17.天使のハンバーグと”むらさめ”
ダイニング、キッチンの向かいにある場所で食事をする空間。
そこで
190cmも近い大型犬だ、しっかり家を守ってくれるだろう。
という冗談はさておき、待たせてしまっているようだ。
「お待たせ! 」
「ごめんなさいね、それじゃあいただきましょうか」
「はい!」
叢雨くんは元気よく返事をした。
3人揃って、「いただきます」と手を合わせて食事を始める。
と言っても、俺もお母さんも箸は持つけど何も手を付けない。
叢雨くんが食べるのを待っているのだ。
「……」
叢雨くんは上手いこと箸で、見るも無惨な焦げだらけのハンバーグの一部を切り出し、それをソースに浸して口に運んだ。
断面を見る限りはちゃんと火が通ってそうで安心する。
「うん! 美味い!!」
――そんなわけがない。
あんなに焦げがあって、崩れやすくて、単純に味も褒められたものじゃない。
そんなものが美味しいわけがない。
実際、お母さんにはダメだしされている代物だ。
――だけど叢雨くんは気を使って美味しいと言ってくれたんだろう。
それだけで嬉しい。次こそはもっと頑張ろう。心から美味しいと思ってもらいたい。そう思う。
だから、叢雨くんの気持ちは分かったから、もう無理して食べなくても良い。
「叢雨くんありがとう。 でも、もう無理して食べなくて良いから。 次はもっと美味しく作れるように頑張るから。量は少ないけど、俺のハンバーグ食べて。こっちも俺が作ったものだから」
そう言って、俺の分のハンバーグを差し出した。
しかし叢雨くんはそのハンバーグを拒否して、自分の手元にある大きいだけの、いびつで、焦げが多いハンバーグを大事に抱えるように腕で囲んだ。
「これはオレのものだ。ハルがオレの為に心を込めて作ってくれたものだ。オレが残らず食べる。誰にも渡さない。ハルでもだ」
「ハルちゃん……」
お母さんが俺を見て首を振った。
叢雨くんにとって、それはそんなにも大事なものなのだろうか。
一口食べて美味しいと言ってくれた。それだけで十分に嬉しい。叢雨くんの気持ちは伝わっている。
だから俺は少しでも美味しいものを食べて欲しくて、お母さんがまあまあと評価してくれた俺の分を渡したいと思った。
こっちだって一生懸命に作った。今、叢雨くんが抱えてるハンバーグと一緒に作ったハンバーグだ。それでもダメなんだろうか。
「ハル。――ハルがオレの為に、心を込めて作った料理ならなんでも美味しい。だからこのハンバーグは唯一無二の美味しさを持つ、ハルの料理だ」
「……どんなものでも?」
「そうだ、ハルがオレの為に心を込めて作った料理なら、どんなものでも、だ」
「……」
「ハルはこの料理を作る時、オレの事を思って作ってくれたはずだ。オレの為に、オレに美味しく食べて欲しいと。 だから結果がどうなろうともオレにとってそれは最高に美味い。この焦げすら愛おしい。だからこのハンバーグはオレの、オレだけのものだ」
「……」
もう何も言えなかった。
言えるはずない。
そこまで言われてしまっては、黙るしかない。
ただただ、叢雨くんの俺に対する大きな、大きな気持ちを、大きな愛情を感じて、受け止めるしかなかった。
でも叢雨くんはバカだ、別に無理して食べなくても良いって言ってるのに、本当にバカだ。
それでお腹でも壊したらどうするんだ。
……それすら愛おしいとか言いそうだなあ……。
「はは……叢雨くんはバカだなぁ……」
気付けば、涙が溢れていた。
理由はハッキリしていて、これは嬉し涙だ。
一時の勢いだろうがなんだろうが、ここまで言い切られてしまうなんて、嬉しくないはずがない。
その嬉しさが決壊して、涙として溢れたんだ。
「ああ、オレは大馬鹿だ。ハルのためならどんな大馬鹿にもなれる。 ――ハルの全てはオレのモノなんだから、当たり前だ」
「――叢雨くん」
「なんだ」
「ありがとう」
「オレこそありがとう」
いつの間にか、お母さんは涙を拭っていた。
その後、ちゃんと最後まで、皿まで舐める勢いで、いや、本当に皿に残るソースまで残らず舐めていた。
うん、……まあ、うん。
叢雨くんらしいと思った。
振り返ると、この時ばかりは叢雨くんはよく喋った。
もしかしたら叢雨くんも気持ちが決壊して言葉が溢れ出たのかも知れない。
そしてそれは、とても重要で、大事な事だった。
――だって、今回の事でハッキリと自覚し、俺の心は、気持ちは、固まったのだから。
◇◆◇
食事が終わり、今は俺の部屋にいる。
丸テーブルの横に、2人並んで、恋人繋ぎで手を繋ぎ、寄り掛かる様に座っている。
なんだか心がぽかぽかしていて、何も話さなくても幸せな気分になっている。
叢雨くんがそこに居て、手を繋いで、体温を感じて、それだけで気持ちが弾む。
そして、ここが俺の家でなければ、叢雨くんの家なら、もっと色々出来るのになあ、なんて事も思う。
まあその辺りは明日のデートの楽しみにとっておこう。
今日のところは、健全に、そう、健全にゲームでもしようじゃないか。
「ゲームでもしよっか。今度は負けないから」
そう言って先週も遊んだパーティゲームを取り出す。
「次も勝つ」
「いやいや、俺も完全に思い出したし負けないから」
そんな感じにゲームを始める。
あ、そうだ。
「ちょっと待って!!」
名前決めの時、自分の”はると”を選んだ後、叢雨くんのコントローラーを奪った。
そして、”むらさめ”を作った。キャラも長身の格好良いキャラだ。
「別に”きりや”でいいけど」
「いいや! 叢雨くんは叢雨くんだから! はい」
コントローラーを渡し、ゲームを再開する。
「オレは
「知ってるって。だけど叢雨くんで良いじゃん、……ダメ?」
「……ハルがそれで良いなら」
よし! ちょっと卑怯だけど媚びて押し通したぞ。
俺からすれば、ここにあるのは親友の
叢雨くんは……その、えーと……。
俺の……好きな人であって……親友とは違うから。
うん。やっぱりそこは分けたい。
親友は親友、恋人は恋人。
って、好きとか恋人とか言葉を思い浮かべるだけで恥ずかしいなあもう!!
