第2話 始まりの予感

「丁寧な返事には誠意をもって応えさせて貰おう。私の事がさぞ気になっている事だろうからここは素直にその正体とを語って上げようじゃないか!」


 そういうとそのお姉さんはマントをひるがえして、カッコつけてた。

 カッコイイ、かも。


「別に気になってないし興味も無いんだけど、私」


「私の名は――」


「え? 続けるの? これもう帰らない二人共。不審者よ、だって。関わって得無しじゃない」


「そ、それは分かるけどせめて名乗りぐらいはさせてあげようよ。その上で考えればいいと思うんだ」


「――だ! これを機に是非覚えておくときっとどこかで感謝する日もやってくる事も無きにあらずだ」


「おお……!」


「あ、結局聞き逃しちゃった」


 なんだなんだ二人共。

 どうやら真面目に聞いていたのは俺だけらしい。人情ってのは無いよな。

 だって名乗りだぜ? 黙って聞く。それが”人”もんじゃん。


「じゃあ俺が教えてやるからよく聞いておけよ。この変なお姉さんは”駄菓子屋食える人”だって」


「は? 駄菓子屋? 駄菓子売って食ってる人って事? ……子供の人気商売を不審者がやってるなんて世も末ね」


「いや、そんな訳ないと思うよ。どう考えても人の名前じゃないじゃないか」


「ふっふっふ。どうやらそこの男の子はちょっとお茶目でおっちょこちょいらしいな。私の名前を聞き間違えるとは。よろしい! ではそんなチャーミングさに敬意を表して、再度名乗ろう!」


「へっへ。俺褒められちゃったぜ」


「いや、だから別に知りたい訳じゃないんだけど。それにどこに敬うポイントがあったのよ」


 あっ何かにつけて文句言ってさ。いっけないんだそんな。

 その点俺っていい子だよな。


「よし、黙って不審者のお姉さんの名前をちゃんと聞けよ、二人共」


「私は不審者ではないが、その感想を抱くのは個人の自由だ。私をか細い自由を束縛する程、器がおちょこレベルの女ではない。感謝せよっ」


「そうね、色々言いたいけど……少なくとも小皿程度にはあるかもね」


「二人共、もう余計な事言うのは止めようよ」


 エミは何をそんなに心配してるんだろうか?

 きっと一人だけ輪に入れないのが寂しくて拗ねてるんだな。まったくいつまでたっても子供だぜ。


 そして不審者のお姉さんはもう一度、マントをひるがえしてみせた。

 やっぱカッコイイかも。俺もやってみたいかも。今度父ちゃんにねだろうかなぁ。


「この私の麗しき名は、ダカーシャ・クェルプト! これを機に是非覚えておくときっとどこかで感謝する日もやってくる事も無きにあらずだ」


「おお……!」


「あ、そこももう一回言うんですか……。カツくんも何でまた乗ってるの?」


 カッコイイものは何度見てもうなるのだ。ロマンが無いなエミは。


「それで駄菓子屋の姉ちゃん、こんなとこで何してたんだ?」


「え? 関わるのサダ? 名乗らせてあげたんだから、もう帰りましょうよ。こんな変な駄菓子屋の人なんて放っておいて別にいいでしょ」


「はっはっは。生憎と私は駄菓子を売って生計を立てているものではない。むしろ私は買い込む側の人間と言えるだろう」


「買い込むんですか? ……大人の人が?」


「それこそが大人の特権というものだよ。君達もこの境地を一つの目標として、日々を励むといい」


「おお……!」


 何かよくわかんないけど、カッコイイぞ。大人ってこういうことなんだな。


「今のでおおっておかしくない? どこに感心する要素があったわけ?」


「か、彼は出会った時からずっとこうだから」


 逆になんでお前らはそうなんだよ?

 まったく最近の子供は冷めてるぜ。感動ってもんを素直に味わえないんだな。

 その点俺っていい子だよな。


「さて、いい加減気になっているだろうから――私も身の上を語ろうじゃないか!」


「私は気になってないんだけど。帰りたいんだけど。……いっそ通報しようかしら」


「あっ。そういうのズルっこだぞ。なあ、お前もそう思うよなエミ?」


「別に思わないけど。でも、ここまできたら話ぐらいは聞いてあげてもいいんじゃかな?」


「そうね……無理矢理帰ろうとして逆上されても困るわね……。じゃあ話だけ聞きましょう」


「ふっ、どうやら話を聞く姿勢はバッチリらしいな。では、とりあえずこれでもつまみながら拝聴するといい」


 そう言うと、姉ちゃんはマントを捲って内ポケットから何かを取り出して俺達に配り始めた。

 あのマント、あんな風になってるんだ。やっぱ欲しいなぁ。

 ――あっ! これココア味のシガレット的やつじゃん!


「これ貰っていいの姉ちゃん?」


「ふっふ~ん。私のお気に入りベストテン的なお菓子だ。そこのコンビニで買い溜めしたそれを、遠慮なく食べるといい」


「学校の指導で知らない人から貰ったものは口にしない事にしてるんだけど。……一応未開封だし、貰ってはおいてあげるわ。帰って一本兄貴にあげて様子見してから、改めて考えればいいでしょ」


「……かわいそう、アヤミちゃんのお兄さん」


 やっぱ姉ちゃんは駄菓子の姉ちゃんじゃん。

 もう俺達知り合いだから食べるもんね。


 そう思っていたのに、アヤミが俺の耳にボソっとつぶやいてきたのだ。


「とりあえず、あんたもそれを食べるのは家に帰ってからにしなさい。何かあるかわかんないものは簡単に食べないの」


「え~? でも俺の口はココア味のシガレット的やつの口になっちゃったぜ?」


「大人しく人の言う事は聞きなさいな、エミだって食べてないんだから。そんなに食べたいなら後で買ってあげるから我慢しなさいってば」


「ふ~ん、しょうがねえなぁ」


「そそ、しょうがないのよ」


 ということで、俺は食べるのをやめて姉ちゃんの話を大人しく聞く事にした。

 こういう姿勢を持つ俺って出来た子供だよな。


「さて! ではいよいよ話そうか! このダカーシャの声に耳を傾ける為に集まってくれた事、改めて感謝する!」


「……これツッコんじゃダメなとこ?」


「が、ガマンしようよ。ね?」


 もう、話が始まったのに。二人とも聞く姿勢ってのが出来てないよな。


「この名前からして分かる通り、私はこの国の人間ではない! 君達もよくご存じの通り、私はダンジョンを通ってやって来た――異界の者である!」


「おお……! ドドン! だな」


「そう! ドドン! だッ!!」


「……どういうこと?」


「さあ?」

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