15.縮まる天使との距離
~~~~~~~~~
――またこの夢だ。
真っ黒なオレが白く明るい親友をただ座って眺めるだけの、そんな夢。
だけど今回は少し様子が違っていた。
親友の姿が変わっている。
中学生くらいの男の子の像だったはずが、高校生くらいの女の子の像になっていた。
姿かたちが変わっても、女の子になっても分かる、これは親友だ。
オレがそう認識した瞬間、親友の放つ光が更に強くなった。
眩しさに手で光を遮ると、なんとオレの手が、真っ黒だったオレの手が段々と白みがかっていくじゃないか。
それは足の先と手の先から、徐々にだけど黒い色が落ちていっていた。
それに明るいだけじゃない、親友の放つ光は暖かかった。
気付いたら、オレは立ち上がり、走り出していた。
女の子になった親友の、その像の前に立ち、抱き締めた。
やはり作り物らしく、肌は固く、表面はガラスのように磨かれていて滑らかとしている。
それでも全身に親友の温もりが伝わってきて、オレの身体が
それになぜだか身体だけじゃなく、心にも温められていくような感覚に包まれた。
いくらオレが親友に見合わなかろうと、関係無い。
もう離したくない。全てオレのモノにしたい。
そんな強い思いが溢れ出て、親友の像に口づけをした。
――そして、目が覚めた。
~~~~~~~~~
◇◆◇
う~~、んんッ!!
大きく伸びをして、息を吐き出す。
気持ちの良い目覚めだ。
ベッドから飛び起き、学校に行く準備をする。
髪に櫛を通す時に、いつもの一切手を加えないストレートヘアーだけじゃなくて、違う髪型なんかも試してみるべきか、なんて思ったり。
流石に今から調べて髪をいじる余裕は無いから、やるとしても明日以降の話だけど。
さて、制服に着替えて、朝ご飯も食べて、歯磨きをして、そろそろ
玄関で待とうかとも思ったけど、それじゃまるでご主人様を待ちきれない犬みたいなので、少し待たせてから、迎えに来たから仕方なく行くか、という感じで行こう。
もうそろそろ来るかな、とソワソワしながらリビングで待っている俺をお母さんが苦笑交じりにニヤニヤしながら見ていた。
ピンポーン
玄関の呼び鈴が鳴る。
来た!!
すぐに立ち上がり、カバンを持って玄関に向かう。
玄関の扉を開け、叢雨くんの姿を認める。
「おはよう! 遅いよ!」
「いつも通りだが……おはよう」
叢雨くんが俺を見て、鋭い視線はそのままに、微笑んだような気がした。俺には分かった。
それに俺も満面の笑みで返す。
するといきなり、抱き締められた。
「おはよう叢雨くん、……って朝からお熱い事ねえ」
「あ、すみません! ハルが最高だったのでつい」
「俺は良いけど、時と場所は考えてよね」
「そうね、場所はちょっと考えて欲しいかな~。お父さんに見られたら大変だから。こんなに可愛い娘が急に出来ちゃったからねえ」
「はい、気をつけます」
お父さんは俺が娘になった時、相当ショックを受けていた。
お母さんは比較的すぐに受け入れてくれたけど、お父さんとは中々コミュニケーションが取れなかった時期があった。
お母さんが言うには、急に出来た年頃の娘とどう向き合っていいのか分からなかったそうだ。
分からなくもない、小さい子供ならともかく、年頃ともなればお父さんに限らず成人の男ならみんな考えるだろう。
同世代の男子から見ても分からないというのに。
だけど俺の中身は変わらず、それまで育てられた晴人のままだ。
それが理解されてからは今までのように、いや、少しだけ気を使って父子として仲良くしている。
そしてだんだんと、自分の娘の可愛さを認識し、それを自慢に思うようになっていたのだった。
テレビでアイドルや女優なんかが出てくると「うちの
完璧な親バカである。
とまあ、そんな今のお父さんにこんなシーンを見られたらどうなるか。なんとなく予想出来てしまう。
うん。見られないほうが良いね。
◇◆◇
「いってきまーす」
玄関を出て、2人並んで歩き始める。
いつもの同じ道なのにこの間までと違う、新鮮な光景に思えた。
なんとなくだけど、先週までよりお互いの身体の位置が近く、手と手が触れ合いそうな気がする。
だけど、先週までより近いはずなのに、そのちょっとの距離が今まで以上に遠く感じる。
ほんのちょっと距離、ほんのちょっとの勇気を出せば、手を繋――
「――あっ!!」
そんな余計な事ばかり考えているものだから、何もないはずのところでつまずいて体勢を崩して転びそうになった。
前につんのめり、身体が前方に投げ出される。
身体が勝手に反応し、手を前に投げ出し支えようとしたその時。
ガシッ!
