第115話 衣装3
「ぶつかられたせいで、道具が壊れちまったんだよ。どうしてくれるんだ?」
片方の男が、持っていた箱の中身を見せる。ここからでは見えないが、中には壊れた何かが入っているようだ。
女性は、ぐっと一度口を閉じて見せたが、後ろの男がニヤリと笑うのを見て、力強く睨みつけた。
「軽くぶつかったくらいで、陶器が壊れるわけないでしょ。警備騎士を呼ぶわよ!」
女性は強気だ。身なりのいい服装をしているので、男たちにあやをつけられたらしい。よく見ると、見たことのある女性だった。
『仕立て屋じゃないの』
「そうね」
女性は先日城に来た、婚姻の衣装を製作した人だった。身なりがいいのも当然である。
道は人通りも多く、むしろスリなどが多いのだが、当たり屋とは珍しい。女性一人で歩いていて、若いのに身なりがいいので、標的にされたようだ。
たまに、ああいうちゃちなあやをつけて、金品を奪う者たちがいるようだが、会ったのは初めてだ。これは警備騎士に引き渡したい。
しかし、人ごみの中、周囲の者たちが注目しているのに、警備騎士の姿が全く見えない。
弁償をしろと腕を引く男に、女性は睨みつけながらももがいている。
『どうするの?』
助けるにも、女性には顔を知られているので、魔導を使って雰囲気を変えなければならない。若干顔が違うように見えるようにして、フィリィは通りに置いてあったブラシを手にした。
「これ借ります」
近くにいた掃除夫の返事を待たず、フィリィは走り込むと、女性の腕を持つ男の手を、勢いよくブラシで叩きつけた。
「いてえっ!」
痛みに外れた手から女性が離れた隙に、フィリィは男たちと女性の間に入り込む。ひゅっと回転させたブラシの柄が男の前に突き出された。顎下に入り込んだブラシの柄に、男が仰け反りそうになる。
「警備騎士を呼んだわ。さっさと退くのね」
「な!?」
男が後ずさると、後ろにいた男が、腰にある剣へと手を伸ばそうとする。それを見逃すはずがなく、フィリィの手にあるブラシがくるりと回ると、剣へと伸ばした手の甲に突き出された。
「あだっ!」
「私が相手をしてもいいのよ?」
フィリィの言葉に、男たちは顔をヒクつかせた。できれば、ここでのして。警備騎士に渡したいが、目立ちすぎるのも困る。さっさと逃げていってくれた方が助かるのだが。
男たちは思惑通り、及び腰のまま逃げ出した。ついでに去り際の常套句を口にしたが、聞こえなかったことにする。
「人相書きでもして、捕まえたいわね」
現行犯でなければ捕らえるのは難しいだろうか。あのようなちんぴらは撲滅したいのだが、中々難しいだろう。
ブラシを返して店に行こうと考えつつ、女性のことをすっかり忘れて後ろを向くと、女性は両手を祈るようにして組みながら、ぷるぷるしていた。
え、怪我とかしてなかったよね。
「か、」
「か?」
「かっこよすぎるんだけど!! 何それ!!??」
何それって、何でしょうか。
女性は飛びつくようにフィリィの手を取ると、感極まると、再びぷるぷる震えだした。
「かっこよすぎ! かっこよすぎいっ!!」
雄叫びに周囲の人たちまで褒めだした。拍手をしながら、フィリィを褒め称える。
「嬢ちゃん、かっこよかったぞ!」
「素敵だったわ」
「スカッとした!」
「よくやったな!」
拍手までされると、さすがに恥ずかしい。貸してもらったブラシを掃除夫に返して、ぺこぺこと頭を下げながら退散する。目立ちすぎた。さっさと店へ入ろうと小走りすると、女性が声を上げて追い掛けてきた。やめて。
「待って、お礼をしたいわ。その店に入るの!? だったら、うちに来なさいよ。安くするわ!!」
言って、がっちりフィリィの腕を抱えてくる。有無を言わさず、腕を引いた。
「いや、あの」
「男物が欲しいの!? 仕立てもできるわよ。女性用もあるし、いらっしゃいよ!」
この女性、かなり強引だ。ぐいぐい引いて、フィリィの反応など気にもしない。顔の雰囲気を魔導で変えているとはいえ、時間制限があった。あまり長居はしたくないのだが、女性は離す気がないと、フィリィをずるずる引っ張る。
辿り着いた先、高級店に入るのかと思ったが、入り込んだのは貴族が入るような店ではなく、先ほどフィリィが入ろうとしていた店と、同じ位の水準の店だった。収入が高めの、街の人が来る店だ。
入り込んだ店は、さほど広くはなかったが、棚にぎっしりと布が並び、木でできた人形に、最近流行りの服がかけられていた。店としては他と変わらないのだが、客が多い。
生地を眺める男性や、それに説明する女性、支払いを済ませている者もいたが、個別になった仕切りの向こうで、何人もの話し声が聞こえる。繁盛しているようだ。しかし、王女の婚姻衣装を製作した店とは思えない。城に来ていた商人も、この店の者ではないだろう。
「さっきは助かったわ。向こうからぶつかってきたのに、喚きはじめて、うっとうしかったのよ」
