第11話 下校イベントは違和感しかない。


 【下校イベントは違和感しかない。】



 俺たちはを出て、旧校舎を後にした。ひとは少し遅れて俺の横を歩き、さらに間を空けて童子山が後ろをついてくる。

 しかし、女子二人と下校なんて、緊張……はしないものの、どうにも俺らしくないシチュエーションだよな。「はあ? あんた緊張してんの? キモっ」なんて言われてみたい気もする。

 たとえイルカのぬいぐるみを手放さない子や、無愛想で近づきにくそうなやつだとしてもさ。

 陰キャ人生十六年弱の俺からすれば、これはまぎれもない快挙……だよな。などと考えていたら、

「ねえ」

 と、不意にひとが俺の顔をのぞき込むように話しかけてきた。

「もの、変わったね」

 俺はその言葉に一瞬戸惑った。まるで昔からの知り合いのような物言いだな……いや、確かにひとのことは昔から知っているはずだけど、あれ? 幼馴染おさななじみ……だったっけ。

 曇天模様の空を見上げ、何かが降ってくるのを待つ。俺は何か考える時、必ず空に目をる。思考の源となる要素が一つずつつながり、うねって、渦を巻いて俺の頭の中に入り込んでくる、はずなんだが、今回は何も起こらなかった。

「そういうところは変わらないのにな」

 俺の様子を見ながら、ひとがつぶやいた。その声にはなんだか寂しさが含まれているような気が……した。

「そのうちまた、昔みたいになれたらいいな。チーさんも」

 ひとは、イルカのぬいぐるみの方を見て言った。このイルカ、チーさんって名前がついてるのか。いや、俺は当然それを知ってる……よな。うん、そうだった。ポンでもカンでもなくてチー。

 そのまましばらく三人で歩き、大通りを進んでいく。旧校舎に入った時からずっと頭から離れないがつきまとっている。まるで何かを見ているようで、何も見えていないような……。

 ひとが不意に足を止めた。俺と童子山も自然と立ち止まる。

「ここで別れるね」

 ひとが微笑ほほえみながら、顔の前で右手を軽く挙げた。

「そうか、じゃあまた明日な」

「また明日」

 童子山も軽く手を振った。

 ひとはチーさんを抱きしめたまま、後ろを振り返らずに自宅方向へと歩き出した。その背中をしばらく見送った後、俺と童子山は無言のまま再び歩き出した。

 俺はふと思い出して、市島先輩が持たせてくれた小さな袋をポケットから取り出し、しばらく眺めていた。

「それ、ずっと先輩からもらってるのか?」

 童子山が言った。そういえば前回、この実を食べている姿を童子山に見られてしまったんだった。

「いや、まだ三回目」

「ひとちゃんの前で食べるなよ」

 童子山が俺にくぎを刺すような口調で言った。

 どうしてそんなことを言い出すのか俺にはよくわからなかったが、俺は「ああ」とうなずき、袋をポケットに戻した。

 気がつくと俺は、口笛を吹いていた。俺の頭に今浮かんだ、俺自身も知らない曲だった。俺はその場で作曲し、その場で口笛を奏でる。

 俺は口笛を吹いている間、何も考えていない。ただ、旋律を追いかけているだけだ。

 童子山がこちらを見ていることに気づき、俺は口笛をフェードアウトした。

「そういうところは変わらないな」

 童子山がそう言った。

 ひとと同じような台詞せりふを口にする童子山に、俺は少しむっとした。だからつい、

「初めて会ったんだろ。俺たちは」

 と、意地の悪い口調で返してしまった。

「あれは皮肉だよ。物朗くんが『お前が誰か知らん』なんて言うから」

 そう言って、童子山は小さく首を振った。

「私はいいんだよ。ひとちゃんにまで、同じようなこと言ってないだろうな」

「いや……言ってない……と思うけど」

 俺は歯切れの悪い返事をしながら、童子山の表情を探った。

「なあ物朗くん、うちに寄っていかないか?」

 童子山の言葉に、俺は一瞬驚き、そして困惑した。こんな展開はまるで予想していなかった。

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