十二体目「地下霊廟迷路」

「入れませんぞ」と言い、番兵は跳ね上げ橋を見ようともしなかった。

 槍は立てて持っているけど、その穂先の鋭い事を、知らしめようとするようだ。

 頭二つ分も高い所にあって、兜の奥の目は暗く、その中に僕とナリタは映ってない。

 まだ日が高いから、橋を渡って商人や農民が出て来たり、入って行く人も居て、番兵はそれを誰何したりはしなかった。僕とナリタだけが足を止められている。番兵一人ならナリタが押さえ付ける事も出来ると言うけど、そんな事で捕まりたくはないと止めた。レンテも、イールズ邸の人が通ったら返すという名目で入れると思ったけど、馬さえよくよく通らなかった。

 それにルルガルの腕の傷みが進んで、臭いにも警戒の気を持たれているようだ。

「ネイザボゥという人と話だけでもしたんですけど」

「どのネイザボゥだ」

「あ、どのっていうと、スレンジーだったか」

「王城付きの文官ではないか。何の用事があってスレンジーに会うのか」

 小包をナリタが抓んで来るけど、こんな物を見せて回りたくない。これでルルガルの身に何かあったと伝わり、王城まで通されるのは簡便な事ではあるけど、野盗であったりレプティラであったり腕くらいは拾って来られるものだ。誰のかなんて、見分けるのも難しい。カバンの中にあった書簡を見せようかと思っていると、鎧を付けた大きな男が塀の外に出て来た。

「やあ、見た顔だな」

 鉄の籠手を付けた将兵は、大きな手でナリタの頭を掴み、振り払われた。

「マメゴラ、ニワの護衛部隊の」

 そう僕が言うと、番兵が慌てて振り返り、身なりを正した。「これは、護衛団長」

「そちらの。ネオンの石術師と居ましたな。それで助けられた。こんな所で足止めとは」

「あ、いえ。貴様らそうなのか」

「ただの従者なんですけど、だからスレンジーに話があると」

「それだったら、王城の衛兵に話を通してみるが。おい」と、呼ばれた別の番兵が王城に走っていった。「このように、ニワの位あるお人が王と会談を行っていて、警備が厳しくなっているんだ。特にそちらの、レプティラ。どこから来たのかも知らないが」肩を張って番兵を威嚇するような恰好になったナリタを引き止めて、レンテの足元に隠した。番兵はまだ、嫌悪の目を明らかにして、言葉を口に残していた。「まあ、いい。護衛団長は、なぜこんな所へ」

「王とサンズだけで話すというので。少しの護衛を置いて宿に引き上げて来ましてな」

「サンズは誰だ?」とナリタが聞いた。

「サンズ・ティーランドという人だ」

 そこへ番兵が戻って来て、更に衛兵が二人付いて来た。「シマパン・ガ=ヴィーアと、そっちのレプティラも、今は王に代わり執政を行っているスレンジーが呼んでいる。付いて来い、他の事はしないように」前と、左右を固められ、レンテの手綱を取られ、僕とナリタは罪人にでもなったように主都の大通りを歩き出した。王城の前に来て、ナリタだけが止められた。

「御身はイザームの子、ナリ・タだ」

「それは分かっている。だからと言って、通せないんだ」

 レプティラは、その身軽さ、悪辣さで、殺しや盗みの仕事も請け負う事が多い。

 ナリタが違うとしても、一緒に旅をしていた人達が、何をしていたかは、今はナリタにも分からない。待つ事に納得していないようで、番兵を睨んでいたナリタに、マメゴラが何か話しかけていた。「行くところがないなら、護衛隊にならないか。剣の扱いは慣れているか」

 執政室の大卓に、スレンジーが一人で座っていた。

「ルル嬢の護衛を任せたんじゃなかったか。どういう事だ」

「『王の王』を名乗る賊に襲われて、こうなりました」と小包を開け、ルルガルの腕を卓上に置くと、スレンジーは額を押さえて唸り、黒く色が変わり始めたルルガルの腕に触れた。腐った臭いがして、部屋に広がった。「腕だけでも持って帰った方がいいだろうと思って」

