第11話 妖精の杖

 



 妖精の姿が彫り込まれた木の看板に『妖精の杖』と細い文字で店の名前が書かれている。

 ツタに覆われているツリーハウスのような外観に、紫苑の心は奪われていた。


「可愛いお店……」


 扉を開けるとチリリンと扉につけられていた鐘が店内に鳴り響いた。

 天井からはドライフラワーが吊られていて、ステンドグラスの窓から差し込む太陽の光が、キラキラと店内を照らしていた。


 店内には花の形をしたライトがあちらこちらに咲き誇っていて、薄暗い店内の内装を引き立てて彩っていた。妖精の森があったとしたらこんな感じだろう。


「いらっしゃい。妖精の杖へようこそ」


 店内を見回していると、奥の方から工房風のエプロンに片眼鏡の初老の女性が紫苑達へ話しかけてきた。他に従業員らしき人物も見当たらず、貫禄のある風貌からもこの人が店主なのだろう。


「お客さんはどんな杖をお求めなんだい?」


「どんなって、私専用の杖が欲しくて……」


 紫苑の返答に考える素振りを見せると、店主は奥からガラスの箱を三つ持って戻ってきた。

 杖の入った箱が沢山積まれる古めかしい店で、杖に選ばれるなんて想像をしていた紫苑が、意外そうに手渡されたガラスの箱を受け取った。


「わぁぁ、綺麗……」


 ガラスの箱の中には、真っ白てつやつやとした木の杖にダイヤモンドが埋め込まれたものや、ダイヤモンドのついた指輪がツタのようなデザインのブレスレットに繋がっているもの、高級そうな真っ黒な羽根ペンにダイヤモンドがついたものと、デザインは杖だけではないようだった。


「今や杖の形状は色々あるんだ。普段使いはコントロールのしやすい杖型を持つ者がほとんどだが、騎士団みたいな戦闘を前提とした人なんかは剣を媒体に魔法を使ったりもする」


「そっか、紫苑は杖って杖型しか知らなかったんだ!」


 店主の言葉に、そういえば、とフリージアが手を叩いた。


「フリージアはどんな形の杖を持ってるの?」


「私もジェイドも、今は杖型しか持ってないよ。学校に通ううちは杖型だけでもいいんじゃないかな?」


 フリージアに補足するようにジェイドが言った。


「個人の魔法がどんなものになるかもまだわからないしね。それがはっきりしてから、魔法に合わせた形状の杖を特注すればいいと思うよ」


「なるほど……。確かに、操作型なら杖のままでも使いやすそうだけど、フリージアみたいな回復魔法だったら、ブレスレット型で手が空いていた方が良さそうだもんね」


 紫苑達の会話を聞いていた店主が、杖型の中でもカスタマイズは出来るから好きなものを選ぶといい、と言って店の奥へと案内してくれようとした。


「二人とも、私こーゆーの選ぶの凄く時間かかっちゃうから、その間他のお店見てきていいよ!」


「えっ、付き合うよ!」


「大丈夫、大丈夫! せっかく遊びに来れたんだから、遊んできなって! ……フリージア、ジェイドと二人の時間邪魔しちゃってごめんね?」


「……紫苑ってば! もう……」


「じゃあ、二時間後くらいにこのお店の前で合流ね!」


 紫苑がひそひそとフリージアへ耳打ちすると、フリージアは顔を真っ赤に染めて抗議した。

 また後で、と手を振る二人を見送って、紫苑は小さな声で呟いた。


「ほんと焦れったいなー、あの二人。両片想いってやつなんじゃないのかな」


 紫苑が店内へと戻っていくと、すぐにチリリンと鐘が鳴り、お店の扉が開いて一人の男性が店の中へと入ってきた。


「……店主。注文の品を取りに来たのだが……」


 入ってきた男性は二十代だろうか。

 この世のものとは思えない美貌を隠すように、垂らされた長い前髪が片目を隠している。切れ長な紫の瞳に捉えられて、紫苑は呼吸をするのも忘れてぴたりと動きをとめた。


 柔らかそうなサラサラとした黒髪も陽の光に当たると紫がかって見えた。

 気品を感じさせる佇まいに、男性の持つ雰囲気に圧倒されて紫苑はごくりと息を飲んだ。


 ……ようは、物凄くイケメンだったのだ。


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