第16話 魔導院2

 エレディナが遠くへ離れるのを見送って、フィルリーネはもう一度その魔法陣を見据えた。


 再び放たれた火の玉は一つだけで、先ほどあけた穴へ目掛けて飛んでいく。地面が爆発し、風が流れた。砂煙が舞ったが、二度目の方が小さな攻撃になった。力加減で威力はなんとかできそうだ。


 最初にできた穴へ重点的に当て、更に当てる方向を四方へ分ける。数や大きさ、速さや威力を何度も変えながら、攻撃を続ける。これは感覚で覚えるしかない。一朝一夕にできるものではないが、何度か繰り返し行えば覚えられるだろう。


 敵の存在、味方の存在。紛れて動く人々を目で追う暇はない。的確に分ける方法は、自らに攻撃を加えない悪意なき者を除くことだ。


「手っ取り早いのは、これに補助の魔導を追加すること」

 応用問題は得意だ。魔法陣に更に別の魔法陣を描き、フィルリーネはもう一度魔導を魔法陣へと流す。

 重なり合った魔法陣から飛び出した一つの火球は、勢いよく地面を焼き尽くす。問題なく稼働することが確認できて安堵すると、途端に疲労を感じた。


「結構疲れるわ……」

「いい感じじゃない〜」

 流れた汗を拭って休んでいると、いつの間にか集まってきていた精霊を伴って、エレディナが頭上をふわふわ移動してきた。


「みんな離れてもらったんじゃないの?」

 拳くらいのサイズの光がエレディナにまとわりついて、光を瞬かせている。色は薄い青緑で光が灯った。あの色は水の属性を持つ精霊だ。この辺りに川はないが、雨でも降るのかもしれない。


「遠くに兵士がいたみたいよ。ここでやめておいた方がよさそう」

「兵士? こんな所に?」


 この場所は町からも村からも遠い。山間にある石の多い土地で川も近くにないので、人が通る場所でもない。こんな場所に兵が来ることはない。


「山向こうの町に移動してるみたい。あんたの力が強いから、魔導士だったら分かるかもしれないって。教えにきてくれたのよ」

 それはありがたい。描いていた魔法陣を消して、フィルリーネは精霊に礼を言う。数匹の精霊が返事をするように上下して、か細い声で、ヘイヘイ言っている。楽しそうに聞こえるのは気のせいだ。


「国境の警備隊を増員するって話を聞いたけれど、それかしらね」

 ここから近い国境は、ラータニアとの境になる。王は大国でありながら国境近くに町が少ないことを理由に、兵士が留まる砦を建築した。そこへ行くのだろうか。


「アシュタル、新しい情報聞いてないかな」





「国境を守るための兵が出たという話は、私も聞いたばかりです」


 いつもの回廊で、アシュタルは汗を拭きながら言った。最近ダリュンベリの気温は高くなっている。たまに外で鍛錬をするためか、アシュタルの肌が少しだけ褐色になっていた。


「任期も終えていないのに、人員を変更するそうです。ルヴィアーレ様との婚約で国境を行き来する商人が増えているためと聞きましたが、いつの間か決まっていた話なので何とも……」


 王騎士団団長ボルバルトと王が決定したようだ。副団長のヤニアックは指定された警備騎士の人員を聞いただけで、内容は詳しく知らないと言う。

 アシュタルも自身で調べたのだろう。そこまで詳しくは分からないと首を振る。


「国境近くの、ヒベルト地方の町近くに兵士が移動していたみたい。商人が移動するために通る町って言ったら、あの辺りだとミンシアね。離れたところに砦があるから、そこに移動するのか」


 イムレスからは増員があると聞いた。そこに魔導院研究員を入れる話が出ていると。

 砦の警備の兵の任期は終わっていないのは確かだ。こちらは増員と聞いていたが、アシュタルの情報は人員変更である。魔導院研究員を増員し、兵士は人員変更なのだろう。


「商人が増えているからと言って魔導院研究員を追加しているならば、調べなければなりませんね」

「イムレス様にもお願いしているけれど、ルヴィアーレが来たことによって精霊の怒りを買わないか確認のためと説明はされたみたい。そう言われたら、納得するようなしないような、ね」

