第13話 穏やかな時間

 



「少し口を出しただけだ。お礼はいらない」


 大したことはしていない、と無表情で断ろうとするノワールに、真面目だなーと紫苑が笑った。


「まぁまぁ。で、時間はあるの?」


「時間はあるが……」


「じゃあ、決まり! ほら、行こう!」


 紫苑が強引にノワールの手をとって、向かいのカフェへと足を運ぶ。

 突然の出来事に順応出来ないのか、おろおろしているノワールを見て、また紫苑が微笑んだ。


「ノワールって、意外と押しに弱いんだね」


「……お前が強引すぎるんだ」


「お前じゃなくて、紫苑。でしょ?」


「…………紫苑は、もう少し警戒心を持った方がいい」


「大丈夫だよ! こう見えて、人を見る目はあるつもりだもん。悪い人にはついて行かないよ。ノワールはいい人、でしょ!」


 何を言っても聞かなそうな紫苑に、ノワールはため息をつくと大人しく通されたカフェの席へと座った。


「俺はコーヒーだけで十分だ」


「そう? どのケーキも美味しそうだよ? こんなに沢山種類もあるのに」


 メニュー表を指差す紫苑に、不要だ、と短く伝えると、紫苑は手早く注文をした。

 これ以上しつこくしても意味が無いとわかったんだろう。


「わぁ、凄い! お砂糖が歩いてる!」


 注文して暫くすると、可愛らしい装飾のプレートに乗って、紅茶とコーヒーがふわふわと浮かんで運ばれてきた。

 テーブルにつくと、シュガーポットがテクテクと歩いてノワールの前で立ち止まる。


「……砂糖は使わないんだ」


 ノワールがそう言うと、シュガーポットは紫苑の元へと歩いてやってきた。


「ありがとう、頂くね!」


 紫苑の言葉に、角砂糖がふわふわと飛び出してポチャンと紅茶に飛び込んだ。同じ動きでミルクも入れて貰うと、勝手に動き出したティースプーンがくるくると混ぜてくれた。


「……魔法って凄いね」


「なんだ、当たり前のことを」


「ほら、あんまり見たことなかったから慣れなくって」


 子供のようにキラキラと瞳を輝かせて、楽しそうに店内に使われている魔法に一々驚いている紫苑に、思わずノワールはくすりと笑った。


「今、笑った!」


 ガタン、と身を乗り出すようにする紫苑から目を逸らすと、ノワールは気のせいだと言ってまた無表情に戻ってしまう。


「えー、絶対笑ってたと思うんだけどなぁ。……そうだ、ノワールって甘い物は苦手なの?」


「いや、苦手じゃないが……」


 そう言いかけたノワールの口に、甘いクリームの味が拡がった。

 紫苑が空のフォークを構えて、にこにこと微笑んでいた。


「……美味しいな」


 口元を抑えて、ぽそり、と呟いたノワールに紫苑は嬉しそうに言う。


「ね、美味しいよね!」


 その無邪気な表情に、ノワールは負けたというように口元に笑みを浮かべた。


「……お前は、本当に予測がつかないな」


「ふふっ、褒め言葉として受け取ってあげる!」


 それから二人は他愛のない話をして、初対面とは思えないほどの穏やかな時間がゆっくりと過ぎていった。


(……こんなにゆっくりと過ごすのはいつぶりだろう。……些細なことに心を動かすのが心地良いと思うなんて、随分と久しぶりな気がする)


 振り回されているのに、何故か嫌な感じがしない。ノワールはゆっくりとコーヒーを飲み干した。


「ごちそうさまでした!」


 カフェから出ると、そろそろフリージア達と合流する時間が迫ってきていた。


「ありがとう! お礼のつもりだったのに、普通に私が楽しんじゃった!」


 えへへ、と頬をかいてみせる紫苑に、ノワールが優しげな微笑みを向けた。


「……久しぶりに楽しい時間だった」


「えっ……」


 その表情に、何か声をかけようとしたその時、遠くから紫苑を呼ぶ声がした。


「紫苑、お待たせ! ごめんね、ちょっと時間かかっちゃった!」


「全然待ってないから大丈夫だよ! あっ、そうだ、この人は……」


 フリージアとジェイドと合流して、ノワールを紹介しようと振り返ると、もうそこにノワールの姿はなかった。


「……あれ?」


「どうしたの、紫苑。誰か一緒にいたの?」


「それが……うぅん、なんでもない。帰ろっか」


 突然姿を消したノワールに人見知りっぽいもんね、と首を傾げて、紫苑はフリージア達と一緒に帰路についた。


 その後ろ姿を、路地裏へと姿を隠したノワールが見つめていた。


「……紫苑、お前は見る目がないな。俺はいい人ではないよ」


 その呟きは誰にも聞こえることなく、街の喧騒にかき消されていった。


「ノワール様、参りましょう」


 幸せそうな笑顔を浮べる人々。明るく楽しげな街並みと比例するように、路地裏には暗く沈んだ目をした人達が座り込んでいる。

 座り込んでいる人々の濁った瞳を一瞥すると、ノワールは暗闇へと姿を消した。




「さっきのカフェのケーキ、凄く美味しかったよ! 今度は二人も一緒に行こうね!」


 そういえば、と紫苑はポケットに手を入れると、ごそごそと飴を取り出して口へと運んだ。

 パチパチと口の中で弾ける小さな刺激に、紫苑はにんまりと微笑んだ。

 


「ラッキー! なんか、いいことありそう! まずは能力適性テスト、頑張るぞー!」


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