冤罪判決 剪芽梨シリーズ①

138億年から来た人間

第1話 男と女

いつか来た道に俺は戻った。背負わされた十字架は、何時までも人生を狂わせる事だろう。この社会は既に俺の事を排除しているのかもしれない。然し、俺は無実だった。無罪を勝ち取ったのだ。長く続いた幽閉生活から逃れる事が出来た。そうあの判決は警察組織と司法の過ちだった。


「証拠開示なくして公平裁判なし」と言われるほど物証は裁判にとっては要となる。然し、今回の事件では、警察組織の面子めんつという証拠を上回るものが存在した。


「ねぇ、2万円でいいわ、どう?」


 東京都内にあるラウンジ「妖艶ようえん」には、この店のママ、女店員1人と男客2人、女の客1人がピンクカラーの薄明かりに包まれ酒を飲んでいた。


 客の1人は頭の天辺が禿げた中年でスーツ姿の営業マン風の男だ。アルバイトの女店員20歳の知里ちりとデートの申込みを介して揉めていた。「いいじゃないか、俺と付き合ってよ。高級料理、あそこのほら、なんて言ったかなぁ、幻の焼肉店、そこに、連れてってあげるからさぁ、その後は東京スカイビューグランドホテルで、ゆっくりしてさぁ。お願い、おじさんの願い叶えて頂戴。」知里は、ウザいエロ親父という言葉をお首に見せず、テクニックを磨くつもりで交わしに掛かる。「知里も、行きたいんだけどぅ。お店のルールでぇ、お客様との店外でのお付き合いは禁止なのよぅ。」「あっ、大丈夫、大丈夫、俺は客じゃないから。この店に立ち寄った通りがかりのイケメンだから。街頭ナンパなんだから大丈夫でしょ、ねっ、ねっ。」お前みたいな河童ハゲにナンパされてついていくわけねぇだろ!禿のイケメンなんかいねぇよ!と心中では悪態付きたい知里だったが、笑顔を保ったまま、「この店で、この席に座ると、もうお客。みたいな。」知里が幾ら交わそうとしてもしつこく粘り付いてくる。その様子を確認するように、ママが口を挟まず見ていた。知里が客に引っ張られないように注意しながら。


 その3人とは離れたテーブル席に男女の姿があった。女は仕事帰りなのか、スーツにタイトなスカートを履いていた。ハイヒールは高く、スカートから覗くその足には男を誘うには十分な肉付きに黒いストッキングが映えていた。男は、話言葉から異国な感じを受けた。タイかフィリピン、或いはマレーシア辺りか?「どこで、やる。」他の三人に背を向ける男の声音は極めて小さく響かない。「私のマンション。」女の赤い唇は、口角を上げると同時に男を首肯させる。二人は時間をおいて席を立ち、別々に店を後にした。さも、これから別行動だといわんばかりに。女は、後から席を立つまで手の平サイズの赤い日記帳に走り書きをしていた。店から姿を消した二人は数十メートル先の路上で再び姿を見せ、タクシーを拾って揃って走り去った。

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