「だからといって、任期前の警備騎士を入れ替える理由にはなりません。何かする気なのでしょう」


 何か、が嫌なことしか思い付かない。イムレスから渡された古書の魔法陣は、大規模な攻撃用で多くの魔導を使う。それを調べてラータニア付近に兵を送るなど、嫌な予感しかしない。


「侵略をお考えですか……?」

「可能性はある。けれど、マリオンネから賜った国を襲うことが、どんなことになるのか、想像がつかない。他国を蹂躙するなとはないけれど、他国の精霊を傷付けるならば、マリオンネも黙ってはいないでしょう」


 マリオンネの考え方は基本が精霊中心だ。その精霊を軽く扱うことにどう反応するのか。国を守る王族として賜った力を奪われるのではないだろうか。

 とはいえ、王はその力を扱う元の力自体が薄い。なくなってもいいと思っていれば、精霊の有無など気にもしないだろう。

 だが、


「他国を奪う必要性がよく分からないわね。ラータニアは確かに豊かだけれど、侵略すれば精霊だって怒りを持つでしょう。その時結局精霊は逃げて、グングナルドの二の舞だわ」

「王が何を求めているか、いつも理解できません」

「私もよ……」


 王という権力を持ちながら、見えない敵と戦っているようだ。何かしらと対立し、それらを消していく。消した先にあるものは何なのか。それが自分には見えない。何かをやっているのは分かるのに、それが何のためなのかが分からないのだ。


「ルヴィアーレ様の元に行ったメロニオルからの報告ですが、優秀さは間違いなく、小難しい魔導の本をいつもお読みとのことです。時間があるようで、読書に勤しむしかないのではと」

「暇だよね。そう思う。政務って言っても、大量に仕事を渡されてるわけじゃないもの」


 しかも、監視がついているので外にも出られない。散歩くらいは許されているだろうが、城の案内もしていないので、どこに何があるかも知らないだろう。

 申し訳なさすぎる。


「早く帰ってもらわないと、本当にまずいわ。不機嫌になるわけよね」

「不機嫌ですか? お会いする時はいつも笑顔と聞いていますが」


 アシュタルは側仕えや警備の騎士たちから情報を得ているのだろう。フィルリーネと行動は共にしないのでルヴィアーレと会ったことの話など知らないはずだが、色々聞いているようだ。


「あの笑顔の中で何考えてるって、ものすっごい嫌悪感で蔑んでいるのよ」

「それで曲者ですか?」

「視線とか促し方とかから、多分結構な策士。頭もいいし、やだわ。相手したくない。めんどくさい。悪いけれど、アシュタル。機会があったら鍛錬でも誘ったりしてあげて。言わないと向こうから動けないし。官務のサラディカが動けば行動範囲も増えるとは思うけど、今のところ様子見みたいだからね」

「配慮されるんですね。放っておかれるのかと」


 放っておきたいが、流石に心が痛む。早く家に帰してあげたい。家には可愛い女の子が待っているわけなので。


「あと、メロニオルに、ルヴィアーレの周囲からたまに人が消えていないか確認してって言っておいて」

「人が消える、ですか?」

「諜報部員がいるから、こっそり城をうろついているってこと。この城は簡単にうろつけないから、気を付けていないと、王に気付かれる」


 分からないところで動かれると、助けることができなくなるかもしれない。ただでさえ人数の少ない状況だ。これ以上人が減るのは困るだろう。


 ルヴィアーレの十三人の供は、皆何かしらが行える騎士か魔導士かだと考えている。側仕えもただの側仕えを連れてくるとは思えなかった。何かあった時に自分を守れない者がいれば、ルヴィアーレの足手まといになる。


「王の棟の近くは罠だらけだし、配備されている者たちも厳選されているし、知らずにうろつかれるとすぐに見つかるわ。ルヴィアーレの手の者は諜報向けの顔が多かった。下働きだと紹介された者たちが、なんとなくみんな似てたのよね。身長とか体型はもちろん、顔や髪型が似てるの。一人減っても気付かないと思う」


「承知しました。メロニオルにはそのように伝えます。それからもう一つ、きな臭い話が」

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