第34話

「落ち着いたか」

蓮が優しく尋ねた。


「うん、」

私は涙を拭いながら答えた。


「帰るか」

「うん」


私は小さく頷いたけど、心の中はまだ複雑だった。


今は璦の顔なんて見たくない。


私は蓮の服の裾を無意識に掴んでいた。


自分でも気づかないうちに、蓮の存在に頼っていた。


「どうした」

蓮が気づいて尋ねてきた。


「いや、何でもない」

私は慌てて手を離し、微笑んで答えた。


けど、心の中では帰りたくない気持ちが強かった。


「帰りたくないの?」


私は答えられずに黙り込んだ。


「由莉」

蓮が優しく名前を呼んだ。


その声に、少しだけ心が落ち着いた。


「ごめ、」


私は謝ろうとしたが、蓮が私の言葉を遮った。


「うち来るか」

「…え?」

私は驚いて顔を上げた。


「家が嫌ならうち来れば?」

蓮は優しく言い直した。


「でも、」


迷惑かけちゃダメだ。

一人でどうにかしないと。強くならないと。


「帰りたくないんだろ」

蓮は私の気持ちを見透かすように言った。


迷惑かけたくない。


でも、心の中では蓮の提案に甘えたい気持ちがあった。


「どうせ帰らないといけないから」


私は小さな声で答えた。


先延ばしにすればするほど苦痛は大きくなるから。


「そんなに家が嫌ならずっと俺のとこにいてもいいぞ」


蓮の言葉に、私は一瞬息を呑んだ。


心臓がドキドキと早鐘を打つ。


本当はわかってたのかもしれない。


「ま、た冗談言って」

私は笑おうとしたが、声が震えていた。


いつか、こんな日が来るのかもしれないってことに。


「冗談じゃない」

蓮の真剣な表情に、私は戸惑いを隠せなかった。


だけど、どうして寄りにもよってこのタイミングで。


「蓮、」


私は彼の目を見つめた。


心の中で何かが揺れ動くのを感じた。


「俺はお前のこと」

「ま、待って。それ以上は言わないで」

私は慌てて彼の言葉を遮った。


続きを聞いてしまったら、もうこの関係も壊れてしまう気がした。


「もうとっくに気づいてるんだろ。俺の気持ち」

蓮の声が静かに響いた。


「れ、蓮」

私は彼の目を避けた。


聞きたくない。

心の中でそう叫んでいた。


「俺はいつまで我慢すればいいの」


蓮の声に、私は胸が締め付けられるような感覚に襲われた。


何も言えない。


自分勝手でごめん。この関係をやめたくないから。


「言わないで、」

私は涙をこらえながら言った。


「由莉、」


「ごめん。ごめんなさい」

私は涙が溢れそうになるのを必死にこらえながら謝った。


「分かった。分かったからそんな顔すんなって」

蓮は呆れたように、優しく言った。


「ごめんなさい、」


こんな顔されたら何も言えなくなっちゃうよね。




ごめんね狡くて。

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