第17話 不穏な記憶
「うわぁああ!」
――死んだ。
空から真っ逆さまに落ちている紫苑が死を覚悟して目をつぶると、小さな衝撃ととも落下が止まった。
恐る恐る目を開けると、エクレール先生に抱き抱えられて地上へと戻ってきていた。
「い、生きてる……っ!」
思わず地面への愛しさが溢れて、地面に頬ずりしてしまいそうなのを堪えると、紫苑はエクレール先生にお礼を言った。
「エクレール先生、ありがとう! 本当に死ぬかと思った!」
「急に凄い飛んだから僕も驚いたよ」
「ね! これも私の魔法なのかな?」
「……どうやら、紫苑の魔法は
「それって、私が強くなって相手を弱らせるってこと?」
「簡単に言えば、そういうことだね」
「そういうことなら……っ」
暴走し続けているジンガも、最早、本人の意識があるかは微妙なラインまで来ているようで、散りばめられていた水球が一つに集まっていくと自身もその内側に取り込まれてしまった。
「あれじゃ、ジンガも溺れちゃう!」
地面に降ろされた紫苑が、杖に魔力を込める。
「強くなれ、強くなれ、強くなれ! よしっ、いける気がする!」
身体を包み込むように白い光の衣を纏うと、紫苑は思いきり強く大地を蹴った。
土埃が舞い、紫苑が宙を駆け抜けた。
その勢いのまま、弱体化魔法で水球の勢いを殺して水球の中を突き進み、中心のジンガの元へと辿り着いた紫苑が思いっきりジンガの頬をひっぱたいた。
弱体化魔法の効果で、水の抵抗も感じずに勢いよく紫苑の掌が振り下ろされる。
バチン、と音がして、水球がただの水へと戻っていく。
ばしゃばしゃと降り注ぐ水の中で、意識を失ったジンガを紫苑が肩で抱き止めた。
「おっと、」
ジンガの体重を支えきれずに、よろよろとしていると、いつの間にか隣に移動してきていたエクレール先生がジンガを支えてくれた。
「よかった、止まった……」
ほっと胸を撫で下ろす紫苑に、急いで駆け寄ってきたジェイドが言った。
「……ほんと、無茶しすぎだよ」
「でも、止められたでしょ?」
ニカッと歯を出して笑う紫苑に、ジェイドは呆れたように大きくため息をついた。
「……お疲れ様」
「うむ、良きにはからえ!」
普段の調子に戻り、他愛ないやり取りをしていると、紫苑の頭にズキリと痛みが走った。
「……っ!」
「紫苑!? 大丈夫か……っ?」
急な痛みに紫苑はへたりと地面にしゃがみ込んだ。
すると、次々に見たことのない映像が走馬灯のように紫苑の頭に流れ込んでいった。
「なに、これ……」
それは、ジンガの記憶だった。
火属性の魔法を重んじる名家の中で、水属性になってしまった絶望。エリートの兄達と比べられる日々。
せめて、試験で良い成績を残さなければ、と失敗を許されない状況に追い詰められていくジンガの様子が流れ込んできた。
断片的なジンガの記憶が紫苑の頭を駆け巡る。
映画の予告シーンのように次々と映し出される映像に紫苑は頭を抱えた。
夜明けまでこっそり魔法の練習をしている場面。
いくら食事をしても嘔吐してしまう場面。
ジンクスに縋って大量のポッピングキャンディを噛み砕く場面。
部屋の中を荒らしている場面。
エクレール先生から薬のようなものを受け取る場面。
ジンガの感情とともに流れ込んでくる映像に心が掻き乱されて、紫苑の頬に一筋の涙が溢れた。
「どうしたんだ、紫苑」
「なんか、ジンガの記憶と感情が流れ込んできて……私の感情じゃないのに、辛くて、苦しくて、勝手に涙が流れるの……っ!」
「まさか、精神干渉……?」
ジェイドが驚いた様子で紫苑の背中をさすった。
紫苑の瞳からは、ぼろぼろと大粒の涙が溢れ落ちた。
(……ジンガ、あんなジンクスにすら縋りつきたくなるほど、追い詰められてたんだ……。でも、ノレッジ先生とエクレール先生のあの映像は何? ジンガの暴走と何か関係があったの……?)
ぐるぐると纏まらない思考が紫苑を悩ませる。
「大丈夫? 怪我はしていない?」
エクレール先生が心配そうに泣いている紫苑を覗き込んだ。
変な記憶を覗き見てしまったからだろうか。
紫苑は何故だか、自分を見下ろすエクレール先生の眼差しが少しだけ怖くなった。
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