自由研究

西野 夏葉

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 蝉の声の代わりに、部屋の中の空気をかき回す扇風機の音と、たまに通る車の音だけが響いている。

 ペイント機能で塗ったみたいな青さが、空に広がっていた。そこには雲ひとつなくて、今日もまだまだ気温が上がりそうだ。



「夏休み、いつまでなんだっけ。ど忘れした」



 窓の桟に腰掛けたじょうは、髪先を風にあそばせながら訊いてきた。あたしは「あと三日」と返すとともに、さっぱり頭に入ってこない漫画本のページを捲る。父親が「あしたのジョー」のファンだったから……とその名を与えられた彼はボクサーになることなく、こうして残り少ない半ニート期間をあたしとともに謳歌している。



「マジかよー。宿題なんもしてねえよ。どうすんだ」

「あんたがコツコツ真面目にやらないからでしょ」

「そうだ、梨里りりがやった宿題を写させ――」

「あたしもまだやってないよ」



 ちぇー、と心底残念そうに言った丈はまた、視線を窓の外の青さへと向けた。まあ本当はあたしの宿題なんてとっくに終わっていて、丈に見せてやろうと思えば見せてやれるのだが、最初からなんでも言われたとおりにお出ししてやるのも癪だ。ファミレスじゃあるまいし。


 そこで丈が突然「つーか、この夏休み、なんだかんだでいっつも梨里と会ってるな」などと呟くものだから、あたしも即座に落ち着いた声色を出せず「はぁ?」と素っ頓狂な声を上げてしまった。



「それとあんたの宿題が進んでないのは関係なくない?」

「宿題はどうでもいいんだけど、ふと思ったんだよな。なんかめっちゃいろいろ出かけてたべ」

「まあ……うん」



 およそ一ヶ月弱の夏休みは、まさに矢の如く過ぎ去った。夏期講習もあったとはいえ、休みの日には丈を誘って映画を観に行ったり、花火大会に行ったり、今みたいにどっちかの家でくだらない話を延々を続け、笑ったり驚いたり怒ったりした。クローゼットに叩き込んである水とりぞうさんみたいに、気づいたらあたしの中にたまっていたのは水じゃなく、丈と紡いだ想い出だった。

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