学業一律化計画

梅里(ばいり)

学業一律化計画【SS】

「人生のうちで、俺たちは何回卒業すればいいんだろうな」

 未だ西高東低が居座る日本の、ある高校のある教室で。

 夕方6時の曇天を縁取る窓をバックにして、天然パーマの友人は呟いた。



『学業一律化計画』

                          梅里




 その高校の景色はその高校だけのものだ。どこにでもあるような、とは到底表現できない3年3組の教室が俺と友人は名残惜しく、卒業式を終えた今日、バレないように二人で忍びこんだのだった。

 クラスの打ち上げにはもちろん参加した。何なら企画したのは他でもない俺だった。場所選びに協力してくれたのは今隣にいる友人。思いのほか早くに終わってしまった卒業式と打ち上げに寂しさを感じた結果が今なのだ。

 教室は、クラスメイト達の荷物でごちゃごちゃとしていたあの頃とは違ってひどく殺風景に見えたが、少し乱れたままの机と椅子からは何となくぬくもりを感じた。

俺たちは、高校が大好きだった。


「なあ、人生のうちで、俺たちは何回卒業すればいいんだろうな」

 当時自分の席だった窓際のその椅子に行儀悪く座りながら、友人が突然呟いた。普段の調子づいた彼の性格とは真逆のその表情に、なぜか少し焦る。

「……何だよ、急に」

「だって、考えてもみろよ。3年行った幼稚園、6年行った小学校、3年行った中学校、そして最後に、」

「3年通ったこの高校、ってか」

 言葉を俺が引き継ぐと彼は、判ってくれるか、とでも言いたげに笑いながら続ける。

「そうだよ。更に、俺もお前も4年制大学へ行くから、今度は4年行く大学を卒業」

「できればいいけどな。どうでもいいけど俺は保育園だったよ」

 段々と調子を戻してくる友人になぜか安心しながら、茶々を入れるように返した。俺の言葉に少し眉を寄せながらも友人は、

「細かいことは置いておけよ、例えなんだから。でさ、俺が言いたいのは」

がた、と椅子を鳴らして隣の席にいた俺に迫る。ふさふさの天然パーマが揺れる。ちりちりのそれを引っ張るのは結構面白かったなあと不意に思った。

 しかし次の彼の言葉で、俺はちりちりどころではなくなってしまった。


「いっそのこと、学業を『13年制』にしちまえばいいのにな、っていう」


「……は?」

 驚きで、ふさふさの天然パーマより、彼の大きく開いた瞳が目に入る。また突拍子もないことを言いだしたものだな、こいつ。何でそんな変な提案でそんなにも目を輝かせられるんだ。

 というか、何がどうなってそうなるんだ。いや、それにしても何でだ?

「……ごめん、どういうこと? てか、何で13?」

 俺が眉を顰めながら訊ねると友人は、まったく、と呆れたようなため息をついて言った。

「お前、馬鹿か! 3足す6足す3足す3は、13だろ?」

「お前が馬鹿か、15だよ! お前よく大学行けたな! いや、そういう話じゃなくて」

 馬鹿に馬鹿と言われて少し腹が立ったが、それはさておきなぜ『15年制』にしたがるのか。だって入試に数学なかったし、とかモゴモゴ言って悔しがる友人に再度問うた。

「要するに幼稚園と小学校と中学校と高校を足したってことだろ?」

「そうそう! 判ってるじゃん、お前」

「お前の脳内は判らないわ。何で足すの?」

 悔しがっていた顔を一転、自信に満ち溢れた顔で、まるで遊説に来た政治家のような手振りで彼は理由を話し出した。

「まず第一に、5回の卒業は多すぎるんだよ! しかも幼稚園の卒園式ってあれ、意味あるか? 俺、先生と別れるのが悲しくて泣いた覚えしかない。そもそも5年くらいしか生きてない子供につらい思いをさせる必要性がない! かわいそうだろ、俺が!」

「お前がかよ」

「うっせ、聞いてろ! 第二に、いちいち区分することによって、それら学校をその年数分きっちりと修めなくてはならない制度が俺は気に入らない! 日本の教育だって個人の成績がよければ自由に飛び級とかさせられるシステムを作るべきだ。例えばアメリカとか、えーとあとシカゴとか、ハワイとかみたいに」

「お前それ全部アメリカだぞ」

「だ、黙ってろよ! ともかく、そういう飛び級制も、『15年制』にすれば実行するのが容易になってくるはずだ。

「そして第三に、何もわざわざ学力を学校別に分ける必要はないと思う! クラス別に学力分けすればいいんだよ、そうすれば公立中学や高校をいちいち建てる必要もないし、経費も削減できる!

