第4話 閃光のエクレール
「それでは改めて簡単な自己紹介からしようか。本年度よりこのクラスの担任兼、魔法実技を受け持つこととなったエクレール・ノクターンだ。教師として授業をするのは初めてなので頼りない部分もあるかもしれないけど……有意義な時間になるように頑張るので、これからよろしくね」
(そんなふうに見えなかったけど、エクレール先生って新任の先生だったんだ……)
堂々とした自己紹介に、ぱちぱちと大きな拍手がわいた。
頼りにならないかもしれないと本人は謙遜をしていたが、どうにもその立ち振る舞いから、新任の先生には見えない頼もしさを紫苑は感じていた。
その疑問が表情に出ていたのか、隣の席に座っていたフリージアが自分の事を自慢するように満面の笑みで言った。
「エクレール先生は、もともと凄く有名人だからね! 皆、本物が見れて嬉しいんだよ!」
「有名人って?」
「やっぱり紫苑は知らなかったんだ! ふっふっふ、私が教えてあげよう! エクレール・ノクターンといえば、水中都市エストラルの王国騎士団の団長なの! 光の速さで相手に詰め寄って、繰り出される剣技からは誰も逃れられない。魔法を使った戦闘では、光の矢を振らせて雷をも落とす。ついた二つ名が……」
「閃光のエクレール」
「ジェイド……! そこが一番言いたかったところなのに!」
決め台詞を取られてしまったフリージアが、ぷんっと、リスのように頬を膨らませ、拗ねているのだとアピールする。
「悪かったって……。俺も本物のエクレール騎士団長を見るのは初めてだからさ、ちょっと舞い上がってる」
「まぁ、ジェイドの憧れの人だもんね」
ジェイドの憧れは、私みたいなミーハーな憧れとは違うのだと、フリージアは言った。
「閃光のエクレールといえば、騎士としての実力だけじゃなくって、その高い能力から数々の功績をあげて、二十二歳という若さで団長になってるんだ。俺も、将来は剣と魔法も使える騎士になりたい……と思ってるんだ」
「騎士になるの、小さな頃からの夢だもんね」
「まぁな。そういう意味で、あの人は憧れで目標なんだ」
「……大切な人を守る為、だっけ?」
一瞬だけ、フリージアの表情が曇ったように見えたのは気のせいだろうか。そう言うと、わざと茶化すように大袈裟な動作でジェイドを指でつつくと、にやにやと笑った。
「……そうだよ。俺が守れるように、強くなるって決めたからな」
強い意志を感じさせる眼差しで、ジェイドは強く拳を握りしめた。
「……ジェイドってば本当に凄いよね! 勉強も出来るし、身体能力も昔っから高くて、私なんて勉強もスポーツも全然追いつけないし。それに……もう将来の事までしっかり考えてて、私なんかとは大違い!」
そう言って、あっけらかんとしているフリージアを、ジェイドが拳でちょんと小突いた。
「私なんか、って言うのは禁止だって言っただろ? お前の凄いところは努力し続けられるとこなんだから。体操だけは誰にも負けたくないって、毎日の練習をずっと続けてるんだろ」
「うん。ごめんごめん! ジェイドが凄すぎて、つい。自分のこと下げる必要はなかったよね。ごめん、気をつける!」
二人の仲が良いやり取りに、自然と頬がほころぶ。
「フリージアとジェイドは幼馴染なんだよね。そんなふうに仲良いの、なんか凄くいいなぁ……」
ついこの前までは、自分も友達とこんなやり取りをしていたのだと思い出してしまい、紫苑は少し寂しげな表情になる。それが転入生としての不安だと思ったのか、羨んでいるように見えたのか、フリージアがぎゅっと紫音を抱きしめた。
「紫苑も! たっくさん遊んで、これからもーっと私と仲良くなろうね!」
打算も何も無い、純粋なフリージアの笑顔は、そばに居るだけで見る人を元気にさせる。
(ホームシックになってたって意味ないもんね。すぐに帰れる訳じゃないし、それに……帰れるかもわからないんだもん。今はこの世界で生きていく覚悟で、出来ることからやっていかないと!)
紫苑は心の中で自身を鼓舞すると、目の前にいるフリージアを大切にしようと、強く抱きしめた。
――ポコン、ポコン、ポコン。
頭に軽い衝撃を感じて、ジェイドとフリージアを見ると、二人も丸めた教科書でエクレール先生に頭を叩かれていた。
「君達ね……まだ自己紹介とプリントを配っているだけとは言っても、授業中だからね。私語は慎むように」
「すみませんでした!」
慌てて立ち上がって謝罪をするジェイドに驚きながら、紫苑とフリージアも急いで立ち上がって頭を下げた。
くくっ、とエクレール先生の笑いを堪える声が聞こえ、恐る恐る顔を上げると、そんなに怒ってないよと、三人に聞こえるくらいの小さな声でエクレール先生は囁いた。
「授業が始まったら、しっかり話は聞いていてね。……あと、閃光のエクレールっていうの、少し恥ずかしいから呼ばないでくれると嬉しいな」
そう言って、さりげなくウインクをすると、エクレール先生は教壇へと戻って行った。
「なにあれ、かっこよすぎじゃない?」
「わかる……」
思わず漏れた本音に、フリージアとジェイドまで、うんうんと頷いでいる。
「それにしても、その凄い騎士団長がなんで学校の先生をやってるの?」
ふとした紫苑の疑問に、二人は首を振りながら答えた。
「それが急に今年の担任と魔法実技の先生に決まったらしくて、いろんな噂があるんだよね……」
「偉い人から密命を受けてるんじゃないかーとか、騎士団を副団長に乗っ取られてクビになったとか、恋人の影響で先生になりたくなって辞表を出したとか!」
「……あんまり噂に踊らされるなよ」
「わかってるってば! 先生と話すタイミングがあったら、ちゃんと自分で聞くつもり!」
フリージアらしい真っ直ぐな宣言を聞きながら、紫苑はエクレール先生へと視線を向ける。
(まさか、このタイミング……私が、予言の子が現れたから、とかじゃないよね?)
その問いに答えるものはなく、紫苑は配られたプリントに目を向ける。
(それより今は初めての魔法実技に集中しなくちゃ! 私は魔法の使い方なんてなんにも知らないんだから!)
「よし、プリントは配られたね。それじゃあ、楽しい魔法実技の時間を始めようか」
スノードームのようなものを取り出して教壇へと置くと、不敵に笑った。
「まずは、君達がどんな魔法が得意なのか調べようか」
そう言うと、エクレール先生の持っているスノードームのようなものが、眩いくらいの黄色い光を空中へと放ち、弾けてキラキラと輝いた。
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