第13話 過去を探る。

 なぜか童子山家で夕飯をご馳走ちそうになることになり、家に連絡した方がいいと思ったが、家族にどう切り出していいか迷っていた。

 童子山のことをどう説明すればいいのか、そもそも転生してから、家族とまともに会話もしてこなかったし。

 しかし、童子山はそんな俺の様子など構わず、自分の携帯で俺の家に電話をかけ始めた。童子山が俺の家の番号を知っている……ことにはもう驚かない。前の世界ではそうだったんだろう。この時間なら、共働きで帰りが遅い両親じゃなく、いるとしたら姉一人のはずだった。

「もしもし? あの童子山と申しますが……あ、はい。そうですそうです。るるです。お久しぶりです! そうなんですよ、物朗くんとまた同じクラスで、あ、はい、ひとちゃんも。物朗くんから聞いてないですか? うんうん。ひとちゃん、こっちに戻ってきて。うん。はい。そうです。あの、それで今日また前みたいに、うちでご飯……はい。ありがとうございます。あははは。物朗くんに言っときます。そうですね。そう。わかりました。それも言っときますね。はい。では」

 え? 童子山って俺の家族にこんなにフレンドリーなの? え?

 俺は呆気あっけに取られて童子山を見つめた。童子山は先ほどまでの電話での和やかな雰囲気とは打って変わって、真剣な表情で俺を見返してきた。

「え? え? 今の姉? え? 姉、自覚者なの? 知ってたのか?」

「私が知ってるわけないだろ。だけど自覚者じゃなかったら、お互いに記憶を探り合うような会話はしないんだよ」

 姉が童子山に何を話したのか、俺にはわからない。だが何らかのキーワードが発せられ、童子山が納得するような会話があったのだろう。

「あの瞬間につながったんだよ、共通の記憶を持つ者同士のストーリーが」

「じゃ、じゃあ、俺の知らない間に、どんどん世界が……いや、記憶が書き換わっていってるってことか?」

 俺は混乱のあまり、大声を上げかけた。

「違うって。つながっただけ。それぞれの記憶の断片がつながって、少しはっきりしただけなんだよ。だから何も世界が変わったわけじゃない」

「そんな……だって、じゃあ俺だけが、俺だけが俺だけ自覚してると思っていて、俺が俺で俺俺俺」

「ちょっと落ち着いて、物朗くん」

 ソファから身を起こした童子山が、取り乱している俺の肩をポンとたたき、リビング脇の上階へ続く階段の方へ俺を誘導した。

「先に部屋に行っといてよ。飲み物持って行くから」

 無理難題だ、と俺は思った。俺には童子山の家の記憶なんてないんだから、るるの部屋なんてわかるはずがない。おそるおそる、ゆっくりと階段を上る。廊下の突き当たりに一つ、右手に二つ、左手に一つのドアと、それとは別にバスルームらしき部屋があった。

 俺はしばらく立ち尽くしていたが、何も考えずに右奥のドアを開いた。

「は、初めて入る女子の部屋……ドキドキするなぁ」

 なんて小声でつぶやいてみたが、なんの実感も湧いてこない。部屋の右にベッド、奥に机と椅子。中央には楕円だえん形のラグとローテーブル、左は棚と衣装ケース。俺は頭を働かせることもなく、ローテーブルの手前に座った。

 まるで、いつもの定位置だと体が覚えているようだった。

 そうだよ。ここは初めて訪れる女子の部屋……なんかじゃない。

 何度も来たことがある、童子山るるの部屋だ。何一つ記憶がなくても、そのことだけは確かだった。

「市島先輩が言ってただろ。この違和感はちゃんと経験しておいた方がいい、って」

 後ろを振り返ると、空のグラスとペットボトルを持った童子山が立っていた。

「いや俺もう、しんどい。なんなんなんなん……。俺、何も覚えてないのに」

「市島先輩から、曽我井先生から……ひとちゃんからも、今の物朗くんを不安定にさせないように言われてた。でも、今の物朗くんはやっぱりらしくないからな」

「俺らしさってなんだよ」

 童子山はグラスをテーブルに置くと、部屋の隅にある本棚へ向かい、丈夫そうな冊子を取り出した。

「物朗くんの家にもあるはず」

 童子山はテーブルの上に、その本を置いた。

 ――黒駒中学校卒業名簿、と表紙に記されたその冊子を。

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