「よって、日本の教育は全て統一し、卒業式もなくし、『15年制』に移行するべきであるとここに主張する! 以上!」

 そう力強く言い切り、手振りまでつけて、彼は本当に政治家のように終わらせた。こいつの変に素直で面白いところは友達としては結構好きだ。

「うん……なるほどな」

「判ってくれたか」

 所々突っ込み所はあったものの、理由を聞いて納得はできた。学業を一律化したいという彼の願望もよく判る。しかし、俺は彼に伝えてやらなければいけないことがある。

「あのなあ、小学校と中学校は義務教育で、それ以降は任意だって知ってるよな?」

「あっ。……馬鹿にするなよな!」

「いや、今思いっきり『あっ』って言っただろ」

 何でそんな一般常識を忘れられるんだ、と俺が言えば、友人の先ほどまでの勢いが見る間に衰えていき、がっくりと項垂れる。しかし俺にはまだ伝えてやらなきゃいけないことがあったから気にしない。

「あとな、その意見別にいいとは思うけど、卒業っていらないものでもないと思うよ。お前は幼稚園生に卒園を経験させるのは酷だって言うけど、小さいうちから色んな経験をさせておくことは悪いことでもないと思う、免疫ができると思うんだよね。おたふく風邪と一緒で」

「やべえ、俺おたふく風邪したことない……」

「その情報は今はいいよ。あ、お前の第二の理由の、飛び級制度のためっていうのは俺もいいと思う。育つ人材はどんどん上に活かすべきだ」

「だよな!」

 俺の同意に友人はパッと顔を明るくさせる。しかし俺はまだ伝えることがある。

「だけど、やっぱり名のある高校に行きたいとか思う奴が必ず出てくるんだよ。15年間みんな同じ学校で同じように勉強していたら、あまりにも世界が灰色だ。退屈だろ」

「そう……か」

 俺の意見に段々と顔を曇らせていく友人に、心のどこかで少し申し訳なく思いつつもなぜか俺の口は止まらない。

「それにさ、卒業って確かにみんなと離れ離れになる悲しいマイナスなイメージを持ちがちだけど、俺は卒業するものによって何か得られるものもあると思うんだよね」

「何? お寿司?」

「違うよ。何でだ。ホントに馬鹿かお前は」

 なぜだか自分の大好物を挙げる友人を軽くはたきつつ、俺は先ほどのこいつの演説とはまた違う説得力と自信を含ませて、ゆっくりと発した。


「新生活だよ」


「新、生活……」

 単語を聞いて納得はしているようだが、今一顔の明るくない友人を見て、彼の言いたいことは何となく判る気はするが。

「それに、いい人間に巡り合えればいいけど、もし相性悪い奴しかいなかったらどうすんだ。苛めとか。逃げようがないじゃないか」

 これが留めだったらしい。友人は力尽きたように机に倒れ伏した。そしてぼそりと一言。

「俺は幸せな環境にいたんだなあ……」

さっきまでの勢いはどこへやら、うってかわって落ち込む表情を見せるこいつに、言い過ぎた、とやっと自覚した。

「何か意見を通そうと思うときは、必ずその反対の意見も考えるといい。それによって覆されない意見なら、さっきみたいに自信を持って提案すればいいんだよ」

「そっか……なるほどな、俺が浅かったよ。お前の言ってることで、あんまり間違いってないしな!」

 俺に自分の意見をほとんど否定されたにも関わらず、友人は笑顔で俺を褒めてくれる。その正直さと素直さをなぜか正視できなくて、曖昧に笑って下を向いてしまった。

 正直で素直で、そして少しどころではなく抜けている友人はそんな俺の様子に気付くはずもなく、ただ俺は、と言葉を続けた。

「まあ、理由だとかなんだとか色々言ったけど、一番の理由はただみんなと別れるのが寂しいだけ……だったりして」 

 口元だけで笑いながらそう言う彼に、俺は何も言ってやることができなかった。

 俺もそう思っていたからだ。

 なぜだろう。物分かりの良すぎる素直な友人に、なぜだか俺が落ち込みそうになったりして。

 それよりさ、と高校時代の思い出を語る方へ話を向けた。




 結局その日は1時間ほどしか教室にいることができなかった。俺たちの話し声が廊下まで漏れていたらしく、見回りの先生に見つかってしまったためだ。

 不法侵入になるぞと怒られ、仕方なく帰路についた俺たちは、お互いの家が反対方向であるため駅で別れた。天然パーマは気を悪くした様子もなく、最後まで笑顔だった。

 何だかアイツに格好いいことばかり言ってしまった気がする。それもこれも、友人が俺の言葉を素直に受け止めてくれるからだ。一人になったとき、家に着いたとき、部屋に一人でいるとき、食事をしているとき、風呂に入っているとき、俺はその日の発言に後悔してしまうことの方が多いのに、正誤をとばして彼はいつも輝いた目で俺が正しいと言った。

