第一章 再会

第1話 暗殺者エリィ①

「フンフフン♪フン♪フン♪」

「エリィ、おはよう。今日すごい上機嫌じゃん。いいことあったの?」

「ふふーん。今日は5日ぶりに師匠の夢を見たの~♪いやーほんと最近全然出てきてくれなくて寂しくてどうしよ~って思ってたんだけど!

 ファンが『写真を枕の下に入れておくと夢にその人が出てくる!』って言うから師匠の写真を仕込んで寝たらびっくり!ほんとに会いに来てくれたの~!もうファンに次会ったら、お礼しないと!」

「はいはい、良かったですね~」


 エリィのルームメイトのリカは、興味なさげにうなづく。絶対にファンの話のあたりから聞いていなかった。でもエリィにそんなことは関係ないのだ。

 師匠が夢に出てきた今日は、きっといい日になる。


「朝ごはんできたよ。おまたせ~。今日はエリィ特製ホットサンドです~」

「おお!美味しそう!」


 テーブルの上にホットサンドと目玉焼きの載った皿を置く。

 加えて淹れたてのコーヒーをリカに。自分の分はミルクと砂糖たっぷりのカフェラテを用意する。


 いただきます、と二人そろってホットサンドを口に入れた。中のチーズがいい感じに伸びる。


「ん~美味しい」

「良かった!」

「目玉焼きも焼き加減ちょうどいい。やっぱり今日はいい日だ~」

も今日で終わるといいわね」

「うん!きっと今日は何事もなく終わるよ。なんたって今日は…」

「はいはい、分かりました」

「むー言わせてよ」

「さっき言ってたじゃない。ご馳走様でした。ルナがまだ寝てるだろうから起こしに行ってくるわね」


 てきぱきと食器を片付けて、リカはルナを起こしに行ってしまった。


「私も準備してくるか」


 エリィは自室に戻ると、着替えるためにパジャマを脱いで下着姿になってクローゼットを開けた。

 今日の服は…と、クローゼットから取り出したのは糊がしっかりと効いた白いシャツを取り出して袖に腕を通す。続いて光沢のある生地の白いズボン。きっちりと紺のネクタイを締めて、両手には白い手袋、そして最後にズボンと同じ生地のジャケットを羽織れば…。

 今日の潜入先、軍による議会―銀議会―の職員の正装の完成だ。

 

「んー。やっぱり動きづらい。この服ほんと嫌い」


 今日だけの我慢にしたいところである。


「エリィ!ルナ起こしてきたから、準備できたら出るからね~」

「オッケー。じゃあしてくる」

 

 再び自室に戻ったエリィは、自室の奥に設置したカーテンのかかった棚の前に向かう。

 そう、エリィの大好きな師匠の写真が飾られたに挨拶するのが、エリィの毎朝のルーティンだ。


「おはようございます、師匠。今日は夢の中で出会えてとても嬉しかったです。あぁ、今日はこの笑顔でしたね!」


 5年前、一緒に住んでいた部屋から出て行ったきり、帰ってきていないエリィの師匠。

 写真は毎日仕事以外は眺めているため、顔は夢の中でも思い出せるほどだが、残念ながら声はもう忘れかけてしまった。


「今日はどの師匠を連れて行こうかなぁ。んー久しぶりにこの困り顔と一緒にお仕事しましょうかね~」

 部屋一面に飾られた写真の中から、一枚を選んで胸ポケットに入れる。今日の仕事のお供だ。これで今日の仕事も頑張れる。


「お~い。エリィ、キモいルーティンは終わった?」

「ん?素晴らしいルーティンなら今終わったけど?」

「はいはい。じゃあルナも準備できたし、時間だから出発しましょ」


 エリィは神棚のカーテンを閉めて立ち上がった。

 ドアを開けてから振り返り、カーテンの閉まった神棚に笑いかける。


「師匠いってきますね」


********


「本日からお世話になります!クレイと申します!よろしくお願いいたします!」

「おお、さすが若いから威勢いいね~。議員様方にはそういう子は気に入られると思うよ」

「ありがとうございます!」

「じゃあ今日は初日だし、まずは本部を一通り見て回ろうか」

「はい!よろしくお願いします!」

 

