第114話 衣装2

「作り手の身になってるだけよ。自分の満足する出来じゃないと、ぎーぎー言ってるからね。その満足して作られたものを使われないとなれば、作り手として残念としか思えないわ」


 エレディナが人の心を代弁してくれた。さすが、エレディナ。分かってくれてるー。

「ただでさえ、我が儘言って作らせたんだもの。どっちにしたって着ないって言いながら作らせてるんだから、それはもう、自己嫌悪してるだけよ」


 そこまで言わなくていい。ただ自分に負い目があるだけだと言われて、フィルリーネは事実に顔をむくませる。


「成る程。作り手、か」

 しかし、ルヴィアーレは理解できたと納得した。ルヴィアーレには全く想像つかない感情だそうだ。そうだろうね。


「カサダリアから研修に来てたって言ってたわよね。デリなら知ってるんじゃないの? あの腕なら、カサダリアでも噂されそうだけど」


 エレディナは寝転がったまま、足を組んだ。その格好でいると、いよいよルヴィアーレの青筋が見えてきそうだ。

 しかし、不機嫌になられてもどうでもいい。フィルリーネはルヴィアーレの不機嫌顔を見ぬ振りをして、製作者の女性の話を思い出した。


 カサダリアでも腕のある人で、王都でもその腕を見せるために研修に来ていたらしい。そこで、フィルリーネの婚姻衣装の話が迷い込み、図案を考えて製作するに至った。もしかしたら、しばらくカサダリアに帰っていないのかもしれない。専属になったら帰るのも難しくなるので、渋い顔をしたのだろう。


「デリとは誰だ?」

 ルヴィアーレが話に混じった。もう、本でも読んでればいいのに。


「玩具を売る商人よ。この子のことは、どこかの貴族かと思ってる、普通の商人」

 城の関係者ではないと伝えれば、ルヴィアーレは途端に興味を失った。とりあえず名前が出れば、確認するつもりだ。面倒臭い。


 この男、ずっとそれを続けるつもりだろうか。私の憩いの一人時間が失われるのだが、その辺、考えていただけるのだろうか。


 ルヴィアーレは部屋に来るなと言っても、前振りなくやってくる。ムイロエに予定を聞いていたようだが、最近部屋に二人で籠もることが増えて、情報を貰えなくなっているようだ。たまにはいいことをする。

 そのため、時間が空けば、ここに来るつもりらしい。それはかなり面倒臭い。


 今の所、コニアサスの玩具やカサダリアで使う玩具を作っているので、出掛ける予定がないのが幸いだ。出掛ける時についてくると言われたら、尚面倒だった。


 ルヴィアーレはソファーに並んで座り、我が物顔で本を読んでいる。見たことのない魔法陣が見えて、フィルリーネは縫い物をしていた手を止め、それを覗いた。


「その本、どうしたの?」

「君の手から借りた」

 手となるとイムレスではないだろう。


「ソーニャライ嬢? 可愛いでしょ」

「自分の手に、そんな褒め方があるか?」

 なぜかルヴィアーレは怪訝な顔をしてきた。可愛いを可愛いと言って、何が悪いのだろうか。


「自分の手じゃないし。ソーニャライ嬢は学院でも人気の、優等生美女だし。いい子だから巻き込まないでって言ったのに、イムレス様が手伝わせてるらしいのよね」


 別に自分の手ではないが、ソーニャライはイムレスから手伝いを任されているらしく、ルヴィアーレに本を渡す役目を行なっている。一度だけイムレスから伝言を頼んでもらったが、ソーニャライ自体はフィルリーネのことを分かっていない。

 ソーニャライがどこまで何を気付いているのかは知らなかった。


 魔導院は誰がどう動いているのか、まだはっきりしていない者もいる。迂闊に自分の手として使ってほしくないので、イムレスは手伝わせても本を渡す程度にするだろう。


「魔導院副長のイムレスには様を付けるのか」

 ルヴィアーレはイムレスがどっち寄りなのか分かっている。それを隠すつもりはないが、様を付けるのはおかしいだろうか。首を傾げると、なぜか首を軽く左右に振った。我が儘フィルリーネから、想像が付かなかったらしい。


「君の演技には、恐れ入るな」

 それ褒められていると思っていいだろうか。物凄く嫌そうな顔をして言われたのだが、褒めていると信じていいだろうか。


「ところで、谷に行きたいのだが」

「えー」

 谷って、ラグアルガの谷のことだ。ラータニアに続く、人気のない乾いた谷。その谷に隠された洞窟にいる、魔獣と精霊が見たいのだと、ルヴィアーレはこちらをじっとりと見つめた。