「よくやってくれた」とスレンジーは言った。立ち上がって、言った。「腕を持て」

 執政室から部屋を出て、階段を下りた。王城の奥、炊事場とか、衛兵詰所がある所に向かって、暗い廊下の奥にある扉の鍵を開けた。中には階段があった。暗い地下に向かって、長い階段が伸びていて、スレンジーは燭台に火を灯しながら、階段を下りていった。外の明かりが見えなくなるくらいで、スレンジーが次の扉を開けると明かりが付いていて、冷えた風が体に当たった。開けた部屋の壁が棚になっていて、その間の通路の先にも、棚になった部屋があるようだった。収められている箱は、棺だ。空いている棚と、棺は、同じくらいの数があった。

 部屋の真中では神官が棺の中を清めていた。

「三体使う。シマパンは少し待て」

 そう言って、スレンジーは階段を上がっていってしまった。

「三体か。新しいのがあったな」と、簡素な白服を来た神官が奥に行こうとした。

 呼び止め、振り返るのを待って、僕は言った。「あの。ここで何をするんですか」

「知らんよ。死霊術ではない事は分かっとる」

「ここって」

「地下霊廟だ。主都で亡くなった人や家族のない人の亡骸が置かれている。手を貸せ」

 墓地は高台を拓いて、そこに作られている。葬儀を終えた亡骸は、そこに埋められる。

 主都の中、それも王城の地下に、こんな霊廟を設える意味は分からない。

 それこそ死霊術によって動き出した亡者が、城内に働く人々を襲うかもしれないのに。

 棺を開け、まだ傷みの少ない亡骸を出して、それを中央広間にある台に乗せた。二体、三体を終えたところで、スレンジーが戻ってきた。領主ポーラポーが後に続いて、更に衛兵が二人下りてきた。「シマパン、腕を」と言われ、それも台に乗せた。「もう下がっていいぞ」

「え、でも」

「まあよい。話も聞きたい。今はルルガルだ」

「はい。全員、台から離れろ」スレンジーが進み出て、小瓶から、白い水をルルガルの腕に垂らした。何も起こらず、指が少しだけ動いた。何かを掴もうとするように、指が力強く動き出し、それは少し大きくなったように見えた。腕じゃない、白い骨が腕を裂いて現れると、亡骸を握り潰し、その肉や皮を骨に纏わせた。二体、三体と行い、骨の無い、肘から上、肩から胸の辺りまで、竜骨のような姿を表すと、次はその肉が溶けて流れていった。残ったのは白く艶やかな、だけど骨ではなくて、人の体だった。細い手足、濡れて束になった銀髪、そして満たない腹に苦しむような、ルルガルの顔が出て来た。体液が溢れた台の上で、膝を開き、足を交わした安座の恰好で、ルルガルが座っていた。スレンジーがローブを渡し、頭から被った。

「シマパン、これは……ああ、届けてくれたのか」

 領主ポーラポーが前に進み出て言った。「何があったのか」

「ああ、竜骨を持つ者と会ったんだ。『鉄の王』ではなく『王の王』だった」

「王の、というと」

「骸の腕の他は大半奪われた。あれは戦場の王を統べる王だ」這って、台の縁に腰掛けると、浮いた足を揺らしながら、ルルガルは黙ったり、話したりした。「シマパンも見たな。あの大男、ホホエニ・ヴィッセルマンと言った。どうなったか知っているか、だったら話せよ」

「あ、逃げたから、どうなったかは分からないけど。ミノ字で、兵隊がパラグラフに向かってるのを見たって話を聞いて」僕に集まっていた目は、それぞれ失望の色を染め、ルルガルに何か伺いを立てる姿勢に変わった。「ホホエニが、鉄の王も奪ったっていう事なんですか」

