第84話 憩い2
「実は最近なあ、貴族の住む南側で、魔獣が出たりするんだ。それもあってか、街に人が少なくなってきている」
バルノルジがフィリィを見つめた。何か知っているか? の目だが。アリーミアの前で話すことではない。しかし、アリーミアはすぐに察すると、立ち上がって焼き加減を見てくると、部屋を出て行った。
「出来すぎじゃないですか。奥さん」
「どこの親父だ。お前は」
そんな言い方して照れなくてもいいのに。バルノルジは頭を掻いて、両腕を組んで踏ん反り返った。照れてる。照れてる。
「貴族が襲われているのは。話を聞いています。おそらく、王女の婚約者である、ルヴィアーレ王弟の関係者かと。ラータニアへの情報供給者が、次々襲われているようですね」
フィリィの言葉に、バルノルジが大きく嘆息する。そういうことか。という呟きは、想定していたのではないだろうか。
「ここのところ頻発しているし、ラータニアの商人も減りはじめている。どこかおかしいとは思っていたが、王が行なっている可能性があるのか?」
「まず、間違いないでしょうね。それから、王女の婚姻が半年後になりました。精霊の許しなど関係なく、婚姻が行われます。ラータニアに関して、何か新しい情報ないですか? そうまでして、ラータニアの王弟を引き入れる必要性が、まだ分からないんです」
バルノルジは困ったように口を閉じる。バルノルジは商人の情報網がある。騎士とは違った話が入りやすい。噂の類でも、何かしらの情報になるからだ。
「これはなあ、また噂なんだが」
バルノルジは突飛でもない噂だと言った。信じるかはともかく、そういう噂があるが、しかし、そんなことがあり得るのかと思うような話らしい。バルノルジはそう付け足して、言いにくそうにして、小声で話した。
「ラータニア王と、同腹ではないって噂がある」
「側室ってことですか? 愛人?」
それなら普通にあるのではないだろうか。あっさり言うと、バルノルジは嫌そうに目を眇めた。一般人は側室を持たないし、愛人なんて以ての外なので、理解はないのだと目をそばめる。
その考え方、貴族的な考え方なんだって。そうなのか。
「前ラータニア王が、どこからか連れた子だという噂があったらしい。相手の女性が、分からないんだ」
「でも、そんなの、別に気にすることないですよね。前ラータニア王の子供で、現ラータニア王とは血は繋がるわけだし」
「それがなあ」
バルノルジは言いにくそうにした。言いにくいと言うより、信じていない顔だ。
「マリオンネの血筋が入っているって、噂があったとか」
「マリオンネ、ですか」
「そんな話が、昔出たらしい。生まれた頃だろう。王妃の懐妊の知らせは、当時なかったそうだ。それなのに、弟王子が生まれた。本当に王妃の子供なのかと」
王族の懐妊が分かれば、内々で発表がされる。それが外に出されるのは、子供が生まれてからだ。商人が知らないのは当然なのだが、その話はラータニアの貴族から聞いた話らしい。
「古い話だが、そんな話が噂されたことはあるそうだ。ラータニアの第二王子は魔導が強く、何にでも優秀だ。だから、マリオンネの血を持っていると言われて、納得できると」
「マリオンネの人間なら、魔導は強いでしょうね。精霊の影響があるので、国の魔導士くらいは皆魔導があるって言われてます」
言われているだけで、エレディナが言うには、その程度らしいが、地上の人間よりはあるだろう。
そうなれば、王は嬉々として受け入れるかもしれない。自分にはない魔導の血が入り込む。ルヴィアーレがいうことを聞かなくとも、その子供はならせばいい。精霊を動かすには魔導が必要だ。好きに行うには、その子供を使えばいいのだから。
「うん? それは、嫌な話ですね。それで婚姻早める? やめろ。勘弁!」
「ど、どうした……??」
嫌な予感が的中しそうだよ。ルヴィアーレはどうでも良いけど、婚姻は必要。ってそれ、やっぱり子供が早くほしいってことじゃない? それ、誰が生むのよ。
「うわ、怖! あのおっさん、何考えてんだ。バルノルジさん、それ、結構みんな知ってる噂なんですか!?」
「いや、そこまで噂されていることじゃないと思うが、一定の年齢の、一部の貴族は知っているんじゃないのか?」
「そこまで噂されるなら、有り得るかもしれないです。マリオンネの人間が、地上の人間を娶ることは可能ですし。可能だけど、逆か……。上位にいるマリオンネの男が、地上にいる女性を娶るのは許されているんですよ。引き取る前提であれば」
「引き取る前提?」
