また会えるその日まで、さようなら。

あいりす

序章

第0話 プロローグ

 記憶の中の師匠はいつも美しい金髪を後頭部で一つに束ねている。


「師匠」

「なんだい?愛しのエリィ」

「今日も御髪が美しくてもう少しだけ見ていてもよいですか」

「僕の髪を見て何が面白いんだい?」

「面白いんじゃないんです。ただ私の心が満たされ、穏やかな一日を送ることができるんです」

「そうかい。そうかい」


 一本一本は透明かのように透き通っているのに、束になるとそれら自身が光を放つようで眩しく感じる。

 

「前々から思っていたんですが…。もちろんね、ポニーテールも凛々しくて、師匠の美しさを際立たせているに違いはないんですが…せっかくのサラサラ美髪を、おろしてみてはどうですか?せめてハーフアップとか!」

「仕事の邪魔になるじゃないか」

「いえいえ、師匠の完璧なお仕事ぶり、髪が散らばろうが何の障害にもなりません!むしろ、扇のように広がる師匠の髪の毛を横目に幕引きができるなんで、ターゲットも心置きなく逝けること間違いなしです!ぜひそうしましょう」

「だめだ。邪魔」

「えーそこをなんとか」


 そうだ。いつもこうやってはぐらかされて、一緒に暮らした3年の間、結局束ねていない姿を一度も見せてくれなかった。


「君は僕をどうしたいんだい」

「師匠の魅力は、もっと世の中に広まって欲しいと思っているのです!いや、ちょっと待ってください。師匠の魅力に世界が気づいてしまったら、争奪戦になってしまう…。それは許されない…。師匠の魅力は私だけが知っていればいいんだ…。というわけで師匠!家にいる時だけハーフアップにしてください!」

「面倒だからいやだ」

「ししょぉぉぉぉ」


「じゃあ僕は行くからね」

「今日は遅いですか?」

「いや、そんなに遅くはならないと思うよ」

「今日は師匠の誕生日なので、とっておきの料理を作って待っていますからね!早く帰ってきてくださいよ!」

「分かった、分かった」

「むー。そうやって適当にあしらって!それでどうせ遅くなるんでしょ!何もわかってないじゃないですか!」

「去年は本当に悪かったよ。今年は気を付ける」

「約束ですからね!」

「うんうん。じゃあ行ってくるね、愛しのエリィ」

 そういってドアを開けるも、ふとエリィを振り返る。

「エリィ。僕は君を、いつまでも愛しているよ」

「ふふ。そんなの分かってますよ!私も師匠を一生愛していますから!」

 つられたように師匠も笑って、今度こそ振り返ることなくドアを閉める。


 行き場を失った私を拾ってくれた師匠のことが、ずっと好きだった。大好きだった。

 それにきっと師匠も私のことを愛してくれていた。今でもそう信じてる。


 でもそう言ってくれたあの夜。そしてその次の夜も、またその次の夜も。師匠は帰ってこなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る