「知らないが。その兵隊、骸だったのかもな」

 ラパン小兄も、その隊に加わっていたのだろうかと、聞く事は出来なかった。

「ホホエニはパラグラフの兵隊なのか?」領主ポーラポーが言った。

「どこの、という感じはなかった。ただの賊だろう」

「どうする」

「奪い返さないといけない。また向かう」

「分かった。サンズの事はどうする」

「サンズ?」

 領主ポーラポーが促し、スレンジーが語る。「ニワの第二王子、サンズ・ティーランドが停戦協定を結びたいと言って来ました。パラグラフが周辺と緊張状態にある事を快く思っていないようで、ネオンとパラグラフの戦となれば、どちらにも手を貸す事はしないそうです」

「楽しそうに眺めてるものだな」

「ニワの小領主がパラグラフに兵や武器を供給するのも止めさせると」

「だからって戦う気はないだろう。内密に竜骨を押さえて知らぬげな顔をすればいい」

「出来るか」

「なんとかする。スレンジー、行商隊を作れ。少なくとも十名。それとシマパン」

「はい。なんですか。僕もお供を?」

「いや、ここまで世話をかけた」台から下りたルルガルが近づいてくる。僕の肩に手を置き、抱き寄せられ、腐肉の臭いに包まれ、背中を叩かれる。体を離すと、ルルガルはもう別の方を向いていた。「大体分かったので、強く誘いはしないよ。兄の捜索も、難しいという事が分かっただろう。今は骸か、近く骸になる。母御には、見つからなかったと知らせればいい」

「でも、行けるなら」

「よく働いた。いくらかはな。でも次は遠征に志願して訓練を受けてから来た方がいい」

 ルルガルと領主ポーラポーが話し始めると、肉を片付けていた神官から離れて、スレンジーが話し掛けてきた。「話は終わったようなので、上に戻りますか。お連れの、レプティラも待っています。飽きて、城の中の物を触るので、困っています」それは、僕が何か言って収まる事とも思えないけど、これよりも頼み込む気力が尽きたので、促されるのを機会に、僕は霊廟から逃げるように去った。詰所、炊事場の近くを通って、謁見の広場に出ると、レプティラは飾られている鎧の近くで飛び跳ね、兜の飾りに触れようとしていて、僕まで困らされた。

「終わったか、何が終わったか」とナリタが聞いた。

 背中を叩かれ、スレンジーが去っていった。「報告とか」

「シマパン、次はどうするか」

 帰るのか、一人で兄を探すのか。「分からない、決めてない」

「ニワの護衛部隊に加わるか」

「え、なんで」ナリタは答えるまでに門を抜け、大通りに向かって歩き出した。王城で働く使用人とか、衛兵とか、行き来する人は、僕とナリタの事を見てもいない。風のような声を聞いてもいない。商区が近づく頃、ナリタは細道に入り、そうなって声を潜める様子を見せた。

「ネオンとかシオンとかいう国の」

「シシン、スノハラか。剣山三国の」

「その山で動く部隊を作ると聞いた。入れと聞いた」

「だから、ニワの人間じゃなくてもいい。じゃない方がいい?」

「それは知らない。ナリタはイザームのレプティラだ」

「それは知ってる。剣山三国で動いて、ニワはどうするんだ?」

「王を殺す」とナリタは目を光らせて言った。「戦だ」

 その王は竜骨の事だろうと、僕は思った。骸、鉄、そして王が居て、その他の竜骨も居るのかもしれない。大半を討伐されたとは聞いたけど、鉄だ。銅や鋼の鎧が戦に出て、長くは経っていない。という事は、これから戦の姿が変わる時、変わる時、その王が生まれるのか。

「それでもハンダン母様に顔を見せないと。ガ字まで行って、夜になるけど」

「ナリタもガ字に行く、明けたらマメゴラの所に行くんだ」ナリタは先に歩き出した。

 旅の物売りなら字の場所は分かるか、と僕が思ったところでナリタは足を止めていた。

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