「私には見る権利がある」

 言われて、はいそうですか。と連れていける場所ではない。

 ぷい、っと顔を背けた。


「また今度」

「何が、また今度だ」


 ルヴィアーレは青筋を立てた。確かに連れていかなければならない場所だ。ルヴィアーレ、もどの程度の魔獣がいて、どれだけおかしな精霊が隠されているのか、目で確認したいだろう。


 しかし、安易に訪れて、何か気付かれては困るのだ。前回はたまたま精霊の要請があって、偶然訪れたに過ぎない。もしあの場所に何があるのか分かっていれば、気まぐれに行くことなどしなかった。結界を封じて入り込んだのも、良く気付かれずに入られたと、今考えれば冷や汗ものの侵入だったのだから。


 無闇に訪れるのは危険だ。あの洞窟にどの程度の人間が、どの期間で訪れているのか調べさせている今、不用意に訪れることはできない。


「もう少し待ちなよ。まだどれだけの用途で使われているのか、調べきれてない」

 変に入り込んで、何かを知られる愚策だけは行いたくない。その意図も分かるだろう。ルヴィアーレは口を閉じて目を眇めたが、小さく息を吐いて、それ以上の要求はしなかった。さすがに理解はしている。


 それに、ルヴィアーレが外に出るための用意が必要だった。

 サラディカが外に出た時もそうだったが、服などが必要になる。馬鹿目立ちする顔立ちに、その姿勢。誤魔化すのは相当難しいのだが、ルヴィアーレを外に出す必要性は感じていた。


 ルヴィアーレの服なー。古着着させて連れ回すのは、さすがにまずい気がする。

 そんな気を遣う必要はないだろうが、面倒なこと言ってきそうなので、そこそこな服は渡さないと、などと考える。面倒臭い。かと言って仕立てるとか、面倒臭い。






「あー、面倒臭い」

『文句言いながら、仕立て屋に行くのね』


 そうじゃないと、いつまでもしつこく言われて、部屋にいるのが苦痛になりそうじゃない? ルヴィアーレって絶対しつこいと思うの。ネチネチうるさいと思うの。

 少し部屋に一緒にいるだけで思ってしまった。小姑すぎる。


 隙を見て街に降り立つと、フィルリーネは高級品を扱う店の通りを歩いていた。貴族とまではいかないが、商人でも高い水準の者たちが着る服を与えるべきだろうか。そうでないと、顔と姿に合わな過ぎて、違和感が半端なくなりそうだ。


 大店のお坊ちゃんでも、違和感があり過ぎる。フードを被らせてもどうだろうか。自分がルヴィアーレを分かっているからか、フードを被っていても違和感を感じてしまいそうだ。とにかく、上級貴族以外の服が、全く似合わない気がする。なんてこと。


「上等なの着せて、貧民街なんて歩かせられないしな」

『物取りにでも追い掛けられそうよね。身長高いから、目立つでしょ』


 そうなんだよ。顔を隠しても、その存在感。身長のせいもあるけれど、立ち姿が、その辺の人と違い過ぎるのだ。いるだけで高貴な人だと分かってしまう。


 人にだらしないとか、良く言うわけだよ。普段からあんなにぴっしり真っ直ぐ立っているなんて、背骨に棒でも入っているのかもしれない。背筋矯正器具でも着けてるのかな。


 冗談はさておき、やはり商人の服を着せるしかないと、仕立て屋を探した。いつも女物しか頼まないので、男物をどこの店にするべきか考える。


 ルヴィアーレは、今の所ただ部屋に通うだけで、本人の状況を口にはしていない。こちらの様子を伺っているのだろう。どこで何をしているのかも、本当ならしっかり調べたいのだろうが、サラディカをあの部屋に入れて転移することも、何度もサラディカに秘密裏に外に出てもらって連れ出すのも、簡単にはいかない。


 できるならば、ルヴィアーレが部屋にいる間に、色々と行動を起こしてほしいはずだが、その前に、やはり格好を何とかしなければならなかった。

 こちらもルヴィアーレの情報は欲しいので、交換条件にしたい。


「あの店にするか」

 身なりの良い男性が入る仕立て屋で、店の人間の噂もいい。バルノルジも依頼する店なので、信用できるだろう。

 そう思って店へ進むと、近くで大声を上げる女性が見えた。


「ぶつかったのは悪かったけど、謝ったじゃない!」


 焦げ茶色の髪を背中に流した女性が、男に向かってがなった。相手は男二人組で、体格は良かったが、少々服装に乱れがあった。身なりがしっかりしているとは言い難い男たちだ。

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