 卒業して得られる新生活? そんなものより今は高校生活の延長をしたかった。4年でも5年でも、まだ高校生でいられたらよかったのにと思うのだ。

 いつかはそう思っていたことも懐かしく感じるようになるのかもしれない。でも、これが今の俺の正直な気持ちだった。今日彼に偉そうに言った言葉は全て俺の本心じゃない。俺の通したかった意見を、強大な力でねじ伏せた反対意見だった。俺は覆されて、そして俺もまた彼を覆してしまったのだ。



 食事も風呂も終え、自室にこもる。そういえば、今日は卒業式だった。卒業式、打ち上げ、そしてさっきの教室でのやりとり。色々あっただけに頭の中がごちゃごちゃしていて、それらすべてが今日あったことだということが今一実感できないのが不思議だった。

 部屋の中、机の上に無造作に置いてあるノートに自然と目がいった。

『学業一律化計画』

 ノートの表紙には、俺の筆記でそう書かれている。椅子に座り、中身をぱらぱらと流し見た。

 これは、俺が昨夜夢中になって書き連ねた妄想上の立法草案だ。下らないと頭の中では馬鹿にしつつ、それでも書く手は止まらなかった。次々思いつく自分に都合のいい制度を、忘れないうちに書き起こそうとするので精一杯だった。

 これに俺が書いたことと、今日あいつが語りだしたこと。それが本当にほぼ一緒の内容で、驚いたのだ。そして俺は驚いたと同時に、何を夢見てるんだ、と否定したくなってしまった。その結果が今日の俺だ。本当に、何をしているんだろう。

 ふと、『第8条 希望する人間に認められる大学進学』という項が目に入り、手を止める。そこには、要約すると、15年の義務教育を終えた未成年のうち、希望した者のみ大学への進学を同じようにエスカレータ式ですることができる、といった旨が書かれていた。

 そういえば、友人が提案した『15年制』との相違点はこれのみだ。



 ノートを放って、ベッドに寝転がった。今日のことを反省しよう。

 俺は、自分と同じように夢見た天然パーマの友人に勝手に自分を重ね合わせて、勝手に恥ずかしくなって、ただ否定したかっただけなのかもしれない。意見を素直に、大声で言える友人を、勝手に妬ましく思っていたのかもしれない。

 途端、彼に対して申し訳ない気持ちと後悔がどっと押し寄せてきた。否定する必要なんてなかったのに。反対意見を気にする必要なんてなかった。ただの高校生の妄想だ。二人で夢中になって、話し合うことの方が楽しかったに違いない。俺はなんて天邪鬼なんだろう。

「……明日、あいつ暇かな」

 理想を語るのは決して恥ずかしいことではないのだ。明日あいつが暇だったら、今日の俺の言葉は全部なかったことにして、二人で理想に盛り上がろう。このノートを見せて、8条を提案したらあいつはどんな顔をするだろうか。

 スマホを取り出して、アドレス帳の「か」の行を探した。




                             暗転


本編の翌日、マックにて。

「ところで、学校に『行く』と『通う』ってどう違うんだ?」

「……どっちも一緒じゃねえの? 使った動詞が違うだけで」

「一緒じゃないだろう、違う動詞なんだから」

「妙に説得力のあること言うなよな。……自発的なのと、受動的なの、とか?」

「お前、『自発』『受動』って言えばすべての言葉を分類できると思うなよ!」

「だからお前は何で妙に説得力のある言い方をするんだよ、なんか腹たつ」

「ううん……あっ、俺思いついちゃった!」

「何だよ?」

「『通う』は継続じゃない?」

「! なるほど。『行く』だと一回きりの可能性もあるけど、『通う』だと何回も行ってるイメージあるな」

「だろ? そういえば、『通院』とかいう言葉もそうだな。あー俺何でもっと早く気付かなかったんだろう!」

「たまにすごいアイデアが出るお前が面白いよ」

「常に出せたらいいんだけどなあ、こう、ポンポンと」

「たまにだからいいんだよ、ありがたみあるだろ」

「ありがたみか……やっぱ、お前の言うことに間違いはないな!」

「無難なだけだよ」


                            暗転

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