第52話

あの日の出来事を忘れようとしても、どうしても忘れることは出来なかった。


文化祭の準備が始まってどれだけ忙しくなろうと、毎日必ず思い出す。


今日だってそう。


プルルルルル


ブチッ


毎日決まった時間に決まった番号から電話がかかってくる。


非通知だけど、誰がかけてきているのかは検討が着いていた。


このことは先輩には言えなかった。


先輩にこれ以上心配かけたくなかったのもあるけど、


私自身、認めなくなかった。


先輩に言ってしまったらその事実を認めることになるから。電話をかけているのはあの人だって実感してしまう。


それが嫌だった。


「…桜、心桜」


「ん?」

先輩の声にハッとして顔を上げた。


「さっきからずっと呼んでるのに、大丈夫?何かあった?」


先輩の心配そうな顔に、私は少し申し訳ない気持ちになった。


「ごめん、考え事してて…」


「体調悪いとかじゃない?」

先輩の優しい声に、私は微笑んで答えた。


「うん、元気だよ」


「文化祭の準備で疲れてるのかな」

先輩の言葉に、私は少し肩をすくめた。


「そうかも、」


あの人が原因だなんて、先輩は夢にも思ってないみたい。


「文化祭の準備は順調?」


文化祭の準備でどれだけ遅くなろうとも、先輩はずっと待っていてくれた。


「大変だけど、何とか。先輩のクラスは出し物何するの?」


「えっと…それが…」

先輩は少し困ったように答えた。


「まだ決まってないの?」


同学年の出し物は全て把握してるけど、他学年が何をするのかまでは、まだ知らなかった。


「執事カフェを…することになってね、、」

先輩の言葉に、私は目を見開いた。


「執事、カフェ…」


柊先輩の執事姿…かっこいいだろうな。

だけど、他の人に見られたくないな。


「恥ずかしいから、出来れば来て欲しくないなぁ。なんて…」

先輩は少し照れくさそうに言った。


「絶対行く!」


行かないなんて選択肢ない。


「えぇ…」


「先輩の執事姿なんて、きっともう二度と見れないじゃん」


先輩のレア姿を見たい気持ちを隠せなかった。


「それはそうだろうけど、」

先輩は少し困ったように笑った。


「先輩のレア姿、私だってみたい」

私は少し強引に言った。


他の人は見れるのに、私だけ見れないなんて嫌だ。


「いやぁ、」

「駄目…?」


「そんな顔されたら駄目なんて言えないよ」

先輩はため息をつきながら答えた。


「やった」


「最初で最後の文化祭だしね」

先輩は少し寂しそうに呟いた。


「来年から…学校で先輩に会えないんだよね、」


来年のことを考えるだけで、胸が締め付けられるような気持ちになった。


「そんな悲しそうな顔しないでよ。休日に時間作って会えばいいんだから」


それがどれだけ難しいことなのかは理解していた。


だけど、先輩がそう言ってくれるだけで嬉しかった。


「そうだよね」


来年から先輩は大学生になる。


大学生になったら課題とか色々忙しくて、会う時間なくなって自然消滅なんて話はよくある。


だから今、先輩と過ごせるこの時間を大切にしたかった。


誰にも邪魔されたくなかった。

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