……それ母親の前で言えるのは凄いと思う。……でもうん、霧矢くんなら応援してあげる」
「ありがとうございます!」
これは……母親公認という事かな?
そんな感じで話し込んでしまって時間が経っていた事をオレとおばさんは気付いていなかった。
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