3-6 小さな姉と大きな妹(1/2)

「ほら、4号。挨拶なさい」


「……コホン。私、チモック様製ホムンクルス4号ですわ。お姉様方、よろしくお願いいたしますわ」


 10年前、製造されたばかりのチモック製ホムンクルス4号はマリアに促されて、先達の3人に挨拶をした。


「改めてみても大きいね~」


「大きい3号ちゃん」


「……そうですね」


 挨拶された3人は、4号のその巨大さに驚きを隠せなかった。調整失敗の3号のリベンジとして造られた4号は、3号と同じ顔をしていながらもその大きさは圧巻だった。


「それじゃあ三人も自己紹介をしてちょうだい」


「はい。それじゃあ私から。1号です。4号ちゃん、これからよろしくね~」


「はい、1号お姉様。これからよろしくお願いいたしますわ」


 マリアの指示によって、1号から3号までの自己紹介が始まった。金髪ロングの1号は元気よく4号の手を握り、4号もその手をしっかりと握り返して返した。


「私、2号。よろしく」


「はい、2号お姉様。これからよろしくお願いいたしますわ」


 青髪ショートの2号は1号と比べて素っ気ない挨拶だったが、元々そういう性格であり、4号も気にせず笑顔で返した。


「3号です。よろしくお願いします!」


「はい、3号お姉様。これからよろしくお願いいたしますわ」


 最後の3号は少し焦り気味だったが、4号は特に気にはしなかった。


「それじゃあ私はチモック様の手伝いに戻るから、この子のことよろしく頼むわね」


「了解しました~」


「了解です」


「了解しました」


 マリアは自己紹介が終わるのを見届けると、すぐに5号ホムンクルス制作の準備を行っているチモックの元へと戻っていった。これが3号と4号の初めての出会いだった。


___________________



「あら、明かりが……」


ホムホムが制作されてから十日が過ぎた日の夜、お手洗いから自室に戻ろうとしたホムホムは、資料室から明かりが漏れているのを発見した。


「3号お姉様!?」


 ホムホムがゆっくりと資料室の扉を開くとそこには何かの本を読んでいる3号の姿があった。


「あっ、4号。こんな時間にどうかしたの?」


 4号に気づいた3号は、4号に声を掛けた。


「私はお手洗いの帰りですわ。お姉様こそ、こんな時間に一体何をしていらっしゃったのですか?」


「ちょっと料理の勉強をね」


3号はそう言いながら読んでいた料理の本をホムホムに見せた。


「そうでしたか。3号お姉様は勉強熱心ですのね」


「だって私は失敗作だから。少しで皆との穴を埋めないと」


 自身の体に負い目のある3号は、それを補うためにほとんど毎日夜遅くまで読み物や家事、障壁の練習などを行っていた。


「失敗作と言っても見た目だけではありませんか? はっきり言いますが、私はもちろん1号お姉様や2号お姉様よりも3号お姉様の方が料理も掃除もお上手ですよ」


 その日々の努力によって3号の実力は他の販売用ホムンクルスよりも全体的に高く、4号もそのことには気づいていた。


「そうかもね。でもやれるだけのことはやっておきたの」


「……そうですか。私が言うだけ時間の無駄のようですし、私はもう休みます。ですからお姉様も早く切り上げてお休みになってくださいませ」


「ええ、ありがとう。お休みなさい。4号」


「ええ、お休みなさいませ。お姉様」


 この夜を機に、4号は3号のことを特に慕うようになった。それから販売用ホムンクルスの頭数が揃うまで、長いようで短い数カ月の日々が続いた。


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「さて諸君、今日は待ちに待ったオープン記念だ。今日買われるものもいるだろうから今のうちに言っておこう。こんな立場でこんなことを言うのはおかしいかもしれないが、私はお前たちのことを商品であると同時に娘のような存在とも思っている。だから買われた先でも幸せであることを願っているよ」


「「「「「「「はい」」」」」」」


 チモックの販売用ホムンクルスが7号まで造られ、ついにチモックのホムンクルス販売が本格始動することになった。そしてその初日には大々的な開店記念パーティーが開かれた。