っと、叢雨くんが大きな身体、長く大きな腕と手で、俺の手を掴み、腕を回して身体を支えてくれた。
そして俺は、支えられた時に倒れまいと叢雨くんに掴まるように腕に、身体に抱きついていた。
「大丈夫か」
倒れかけていた俺の身体をひょいと抱きかかえ、ゆっくりと下ろしてくれる。
「……うん、ありがとう」
それを聞いて安心したのか身体を放していく。
俺も掴まっていた腕を放し、そして叢雨くんが掴んでいた手を放した瞬間、思わずこちらから放したばかりの叢雨くんの手を掴んでしまった。
「どうした?」
何故手を掴んだのか、自分でも分からない。
――いや、本当に分からないのか?
俺の女の身体は正直だ。
本当は頭でも分かっているはずだ、さっきまで考え、望んでいたのだから。
ただ、それを口にするには、まだ勇気が足りなかった。
「……」
無言のまま俯く俺を見て、叢雨くんは掴まれた手を握り返してきた。
「行こうか」
「うん!」
横に並び、俺たちは手を繋いで歩き始めた。
◇◆◇
学校でも少しの変化があった。
先週までは休憩時間では叢雨くんの隣に立っていた。
その位置から叢雨くんが引き寄せない限りは叢雨くんに寄る事は無かった。
でも今は、叢雨くんにピタリ、とまでじゃないけど、腕と腕が触れ合う位置。
時によってはそのまま手を繋ぐ事も。
叢雨くんと俺の距離は縮まっていた。
「もしかしてあの後なんかあった?」
お昼ご飯の時間、
「別に」
「うん!別に何も無いよ、うん!」
平然と応える叢雨くんと違い、あからさまに怪しい対応を取ったしまった俺を見て望くんは「へ~」とニヤニヤしていただけだった。
いや、本当に特に何もないんだって!
……ただ、自分の気持ちに少し素直になっただけで。
◇◆◇
叢雨くんに家まで送ってもらい、帰ってきた。
帰り道、自然とどちらともなく手を繋ぎ、玄関先では別れを惜しむように無言で、別れの言葉が出るまで時間を要した。
「また」
「うん、また明日」
離した手で送り出すように手を振り、別れを告げる。
「ただいま~」
自分の部屋に戻るんじゃなくて、まっすぐリビングへ向かう。
「お母さん!! ハンバーグの作り方教えて!!」
「――それじゃあ一緒に買い物行きましょうか」
「え? 買い物?」
「そりゃそうでしょ。何がどれだけ必要か、それくらい覚えないと。ずっとお母さんに材料を準備させるつもり?」
ソファーから立ち上がり、お母さんはそう言った。
うーん、確かにお母さんの言うとおりだ、一人で作れるようにって事は、作るだけじゃなくて、何を買えば良いのか、材料も覚えないとね。
「制服のままで良いでしょ、行きましょうか」
そうして制服姿のままお母さんと近所のスーパーへ買い物へ行ったのだった。
どんなものが良いか、何を見て選ぶか、そんな事をお母さんから教えて貰いながら、材料である合挽き肉と玉ねぎ、パン粉なんかを選んだ。
他にも牛乳や卵なんかと調味料は家にあるから、家で作る前に並べ、丁寧に教えてくれた。
俺はメモを取りながら、それを一生懸命に覚えた。
だけど本番はここからだった。
包丁の持ち方が危ないと何度も指摘されるし、玉ねぎが想像より遥かに目に染みて涙が出てくるし、合い挽き肉をこねるのは正直あんまりいい感触じゃなかった。
そんなこんなで刻んでこねて、タネを作ってと、後は焼くだけだったんだけど、中までちゃんと火を通すのって加減が全然分からない。
焦がしたくなくて早めに上げるとまだ中まで熱が通ってなかったり、ちゃんと火を通そうと思うと焦がしちゃうし、焼き加減って難しい。
他にも火に掛けて蓋をして、他の事をしているとあっという間に焦げちゃってて、片面だけ焦げ焦げになっちゃったりして、相当に難易度が高い。
とにかく今日のところは3つ、焦げてはいるけど勿体ないからと、お母さんが食卓に並べる事にした。
正確には焦がしすぎて食べられる物じゃないのが出来たりして、流石にそれは捨てたのも合ったけど。
それでも、そんなのでも、お父さんは娘の初料理に美味しいとお世辞でも言ってくれた。
その日から金曜まで毎日、叢雨くんと手を繋いで登下校して、お母さんと買い物に行って、不格好な焦げたハンバーグを作って、それが食卓に並んだ。
お父さんは毎回美味しそうにハンバーグを食べて「今日は昨日より美味しかった」と褒めてくれるのだった。
そして今日は土曜日、叢雨くんが家に遊びに来る、そしてハンバーグを食べてもらう日だ。
よし!! 絶対に美味しいハンバーグを作るぞ!!
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