 エリィの今日の役目は、今日配属された新人職員・クレイとして、 銀議会・議事堂に潜入すること。

 育成担当の職員について入った議事堂は、宝石や貴金属で煌びやかに彩られており、政府機関というよりも宮殿のよう。エリィは思わず素で感心してしまった。


「クレイ君は銀議会の議事堂に来るのは初めてかね?」

「そうですね。出もそこまで良くないので…」

「気にすることはないよ。その見目であれば議員様に気にいられ取り立てられるのもたやすいだろう。ふむ、女と言われても信じてしまうほど美しい顔立ちをしているねぇ、君は」

 中年のいやらしい眼で全身を上からじっとりと見られる。エリィは顔が引きつりそうになるのを、全表情筋に力を込めて、必死に抑え込む。

「恐縮です」

「ふむふむ、私が出世した暁には必ず君を側におきたいものだ」


 さらに距離を詰めてこようとした育成担当の肩に、ドンと何かがぶつかる。

 ぶつかってきたのは清掃員だ。


「うわっ!はちゃんと前を向いて歩くこともできないのか!クリーニングに出したばかりだというのに。汚らわしい!」

「申し訳ございません」


 深く帽子を被った小柄の少女が頭を下げるのに対して、育成係は汚いものを見る眼を向ける。


「そもそも私たちの目の届くところをうろつくこと自体がおかしいではないか!礼儀がなっていない輩は即解雇してくれる!」

「お待ちください!この者も新入りなのではないですか?きっと私と同じで初めてここに来て、この議事堂の絢爛さに目を奪われてしまい、表側まで迷い出てしまったのです。そうなのだろう?」

「さようでございます。議員のお二方」

「その気持ち、私はわかりますよ。それほどこの議事堂は美しい。ですので、どうか今回ばかりは許してあげてくださいませんか?」


 手を組み、上目遣いを駆使して育成係に頼み込む。


「むむ…。クレイ君がそういうなら…。んん、だが今後はくれぐれも気を付けるのだぞ。次見かけたらただじゃおかないからな!」

「ありがとうございます。議員様方の慈悲深さに心からの感謝を」


 頭を最後に下げ、そのままエリィの脇を抜ける時。エリィは清掃員にだけに分かるごく小さな声でつぶやく。

「ありがとう、リカ」

 そのままリカ扮する清掃員が、狭い清掃員専用の通路に消えていくのを見届ける。


「クレイ君は甘いな。しかも四番街なんかに。それではこの議会ではやっていけないと思うが」

「すみません…これから勉強させてください」


 先ほどより冷たく、淡々と前を歩く育成係の後を、エリィは急いでついていく。


 職員の作業エリアから議員の控室、文書の保管場所と一通り見て回り、最後に会議室エリアに着く。


「今日はここで、とある議員の皆様が会合をなさる。その世話が今日の私とクレイ君の仕事だ。くれぐれも粗相のないよう気を付けるように」

「かしこまりました」

「まだ会合まで時間があるので、使用する文書類等の整理をしよう。保管棚の鍵をもらってくるからここで待っていてくれ。」

「かしこまりました」


 育成係が鍵を取りに行く間、エリィはその会議室に入り内装を見回す。

 ここで開かれる会合には議員ら12名が参加する。彼らは国庫の貴金属をちょこまかと盗み、溶かして加工したあげく、隣国で売りさばいていたらしい。それがお国にバレて、彼らは今日エリィたちにされる…予定である。


「おい、中に入って何をしている?」

「会議室一つとっても豪華だなと思いまして」

「卑しいものはなんでも物珍しいのだな。ほら、鍵を持ってきたから今から準備するぞ」


 保管室に向かう育成係を追いかけ、エリィも今日のを後にした。

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また会えるその日まで、さようなら。 あいりす @Iris_2052

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