第26話


遥希くんに説明しようと、口を開けたその時だった。


「痛っ、」

沙紀先輩が声を出した。


その声は痛みと驚きが混じっていて、私の心臓が一瞬止まったように感じた。


沙紀先輩は辛そうな顔をして、足を押えたまま動かない。


「沙紀大丈夫?立てそう?」

柊先輩の声が響く。


私はただその場に立ち尽くしていた。


「足、捻っちゃったみたいで。柊、悪いけど手貸して貰ってもいい?」


沙紀先輩の言葉に、胸が痛んだ。


自分のせいで先輩が怪我をしてしまったことに罪悪感を感じた。


沙紀先輩の顔には痛みが浮かんでいて、その表情を見るたびに心が締め付けられる。


「もちろん」

柊先輩がすぐに答えた。


普段からそうやって、沙紀先輩の世話をしていたんだろう。


沙紀先輩に手を貸す姿を見て、胸の奥に小さな痛みが走った。


"触れてほしくない"


こんな時に、そんなことを思ってしまう私は最低なんだろうか。


自分が嫌になる。


「大丈夫、ゆっくりでいいから」

柊先輩の優しい声に、沙紀先輩は少しだけ安心したように見えた。


沙紀先輩の顔にはまだ痛みが残っているけど、少しずつ落ち着きを取り戻しているようだった。


「心桜ちゃん、」


そうだ。遥希くんにちゃんと説明しないと。

誤解、されくない。


「えっと、その。沙紀先輩と話してて…」


だけど、どう説明すればいいのか分からなかった。


腕を掴まれたから振りほどいたら…って、

これじゃあ言い訳にしか聞こえない。


言葉がうまく出てこない。


頭の中ではちゃんと答えは出てるのに、いざとなると何も言えなくなる。


「大丈夫。落ち着いて話して」


…遥希くんなら。


きっと私の話を信じてくれる。


遥希くんの優しい声に、少しだけ安心した。


「言い訳に聞こえるかもしれないけど、ほんとにわざと突き放そうとしたわけじゃなかった。ただ掴まれた腕を振りほどこうとしただけで、」


声が震えながらも、何とか説明しようとする。


心臓がドキドキして、手が冷たくなっているのを感じた。


「そうだったんだね」


え、それだけ…?

どうして、


「わざと押したって思わないの…?」

不安と恐怖が入り混じった声で尋ねる。


今の説明で、本当に信じてくれたのかな。


「どうして?」

彼の問いに、私は一瞬言葉を失った。


「どうしてって、」


逆になんで疑わないの。


「心桜ちゃんがわざと押したなんて。そんなの思うわけないでしょ」


即答に、涙がこぼれそうになった。


遥希くんの言葉はまるで魔法のように私の不安を消し去ってくれる。


「なんで、」


どうして遥希くんは私のことを信じてくれるの。




「だって、心桜ちゃんはそんな子じゃないじゃん」

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