第51話

「私はほんとに大丈夫だから。顔上げてよ」


そう言っても、先輩は顔を上げなかった。


私は少し困ったように微笑みながら、先輩の頬を両手で挟んで無理やり上を向かせた。


「心桜…?」


先輩は少し驚いたように目を見開いた。


「やっと目が合った」


先輩が自分を責める気持ちを少しでも和らげたいと思いながら、私はそのまま見つめ続けた。


「なにひて…、」


「先輩がこっち見てくれないから」


私の気持ちが少しでも伝わってくれればいいのに、


「分かったから、離ひて」

そう言って私の手に優しく触れた。


「もう自分のこと責めない?」

私は先輩の目を見つめながら尋ねた。


先輩が自分を責めるのを止めてほしかった。


「責めないから」

その言葉に、私はほっとして手を離した。


「助けてくれてありがとう、先輩」

私はもう一度感謝の気持ちを伝えた。


さっき先輩が助けに来てくれなかったら、今頃殴られてたと思う。


「心桜が無事でよかったよ。…ところで、あの人に何言われたの」


私のせいだって。


「それが…私のせいで仕事を失ったって」

言葉を口にするのが辛くて、視線を下に落とした。


「心桜のせいで?」

先輩の驚いた声に、私は小さくうなずいた。


「うん、」


胸が締め付けられるような気持ちで、言葉が詰まった。


「理由は?何か言ってた?」

先輩の問いかけに、私は少し考え込んだ。


「言ってなかった。私のせいで仕事に集中出来なかったから、かな」


仕事の妨げになるほど、騒いたりしてなかったはずなんだけどな、


「そもそもカフェで騒いだりなんてしてなかったんだよね」


先輩の言葉に、私は少しだけ顔を上げた。


「うん、他にも仕事してる人いたから気にかけてたつもり…だったんだけど、もしかしたらうるさかったのかも」


「あの人が変な言いがかりつけてきてるだけだよ」


先輩の言葉に、少しだけ心が軽くなった。


「そうだよね、」


「また何かあったら直ぐに言ってね」

先輩は真剣な表情で言った。


「大丈夫だよ。もうこんなこと起きないだろうし」


私は先輩を安心させるように言った。


だけど、自分自身も少し不安を感じていた。

今日会ったのは多分、偶然なんかじゃなくて…。


非通知で電話がかかってきたことは先輩には言わないでおこう。


「心桜のことが心配なんだよ。放課後もできるだけ一緒に帰るようにするからさ」


先輩はさらに真剣な表情で言った。


その言葉に、私は胸が締め付けられるような気持ちになった。


「でも、文化祭の準備が始まるから文化祭委員は残って作業しないといけないし、待たせるのも申し訳ないよ」


私は先輩を気遣いながら答えた。


内心ではその提案に少し嬉しさを感じていた。そう思ってくれるだけで嬉しかった。


「俺が待ちたいんだよ。これ以上心桜に嫌な思いさせたくないから」


「先輩…。ありがとう」


私は先輩の言葉に心から感謝し、少しずつ元気を取り戻していった。


その後、私たちは一緒に歩き出した。


先輩の隣にいると、不思議と安心感が広がっていくのを感じた。



先輩がそばにいてくれるだけで、どんな困難も乗り越えていけると信じていた。

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