第33話
再び走り出した馬車では、黙り込んでしまった夫婦に、付き添う2人は困惑していた。
このどうしようもない雰囲気を和らげるには、何か楽しい話題をとは思うが、声を掛けられるまでは話すこともできない。
ルルーシアは口にハンカチを当てて、眠ったように目を閉じたままだった。
アマデウスは自分の不甲斐なさに泣きそうになりながらも、何とかしてルルーシアの誤解を解かねばと気持ちばかりが焦る。
ほぼ1日掛かる馬車移動の後は、一番近い領主邸に宿泊する予定だった。
まだ同室で眠ることはできないが、少しぐらいは話す時間もあるだろうと淡い期待をするアマデウス。
迎える準備をしているその領主は、ルルーシアの側近に採用されたマリオ・メントールの実家だ。
マリオはメントール伯爵家の次男で、兄と妹がいる。
特産品はハッカと呼ばれる薬草で、国内はもとより国外への輸出量も多く、メントール領はそこそこ潤っていると言えよう。
西が黄金色に輝き始めたころ、やっとメントール伯爵邸に到着した。
その屋敷は小高い丘の上に建てられており、王の谷は、もうひとつ丘を越えた向うにある。
出迎えたのは当主一家で、使用人たちもずらっと並んで頭を下げていた。
「ようこそおいで下さいました。ご成婚、誠におめでとう存じます」
馬車から降りたアマデウスが疲れた顔で頷いた。
「ありがとう。世話になるがよろしく頼む」
「すぐにお部屋に案内いたしますので、夕食までどうぞお寛ぎください」
マリオは自室を使うが、後の5人にもそれぞれ個室が用意されていた。
「どうぞこちらでございます」
2階の一番広い客間はルルーシア、その隣がアリアで、そのまた隣がサマンサだ。
3階で一番広い客間は当然アマデウスだったが、ここは階段から一番離れた東南の角部屋で、王都へ続く一本道が見渡せる。
隣の部屋をアランが使い、少し離れた階段前の部屋がマリオの自室という配置だった。
「お湯あみをなさいますか?」
ソファーに座って一息入れたルルーシアに、メントール家のメイドが声を掛けた。
「ええ、お願いしようかしら。私の専属侍女はどこへ?」
「はい、侍女様も侍従様も使用人棟でお休みいただいております。本日は私共でお世話させていただきます。ご用であればお呼びしましょうか?」
「いえ、大丈夫よ。彼女たちもきっと疲れているでしょうから、今夜はゆっくり休ませてやってちょうだい」
メイドがゆっくりと頭を下げた。
「ではお湯の準備をしてまいります」
婚儀の日の朝に実家を出てから、初めてひとりになれたとルルーシアは思った。
馬車の中での会話を思い出し、アマデウスは何も分かっていないのだと考えていると、ドアをノックする音が聞こえた。
「ルル? わたしよ、アリア」
「ああ、アリア。入ってちょうだい」
旅装のままのアリアが心配そうに駆け寄ってきた。
「大丈夫? あなたって王城と屋敷の往復以外、ほとんど外出しないから馬車の長旅は辛かったでしょう」
「ええ、そうね。王都を出たら途端に道が悪くなるんだもの。王家の馬車であれほど揺れるなら、民たちの移動はもっと大変でしょうね」
「そうね。でも彼らはそれに慣れているから、そんなものって思っているかもしれないわ。それよりルルよ。何かあったの?」
ルルーシアは馬車の中での会話をアリアに話した。
「ああ、なるほど。あのアホは側妃を娶ったから怒ってるって思ってるわけね? まあそれもあるけれど根幹は違うのにね」
「アリア? その口癖は直しておかないと拙いわ」
「ああ、あのアホをあのアホって呼ぶこと? まあ努力はするけれど、私にとっては馬を見て『あっ馬だ』っていうのと同じレベルなのよね」
ルルーシアは吹き出すのを我慢して、鼻から変な音が漏れた。
「私たちの馬車でも色々話したわ。まあ同級生だから顔見知りではあったけれど、アラン以外とじっくり話したのは初めてだったし」
「あら、同じ学園に通っていても話さないってことがあるの? クラスが同じでもそうなら、学年が違っていれば顔も知らないなんてこともありそうね」
「まあアマデウスとアランは有名人だから、全員が知っていただろうけれど、他はその他大勢扱いよ。高位貴族ならまだしも、子爵以下となると顔は知っていても名前は知らないっていう子がほとんどじゃないかしら。趣味が貴族年鑑を読むことですっていう人以外はね」
私は全部覚えさせられたのにとブツブツ文句を言っているルルーシアを見ながら、アリアはつい先ほどまでの馬車での話を思い出していた。
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