「マリオンネの人間は精霊との、交わりを持った人間なんだと言われています。だから、完全な人間じゃない。精霊の血を持っているんです。古来の話ですけど、人型の精霊と交わった子孫だと言われています。だから、魔導の力が強く、精霊の力の影響を受けやすい。実際は、間同士で婚姻しているので、その話が本当かは分かりませんが、魔導が強いため、そうであったと言われている。その精霊の血が入ったマリオンネの人間が、地上の人間と婚姻することは、基本的に許されていない。精霊との血が薄まるので」
マリオンネの人間は、精霊の血があるため、浮島で暮らすことが許されている。浮島は精霊のためにある島。そこに人間が入ることは許されない。許されるのは、精霊の血を持つマリオンネの人間と、王族だけ。
「だから、婚姻しても娶って、子供を引き取らなければならない。地上に精霊の血は必要ないので」
「娶る限定なのは、なぜだ?」
「地上の男は世襲でしょう。子供を手放さない。それに、マリオンネで精霊の血が通わない男は、仕事が得られない。女がその男を囲うならいいですけど、それを甘んじる男はいないでしょう。地上の血を入れることは、恥みたいなものです」
「なるほど。なんとなく理解はできる。女を娶っても、隠して生きていくのか。だが、その場合、子供は血が薄いんじゃないのか?」
「そうですね。ですから、好き好んで子はつくらないと思います。マリオンネでは生きにくい。もし、王族がマリオンネの女性との間に子供をもうけても、地上に下ろすことは許されないはずです。それを黙って下ろすことが、できるのか……? 王だから、可能になるのか?」
マリオンネの者と出会えるのは王族だけ。そうであれば、ルヴィアーレがマリオンネの民との子でもおかしくない。だとすれば、ルヴィアーレの魔導が強いことも納得できる。マリオンネの血を継いでいるならば、当然の力の強さになる。
そうなると、王はその血を欲しがるのかもしれない。ルヴィアーレは不要でも。
「うわ、嫌だ! 有り得てきた。バルノルジさん、すっごい、嫌だ。そうなると、何年計画? その前に、王死なない?」
「意味が分からん。俺に分かるように説明しろ!」
「王は、マリオンネの力を得た子供が欲しいのかもしれないです。ルヴィアーレと王女を婚姻させて、もうけた子供は魔導を強く持つ。言うことを聞く、魔導を持つ子です。ルヴィアーレは言うこと聞かないので、早めに殺したいはずだわ。でも、その前に、王が殺されるかもしれない」
「ラータニアの王弟は、そこまで強かなのか?」
「精霊の力を得たら、敵として最悪ですね。ただ、グングナルドの精霊なので、精霊の力では、グングナルド王は討てないですけど」
それでも、戦いは可能だ。補助的な意味で精霊の力を得られないだけで。使わなければ、王は殺せる。部下たちなどは、精霊の力は関わりないのだから。そこで王を助ける精霊がいても、部下たちには関係ない。ルヴィアーレの攻撃は防がれる可能性が高くなるが。
だが、逆も然り、ルヴィアーレは、王の部下は精霊の力を持って、倒すことができる。
それに、その時、城の人間はどちらにつくだろう。精霊の声が聞こえない王? それとも、精霊を簡単に従えるルヴィアーレ? 精霊たちも同じ。声を聞いてくれる方か、聞くこともできない方か。
ルヴィアーレもまた、何年計画だ。外堀を埋めて、王を陥れなければならない。王もまた、難しい計画だ。
こちとら冷めた夫婦生活送る予定なのに、子供なんてできるか。無理言うな。
「王女が馬鹿だからって、ルヴィアーレが手出すわけないじゃない」
「おいおい」
それこそまた脅しが必要になる。ラータニアが惜しかったら、フィルリーネと子供つくれとか? 勘弁してよ。
「いえ、でも確率が高いと言うか。あのおっさん、気持ち悪いな」
「フィリィ、言葉遣いが悪くなってるぞ……」
王をおっさん呼ばわりしたので、バルノルジはさすがに呆れた顔をした。王族が嫌いなのは分かっているが、と一応は納得していたが、外でそんな言い方はやめろよ、と注意を受ける。
だって、自分の娘使って、孫に期待値上げるとか、どんだけ? 娘の能力が低すぎて、がっかりなのは分かるけれども、だったら新しい血を入れようって、ほんと、王族最悪だな。
しかし、それを行なうのが王族だ。魔導の強い血を入れようとするのは当然だった。代々魔導の強い女性と婚姻してきたのは王族である。それなのに、現王は魔導が少ない。王の弟は、国の魔導士になれるほど力の強い魔導を持つのに。
王女であれば外へ嫁すところを、婿入りさせて、孫に期待する。それもまた、王族の在り方だった。納得したくないが、道理に適っている。
しかし、コニアサスがいるのだから、そこまで悲観的になる必要はないだろうに。
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