第85話 憩い3
マリオンネの血となれば、王は目の色を変えるだろうか。
「王女は次代への道具か。王族ってのは、難儀だな」
「難儀なのは、王弟ですよ。そんな計画で連れてこられて、馬鹿な王女と婚姻して子供作れとか。うわ、寒気」
「お前は王弟には同情するんだな」
「王弟は、ひどいとばっちりですもん。他の国の人間なのに、この国の事情で大切な姪とも離れ離れになっちゃって。せっかく婚姻するつもりだったのが、まさかの、馬鹿王女ですよ」
「まあなあ。だが王族ってのは、そういうものなんだろう? 自由がきかなくて、理不尽な婚姻でも受け入れる」
それでも、ルヴィアーレは無関係だ。婚姻を延ばしたくなるはずである。しかし、延ばしてどうするつもりなのだろうか。何か策を練っていることになる。周囲を引き込むつもりならば、婚姻は早い方がいいのに。
そうなると、まだ見落としていることがあるのだ。
「それを聞いて納得した。民間のラータニアからの小型艇も数を減らされたらしい。船の老朽化と聞いているが、それも嘘なんだろうな」
「老朽化と偽って、定期便を減らしたんですか」
「ほとんどないくらいの減らし方だ。元々そこまで貿易の小型船が多かったわけじゃないが、その数を減らしたんだからな」
「貿易ついでに入り込む人間を減らしたのか」
「そうなるな」
ラータニアから入り込む人間が、確実に減った。城にいるルヴィアーレへ繋ぎをしている者を消す。どうやってルヴィアーレと繋ぎをとっているか分からないが、ラータニアの関わりは間違いなく少なくなっている。
ルヴィアーレを得ていながら、同郷の人間や関わりのある者を消している。ルヴィアーレも気付いているだろうか。問題を解決するには、ルヴィアーレの情報も必要になるかもしれない。
ルヴィアーレを引き入れるしかないのか。
向こうの情報を得るには、話す必要がある。だが、この国を乗っ取ろうとするかもしれないルヴィアーレに、計画を知らせるのは危険だ。まだ、ルヴィアーレが何を犠牲にして応じたのか分からない。引き込むには情報が足らなすぎる。
その情報を得ることが難しい。ルヴィアーレを知る者の話が聞ければいいのに。
『ニュアオーマだ!』
いきなりのヨシュアの大声に、フィリィはびくっ、と身体を仰け反らせた。今頃名前を思い出したのか。
「ど、どうした」
今日のフィリィは挙動不審とばかりに、バルノルジが心配そうに困惑顔を見せる。焼き菓子が焼けたんじゃないかと気を遣ってくれる。すみません。
「バルノルジさん、ニュアオーマって人、知ってますか?」
「ニュアオーマ様なら、警備騎士団総括の局長だが。どうした突然」
「どんな人ですかね」
「どんな? んんー。良く、その辺でふらついているな」
「ふらつく??」
フィリィはバルノルジと顔を見合わせた。珍しい名前だから、同じ人を言ってるよね?
『へらへらしてる。良くさぼってる』
ナッスハルト二号か。それ、信用できるの?
「ふらついてるってことは、さぼって、お酒飲んでる感じですかね」
「いや、そこまでは言わないが。まあ、概ねさぼっているな。なぜだ?」
「いえー、昔、王の弟が信用していたらしいんですけど、どうなのかなって」
フィリィの言葉に、バルノルジは腕を組んで考えはじめた。バルノルジの印象はどうなのだろう。眉間にしわを寄せているので、あまりいい印象を持ってなさそうだが。
「ニュアオーマ様は、何にでも適当なところがあって、ほとんど仕事をしている印象がないな。どうでも良さそうな感じで、何を言っても、なあなあな。ロジェーニ隊長が、良く注意していた」
警備騎士団総括はその名の通り、全ての警備騎士団をまとめるための部所だ。各隊の情報をまとめ、総括団長が隊の今後を決める役目を持っている。その総括局は警備というより、事務的な部所である。局長となると、全隊の情報まとめ役。情報を得るにはとってもおいしい部所。しかし、ここは王の手があるので、仲間がいなかった。
その局長がサボリ魔だとなると、警備局ではサボリ魔の局長を表面に出しておいて、裏で王の意思を動かす者がいるのだろう。丁度いい隠れ蓑に使われているのかもしれない。
「不真面目な局長か。その人、使えますかねえ」
「……どうかな。やる気のある方ではないし。ロジェーニ隊長が青筋立てて怒ってるのを初めて見たくらいだからな」
「わあお。あのロジェーニ様を怒らせるのは、強者ですね。いつも冷静に対処してくれるのに、そんな怒っちゃうんだ」
「俺も見た時は驚いたけどな。しかも、上の階級の人間に怒れるロジェーニ隊長にも驚いたが。それくらい働かない方だと思うぞ」
ロジェーニは不真面目人間が大嫌い。そのロジェーニがお怒りならば、相当だと思われる。
『あいつは、前からさぼってばっか』
それでも叔父は信用していたのならば、会う価値はあるかもしれない。
「ちょっと調べてみます。信用できるようなら、情報とれるかもしれないし」
「そんなつてあるのか?」
