私の王子様

神埼 和人

私の王子様

「ねぇ、知ってる舞子?」


 暑い夏が過ぎさって虫たちの声が耳にとどきはじめた頃、舞子のクラスはある噂でもちきりでした。


 クラスの女の子達の何人かが、空から舞いおりてきた王子様と深夜のデートをしたというのです。

 仮面をつけた王子様は夜空を駆ける白馬に乗ってあらわれ、女の子にデートを申しこむといいます。


「えーそんなの嘘にきまってるよ」


 そういう舞子でしたが、それからというもの毎晩、窓辺にたたずんで夜空を見上げるようになりました。




 でも舞子のところにはなぜか王子様はあらわれません。

 毎晩、毎晩、待ちつづける舞子。


「どうすれば王子様にあえるの?」


 授業中、クラスメイトにこっそり聞いてみます。


「トカゲおどりをして待つのよ」


 その晩、舞子はトカゲの真似をして舌をピロピロとだし、目の玉をグルグルと回しながら片足立ちで踊ってみました。


「ははは! きみ、おっかしいね? なんなのその踊り?」


 その声に振りかえる舞子。

 窓のむこうには、月明かりを背にした一人の青年がいました。おどろくことに彼は宙に浮かんでいます。


「ついに私の王子様が……」


 しかし、全身銀色の衣服を着たその姿は王子様というより、まるで宇宙人。

 しかも彼は、舞子の踊りのあまりの可笑しさに笑いがとまりません。


「あなたこそ変よ、本当に王子様なの?」

「ああ、そうさ! 僕の星では男の子が生まれるとみんな王子として育てられるんだ。ちなみに僕以外にも四億八千万人くらい、いたかな?」


 彼が何かを言う度にトンガリぼうしからニョロりとのびた管の先についた玉が、怪しげな光を放ちます。

 自慢気にそう言う彼に、舞子はがっくりと肩を落としてしまいました。


「そして、十五才になると花嫁をさがしに他の星へ行くんだよ」

「花嫁? 私が!?」


 驚いて顔を上げた舞子に彼が言います。


「あーはっはっ、トカゲおんなを花嫁に? 冗談がうまいね、キミ!」


 全身、銀色の王子は腹をかかえて苦しそうに笑っています。

 頭にきた舞子は部屋の窓をしめてそのまま寝てしまいました。


「ついに私も王子様にあったのよ!」


 翌日、朝一番でそう報告した舞子をクラスメイトの女子達は指をさして大笑い。


「ばっかじゃないの、この子! あんなの嘘に決まってるじゃない」

「まさか、本気にするなんて!」

「トカゲおどりでよってくるなんて、どんな王子様よ!」

「だって、本当に来たんだもの! 全身銀色で、頭の先がピカピカで――」


 言ってから舞子は、はっと我に返りました。

 そして、舞子はクラスを飛びだしていきました。廊下まで響きわたるクラスメイト達の笑い声を背に。




 舞子はその晩、くやしくて泣きました。


 泣き疲れて寝てしまった舞子の肩を、トントンとたたく者がいます。

 舞子が目を覚ますと、開け放たれた窓の前に月明かりをうけてキラキラと輝く、見たこともないくらいに美しい青年の姿がありました。

 貴族のような衣装を身にまとった青年は、胸を手にあて深々とこうべれました。


「ぼくだよ」


 舞子は気がつきました。

 それは紛れもない、昨晩の銀色宇宙人です。


「昨日はキミを怒らせてしまったからね」


 彼はそう言うと小さくウインクをしてみせます。


「姫、私と一曲踊っていただけますか?」


 彼が差し出した手を舞子がとると、王子は舞子の手を胸の前によせて、そっと口づけをしました。


 次の瞬間、舞子の体を綺羅きらびやかなドレスが包みます。そしておどろく間もなく、王子に手をひかれた舞子が夜空を一歩、二歩とあがっていきます。


 舞子の足はしっかりと夜空を踏みしめ、腰には力強い彼の腕の感触かんしょくがありました。

 眼下に広がる街の明かりがまるで、クリスマスのイルミネーションのように足元を照らします。

 二人は月明かりの元、優雅ゆうがにダンスを踊りはじめました。


 その頃、舞子のクラスメイト達の携帯電話へ一斉に通知が届きます。


「舞子が王子様と夜空で踊っているって!?」


 クラスメイトのSNSには、空に舞う男女の画像とともに確かにそう書いてありました。だけど、みんな信じようとはしません。しかし半信半疑はんしんはんぎで夜空を見上げると、そこに二人の姿があったのです。

 くやしがるクラスメイト達。

 それを見た舞子は王子にそっと耳打ちしました。


「本当にそれでいいの?」


 王子は少し驚いた表情で舞子に問い掛けます。

 舞子は、うん、と照れくさそうに小さくうなづきました。


「それはいいや!」


 王子は腰にさげた剣を引き抜くと円を描くようにふって、「それ!」と声をかけました。

 すると夜空を埋めつくすほどの流れ星が降ってきてその一つ、一つが長い尾を引きながら、クラスメイト達の元へ飛んでいきます。


 そしてまばゆい光の中から、素敵な青年達が現れたのです。

 彼らは少女達をエスコートして、舞子と王子様の待つ空へゆっくり昇っていきます。もちろん、色とりどりのドレスに身を包んで。


 王子が剣をもう一振りすると別の流れ星が降ってきて、その一つが指揮者になり、別の一つがチェロ奏者になりました。やがて一揃いの弦楽器げんがっき管楽器かんがっきが揃うと、立派な楽団オーケストラが完成しました。

 大舞踏会のはじまりです。

 華やかなドレスに身をつつんだ女の子達が、一つの大きな輪になってワルツを踊りはじめました。


「舞子、ありがとう」

「舞子、ごめん」


 誰かとすれ違う度、そんな声が舞子の耳に届きます。

 それは夢のような一夜でした。



 次の日クラスメイトたちは、王子様達と舞踏会のことを何も覚えていませんでした。

 でも舞子だけは今日も夜空を眺めてあの夜のことを思うのです。


「つぎは、アリクイ踊りでどうかな?」

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