女性はきっぱりと言って、フィリィを店の奥の小部屋に連れた。やはり強気だ。城にいた時には分からなかったが、結構はっきりした性格のようだ。
連れられた部屋は、明るい茶の壁と焦げ茶の絨毯が敷かれた、机とソファーがあるだけの部屋だったが、落ち着いた雰囲気がある。接客用の部屋なのだろう。一面の壁だけ服がかけられるようになっており、姿見が壁に埋め込まれていた。
「私の名前は、シニーユって言うの。あなたの名前は? どんな服が欲しかったの? 男物よね。年は? 身長は? 色は、どんなものがお好み?」
言いながら、シニーユは部屋を出て、いくつかの服を持ってくる。どんな物が欲しいとも言っていないのに、服が机に並べられた。
「日除けのマントとチュニック、ブリオーもいるかしら。ズボン、ベルト。一式なら、靴も出すわよ」
勢いが凄いし、矢継ぎ早に言って、更に小物や靴を持ってくる。全て買わせる気なのか。
女性は、一式丸ごと買えば流行りの姿になれるように、全ての種類を持ってきたようだ。女性が見立てるので、合わせが分かるように一式持ってきたらしい。フィリィの年齢から見るに、普段男物の服を選ぶことはないと思ったのだろう。
仕立て屋に入るつもりだったのだし、誰かに贈るのだと想定したようだ。間違っていない。
「えーと、兄に服を贈りたくて」
ルヴィアーレを兄とか言いたくないが、他に思い付かない。兄が婚姻予定だから、一式を贈るつもりだと言って、シニーユに納得してもらう。家族みんなからの贈り物だが、普段着で、長く使ってもらうための物と付け足した。
「豪華な方がよくても、着てもらえないって心配は、分かるわー。でも、贈るならば仕立てる方がいいかと思うけれど」
兄を連れてくる気はない。そこは強く言っておく。しかし、ルヴィアーレの体型に合う服があるだろうか。
男物を見立てるとか、やったことがないので、シニーユに任せたいところだが、如何せん、規格外の顔と立ち姿なので、生半可な服装を選ぶと顔が浮く。フードで隠すのは当然なのだが、なぜか考えてしまう。
身長や体格、肌の色などを伝えて、上下の服とマントを選んでもらう。シニーユは長い机にどっさりと服を置いて、手慣れた動きで合わせると、一式でいくつかの服を壁にかけた。
「体格は細身? あなたのお兄さんだったら、きっと顔立ちもいいでしょう? 金の髪なら、このあたりとか」
ルヴィアーレの髪色は、光の当たり具合によって銀にも金にも見えるため、自分の髪色とは違う。瞳の色も珍しいので、それを伝えれば、髪色肌色、瞳の色と喧嘩をしない色を出してくる。白を基調にした紺色の縁取りのある服から、薄い紅色のシャツに黒の合わせなど意外な色も出されたが、上着の色によっては合うかもしれない。
それから、装飾が凝った服を机に並べる。ルヴィアーレは顔が派手なので、装飾がそれなりにないと地味になってしまうかもしれないと、持ってこられた服を見て、軽く頷く。
「造形の整った人なら、装飾を多めにしても気にならないものよ」
そうかもしれないが、街で目立たない保護色にしたい。そうすると、茶色系統になるわけだが、その色、似合うだろうか。
「兄は落ち着いた色が好きで」
なんて、それっぽいことを言って、いくつか服を選んでもらった。でも、もう悩むの面倒臭いから、何でも良くなってきた。
『飽きるの早いわね』
だって、男物の服とか、選んだってフード被るわけだし、似合わなくてもいい気がしてきたよ。それなりの服なら文句言わないでしょう。むしろ、用意しただけ偉いと思え。
フードを被っても顔が派手なため、身長がある分、女性から気付かれやすい気がする。だったら地味な色で、人ごみに紛れてほしい。そうしよう。
フィリィは一般的な濃い紺色の服を選び、それに合わせてズボンやベルトを選んでもらう。日除けのフードは木綿の生成りにしてもらった。色のあるフードを頭から被ると、ルヴィアーレの身長では目立つのだ。
『焦げ茶選ばないだけ、ましって感じね』
焦げ茶でもいい気がしたけど、シニーユがせめて紺をと出してきたのだ。目の色が珍しいと伝えたので、茶色よりはと言うので仕方な……、いえ、紺の方がいいと思ってね。
『まあ、いいんじゃない。長くいると、魔導も保たなくなるし、顔、元に戻るわよ』
そうだったよ、忘れてた。魔導を掛けて、顔の雰囲気を変えているのだ。ここはさっさと購入して帰ろう。
フィリィは一式を購入することに決めて、マントの中の隠れた鞄から財布を出そうとした。すると、シニーユがじっとこちらを見る。え、まだ、魔導残ってるよ。顔変わってないよね?
『変わってないわよ』
なのに、シニーユがまじまじとこちらを見てきた。何かついてますかね??
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