「……ほほう、流石はチモック氏のホムンクルス。噂に違わぬ出来栄えだ」


「この料理も彼女達が作ったものらしいが、下手な店よりも出来がいいな」


「なによりよそのホムンクルスにはない搾乳機能だ。これだけでその値段分の勝ちはある」


 パーティーには貴族や大商人といった、3000万Gという大金の支払いに苦労しない金持ちが大勢集まっていた。そして料理やホムンクルス同士の組手などデモンストレーションを交えた宣伝が功を奏し、初日にして最初に用意されていたホムンクルス7体のうち6体が売れ、以降の予約も殺到するという上々の結果になった。


___________________



「……」


 夕方、パーティーはお開きとなり、一人売れ残った3号はその後片づけをしていた。本来はチモックとマリアも片づけに参加する予定だったが、新しいホムンクルスの予約が予想以上に多かったため、3号は片づけを一手で引き受けた。


「お姉様!」


「……4号⁉ あなた、どうしたの?」


 そんな中、とある商人に買われたはずの4号が3号に声を掛けてきたため、3号は思わず振り返った。


「お姉様が買われなかったと耳にしたので、少しだけお時間をいただいてきました」


 ホムホムがやって来たのは、3号が買われなかったことを知ったからであり、買い主に無理を言って別れの挨拶の時間を貰っていた。


「……そう。4号、ありがとう」


 ホムホムの言葉に、3号はいつも以上の笑顔で返した。


「いえ、それほどでもありません。それより今回は残念でしたが、お姉様は私たち7人の中でも真面目で勉強熱心で料理も掃除も全て一番出来るのですから絶対に買われるはずです。だから、だから、頑張ってください!」


「……ありがとう」


 この時、4号の励ましに3号は涙が流れそうだったが、弱気を見せたくない彼女はそれを抑え、笑顔を返した。


「すみません。私、そろそろ……」


 4号は、3号相手にもっと話したいことがあったが、買い主を長時間待たせるわけにもいかないため会話を打ち切った。


「ええ、行ってらっしゃい」


「はい、行って参ります」


 4号のおかげで気持ちの切り替えが出来た3号は、4号の新しい門出を祝福し、4号はそれに応えて元気よく出発していった。


___________________



「……ということがありましたの」


「大変だったみたいね」


 4号が買われてから一か月程経った頃、ホムホムが一人で館へと帰って来た。最初は何事かと3号たちは身構えたが単に一日休暇を貰い、屋敷に遊びに来ただけだった。


そして4号は買われてから一悶着あったこと、そして自分にホムホムという新しい名前が与えられたことを3号へと伝えた。


「まあ、私としては戻ってきてお姉様と一緒に過ごすのも悪くもなかったのですが……」


「なんていうこというの。4……いえ、ホムホム。私達は誰かに仕えるために造られたのにずっとここにいるなんて」


 場合によっては本当に返品されていた可能性があったホムホムは本音交じりの冗談を言ったが、それは買われたくても買われなかった3号にとっては地雷の言葉だった。


「……そうですわね。すみません」


「ううん、ホムホム。私こそムキになり過ぎたわ」


 3号とホムホムはお互い頭を下げ、その場を収めた。


「それで結局、あなたの主はその女の子ってことでいいのよね?」


 落ち着いた3号は話題をホムホムの買われた先での話に戻した。


「はい。主というかお世話対象に近い気がしますけどそうなりますね」


 ホムホムは商人に愛玩用として買われたが、それが向こうの奥方にばれ夫婦喧嘩になった。あわや返品かと思われたが、その前に商人の一人娘がホムホムに懐いてしまった。そのため、ホムホムはその子のお世話係という形で返品を免れることになった。