「つてはないので、直接行った方が早いかもな。ふらついてるって、街にいます?」
「たまに見るくらいだから、いてもお前を呼ぶのは難しくないか? すぐ来れるか?」
来られたらとしか言えないのが実情だが、会ってみたい。
「構わないぞ。構わないが、相手にしてくれるかどうか」
「そうですね。でも、うちに顔見知りがいるので、それに話を聞いてもらうかな」
『俺やる!』
やってくれるのは嬉しいが。話できるかな。ヨシュアが。思うと、ヨシュアは不機嫌にぶーぶー言った。不安だ。
「様子は見たいですね。そのふらふらしているところ。いつもどこに現れるとか、分からないですか?」
「ごくたまに、東部に来るくらいだからな。それこそ、ロジェーニ隊長の方が知っていると思うぞ。聞いておくか?」
「ロジェーニ様に聞いてもらえると助かります。私も、あまり会えないんで」
バルノルジは二つ返事をしてくれた。丁度その時、アリーミアが焼き菓子を運んできてくれる。
「うわあ。おいしそう!!」
「ちゃんと焼けてるわよー。ゆっくり食べてね。お土産の分もあるからね」
「ありがとうございます!」
焼き菓子の中に、フルーツもりもりだ。豪華すぎる。上にクリームも乗っていて、絶対おいしいやつ。生地がふわふわで、ちょっとお酒も入っている。薄く切られた果物がさっくりしていて、うまーい。
「最高です。アリーミアさん。バルノルジさん、お嫁にもらって良かったね」
「あら、嬉しいわ。フィリィちゃんも未来の旦那さんにお菓子を作ってあげたいの?」
言われて、無言になる。返す言葉を考えずに止まってしまった。いけない、いけない。
「婚約者は、甘い物好きじゃなくて」
「婚約してるのか!?」
「そうなの? おめでとうって、言っていいのかしら?」
バルノルジは飛び上がるくらい驚いたが、アリーミアがフィリィの表情を読んで、憂い気に首を傾げた。
「周りは、喜んでる人、多いですけどね」
アリーミアは心当たりがあるのだろう。静かに頷く。
アリーミアは豪商の娘なので、意に添わぬ婚姻は心当たりがあるのだろう。お金を持っていると、家同士の婚姻は普通だ。貴族は特に当たり前であるし、家と家との繋がりを重視する傾向が強い。
「でも、私みたいに、婚約破棄して好きな人と結婚できることもあるのよ」
「え!? 婚約破棄したんですか!?」
それは初耳だ。こっちが飛び上がりそうになると、バルノルジは萎むようにソファーで小さくなった。
アリーミアはバルノルジに惚れて婚姻しているので、猛勢に挑んだのはアリーミアである。陥落したのは、バルノルジだ。
「バルノルジが約束してくれるなら、婚姻は破棄してもいいって、お父様に許しをいただいたのよ。だから、私は頑張ったわ」
「わあお。アリーミアさんかっこいい。バルノルジさん良かったね。行動派の奥さんで」
バルノルジ頰を赤くして、他所を向いた。
照れるなよ。そこまで好きになれるってすごいね。残念ながらそういう話、女性陣から聞くだけで、とんと分からない。
「周囲で婚姻する子がいて、その子はすごく幸せそうだったんですけどね。親が決めた婚姻でも、こんなに雰囲気変わるくらい幸せになれるんだなあって。でも、私には理解できなくて」
タウリュネの、幸せ溢れる笑顔は衝撃的だった。もう表情がまったく違う。一体何事が起きたのかと言うほどに。しかも、浮き立つわけでもなく、落ち着いた感じがした。
「とってもいい縁談だったみたいです。私の婚約より後に婚約したのに、そんな感じだったので、すごく不思議で」
「フィリィちゃんは、お相手の方と話していて、楽しいと思うことはないの?」
問われて唸りそうになる。
楽しいと思うこと? かつてあっただろうか。ないね。剣技は見たいけど機会ないしね。そして、楽しく会話ができるほど、正直な話をしたことがない。相手が笑ったのだって、ベルロッヒみたいに強くなきゃダメなんでしょう? の良く分からない会話の時だけだ。
アリーミアとバルノルジは顔を見合わせると、大丈夫なのかとこちらに視線を向けた。
「まあ、そこそこ話はしていますよ。婚姻はするつもりないので、ご心配なさらず」
「し、しないのか!??」
「私、職人になりたいので」
言うと、バルノルジはあんぐりと口を開けた。本気で希望しているとは思わなかったらしい。アリーミアがゆるやかに笑って、バルノルジの腕を軽く撫でた。
「フィリィちゃんは、意志があって動いている子だもの。ちゃんと考えているわ。でもね、フィリィちゃん。婚約をしているならば、破棄する時はちゃんとお相手の方と正直にお話をするのよ。勝手に決めてはいけないわ。家は関係ないけれど、お相手の方は、フィリィちゃんと同じ立場なんだから、二人で話し合って、二人で答えを出さなければならないわよ」
アリーミアはゆるりと笑んで言ったが、経験者の言葉は、重く心に残った。
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