……えーと、まあでも、勝負は勝負。負けないぞ!
◇◆◇
はい負け~!!
圧倒的サイコロ運の無さで圧倒的な差が付いたまま、ゲームは俺の負けで終わった。
「なんで!!サイコロ運おかしいって!!」
「じゃあ罰ゲームな」
「え!? なにそれ聞いてない!!」
「今言った」
叢雨くんはゲームソフトを漁り、協力プレイ出来るアクションゲームを選んだ。
敵の能力をコピーして進む、可愛いキャラのゲームだ。
「今言ったって……そんなの無しでしょ!?」
「駄目だ。罰ゲーム」
叢雨くんはそう言って、自分の
どういう意図……? まさか?
「……そこに座れって事?」
コクリと頷き
――全く強引だ。
でもしょうがないなあ、負けたからね、それくらいなら良いか。
と短いスカートを押さえ、叢雨くんの胡座の上に座り、足を伸ばした。
すると叢雨くんが後ろから被さるように、そして腕をお腹の前に回してきて、そこでコントローラーを握る。
まるで叢雨くんに包まれているようなイメージだ。
それになんか顔が近い、顔のすぐ横に叢雨くんの顔がある。
ねえ、これって罰ゲームというより……ご褒美では?
……いやいや、罰ゲームと言うんだから、罰ゲームなのだろう。
いやー、こまったなー、甘んじて受け入れるしかないかー。罰ゲームだしなー。
今の俺にとっては罰ゲームでも何でもない、ご褒美を与えられ、そしてゲームが始まった。
アクションゲームらしく、俺のお腹の前で操作している叢雨くんの手がボタンを押す動きが多く、激しく、いつしかお腹に密着し、その振動が、動きが、奇妙なむず痒さを覚える。
それに加えて時々、思い出したように優しくお腹を撫でるのだ。
サワリという感覚に、嫌な感じはなく、もっと触って欲しいとすら思ってしまう。
もっと撫で撫でされたい、そんな欲求が生まれる。
と、そんなんだから集中出来ずゲームするのも大変で、それに段々と行為はエスカレートし、次は太ももを触り始めた。
「ちょっと!? 今日はダメだからね、今日は健全な日!!」
「じゃあ、1ミスごとに罰ゲーム」
何が「じゃあ」なんだ!
だけど俺が勝てばいいんだ。そうすればこんな事も終わらせられる!
「分かった! この面終わるまでのミスの数で勝負だ!!」
そしてゲームが再開された。
「ちょっ! 妨害とか卑怯!」
そうなのだ。大事なアクションで耳元に息を吹きかけたりして、ただでさえお腹に接触している状態で集中が乱されるのに、更にこちらの集中力を削ってくる。
おかげでボス到達まで2ミスもしてしまった。
叢雨くんは余裕のノーミス、くそー、得意なゲームなのか、ゲーム選びから失敗した。
そんなこんなでボス戦でも1ミスし、全部で3ミス。
一体何をやらせるつもりなんだ。別に少しくらいならエッチな格好しても良いぞ。
……期待と緊張で、心臓の鼓動が早まっていく。どきどき。
◇◆◇
「で、何させるの?」
「1ミスで10秒無抵抗。で3回で30秒」
「無抵抗って! あれだからな! 今日はダメだからな!」
「分かってる」
そう言うやいなや、背後から抱き締められる。
「ひゃぁッ!!」
さらに首筋を舐められて、くすぐったくて思わず声が出た。
「ちょッ……!!」
始めは優しかった抱き締める力が徐々に強くなってきて圧迫感を感じるほどに。
だけどその圧迫感は不思議な事に少し苦しいけども、嫌と感じず、むしろ心地良ささえ感じていた。
叢雨くんが俺を求める気持ちを感じて、俺が欲しくて、欲しすぎてこうなっているんだ。そう思うとなぜだか少し嬉しくも感じた。
30秒立ったのだろうか、抱き締める力が弱まり、優しい抱擁へと変化した。
――え? もう終わり?
圧迫感が無くなる事に寂しさを覚えてしまうほどだった。
「苦しかったろ、ごめん」
「ううん、大丈夫だったよ」
叢雨くんは謝ってくれたけど、まさかそれが心地良かったなんて、言えるはずも無かった。
それで今日のところはお開きとなった。
部屋を出て、そのまま階段を下り、玄関まで送った。
「じゃあ、また明日ね。待ってるから」
「ああ、また明日」
「うん」
手を振って、叢雨くんを送り出した。
◇◆◇
うん。決めた。
決意は固まった。
叢雨くんは俺の事が好きで、俺も叢雨くんが好きだ。
だから、叢雨くんの恋人として、叢雨くんの女として生きて行こうと思う。
もし嫌われたら?……そんなの考えたくないなあ。
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