「まあ、よかった……のかしら?」


「どうなのでしょうか? 巨乳好きなのは父も娘も同じで、子供で同性な分、遠慮なく触ってきますけど」


 3号の言葉にホムホムは商人の娘のことを思い浮かべた。規格外といえるホムホムをいの一番に買い取った父親の血を引いた彼女は、日常的にホムホムの胸を触っていた。


「そういえばその子って今、何歳ぐらいなの?」


「先日、6歳になったばかりですわね」


「……6歳か。それならホムホムって名前も仕方ないのかしら」


 話の途中で、ホムホムという名前が商人の娘が付けたものと聞いていた3号は彼女の年齢を聞いて納得していた。


「立場上拒否が出来ませんでしたけどやっぱりおかしいですわよね。この名前」


「うん、まあ。私の感覚が正しいかの自信はないけど愛称としてはともかく名前なのはちょっと気になるわね」


 ホムホムという名前にはホムホム本人も納得はしていなかったが、立場上意見しづらかった。


「……そろそろチモック様やマリア様のところに行った方がいいんじゃないかしら?」


 ふと時計を見た3号はホムホムと話しているうちにそれなりに時間が経っていることに気が付いた。


「……そうですわね。心苦しいですがそろそろ……っと、これを忘れるところでした。お姉様、これを」


 3号の言葉にホムホムは部屋を出ようと立ち上がった。しかし、途中で何かを思い出し、鞄の中から小箱を取り出した。


「……これはリボン?」


「はい。お姉様へのプレゼントです。お姉様はそのままでも素敵ですが、髪を……こう、二つ結びにした方がより可愛くなると思うのです!」


 小箱の中身は青いリボンだった。そしてそれはホムホムから3号へのプレゼントだった。


「……ありがとう。早速つけてみてもいいかしら?」


「ええ、もちろんです」


 ホムホムの言葉に3号は、リボンを取り出すと鏡を見ながら装着を始めた。


「……これでどうかしら?」


 リボンの装着が終わった3号はホムホムの方へと振り向いた。彼女の髪はリボンによって二つ結びに綺麗に纏まっていた。


「とってもお似合いですわ、お姉様! これで買われやすく……ゴホッ」


「……ホムホム」


 ホムホムは3号の姿に感動し、つい口が滑ってしまった。咳払いをして誤魔化そうとしたが手遅れだった。


「私が買われやすくなるためにくれたってことね?」


「はい。少しでもお姉様のお力になりたくて……」


 問いただす3号を前にホムホムは目を泳がせた。


「……そんなこと気にしなくたっていいのに。でもありがとう。大事に使わさせてもらうわ」


 3号はため息の後、ホムホムへ改めて感謝を伝えた。


「……お姉様。……大好きです!」


「ちょっ⁉ ホムホム!! やめっ、こらっ……」


 3号に怒られるかと思っていたホムホムは、3号の感謝に彼女へと思い切り抱き着いた。その突然の行動に3号は抵抗したが、体格差ゆえに抵抗は厳しかった。


「いい加減チモック様やマリアさんのところに行ってきなさい~!!」


「分かりましたわ~。また後で挨拶に参りますわね~」


 あまりに離さないためついに3号の堪忍袋の緒が切れた。するとホムホムは一目散に3号を解放し部屋から出て行ったが、その顔に反省の色は見えなかった。


「……困った子ね」


 部屋に一人残された3号はため息をついたが、その表情は柔らかかった。


 この後もホムホムは一ヶ月に一度か二度のペースで館に訪れ、3号とお互いの近況報告などを行っていた。しかし、月日が経つほど買われない焦りから3号には焦りが目立つようになっていった。


___________________



「お姉様~」


「あらホム。いらっしゃい」


 いつものようにホムホムが3号の元まで遊びに訪れるとそこには上機嫌な3号の姿があった。


「いつもよりご機嫌が良さそうですがどうかされましたか?」


「分かる? この間街に買い出しに出た時に私のことを買いたいって子に会えたの」


 3号が上機嫌なのは先日クロースルと出会い、買うと宣言されたからだった。


「本当ですの!? それはよかった……でもそれならどうしてお姉様はここにいますの?」


 上機嫌の理由を聞いて歓喜したホムホムだったが、すぐ目の前にいる3号を見て冷静になった。


「買いたいっていってくれた子は私と同じくらいの背丈の子供だったし、家も私達を変える程の富豪ってわけでもなさそうだったからすぐには無理よ」


「……こういっては難ですがその子がお姉様を買いに来る可能性は低いのではないでしょうか?」


「そうね。私もあの子が買いに来てくれるとは正直思ってないわ。それでもそういう人がいるって分かっただけでも嬉しいの」


 クロースル本人は至って本気だったが3号は子供のクロースルがそこまでするとは考えていなかった。それでもクロースルのように自分を買いたいと思う人間がいることが分かっただけでも3号にとっては収穫だった。


「そうですわね」


 3号の久々に見せる心からの笑顔にホムホムは安堵した。しかし、この後も3号が買われることなく月日は過ぎていき、3号の心は以前よりも荒んでいった。

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