第1章 学園都市ぺスカアプランドル編

第1話 初めての魔法学校

 



 《学園都市 ぺスカアプランドル》




「ここが学園都市……本当に国がまるごと学校なんだ」


 ゲートを抜けると、そこは満開の桜が舞い散る桜並木だった。

 建てられた看板には、ショップやカフェ、学園に寮など、学生が生活する為に必要な施設が書かれている。


 娯楽施設も一通り揃っているようで、これなら休日も普通の街のように快適に過ごせるだろう。


「とりあえず学園に入っちゃっていいんだよね? まずは、担任の先生に挨拶しないと」


 学園長と担任には事情を説明してあるとのことで、学園生活については担任の先生から聞いて下さい、とセバスチャンが言っていた。


 そういえば、と紫苑はごそごそとポケットの中をまさぐると、セバスチャンから貰ったピアスを耳につけた。

 この世界でいう翻訳機のような物らしい。


「さっすが魔法の国!」


 ざわざわと聞こえていた生徒の声が日本語になって再生される。どうして翻訳機をつける前にセバスチャンやお屋敷の人達と会話が出来たのか、とセバスチャンに尋ねると、紫苑様が話す言葉がオルテンシア語なのは分かっていましたから、と事も無げに言われたのを思い出した。


「それにしても、魔法樹? とかいうやつなのかな。この門もそうだけどさ、木までスケールが大きすぎない?」


 端が見えないのではないかと思うほど大きな正門を目指して、学園へと続く桜並木を歩いていく。桜並木を抜けたところに拡がる花壇には多彩な種類の花が咲き乱れており、見た事もない水色の蝶がひらひらと舞っていた。


「チューリップに、コスモス、薔薇……こっちに咲いてるのは、向日葵? 季節感がめちゃくちゃなのも、魔法で何かしてるのかな」


 まるで春を詰め込んだような美しい景観は、魔法によるものなのだろう。学園の敷地に入ってからも、電気や水道のように至る所に魔法の力が使われているのを見ると、これから魔法を学ぶ事になるのだと実感する。




 ◇ ◇ ◇




「失礼します……転入生の星守ですけど、エクレール先生はいますか?」


 迷子になりそうになりながらも辿り着いた職員室で、担任だというエクレール先生を探す。


「あぁ、君が星守さんだね。僕が担任のエクレール・ノクターンだ、宜しくね」


 そう言って、入口近くの席に座っていた茶髪の男は急いで駆け寄ってくると、人懐っこそうに微笑んで紫苑へ右手を差し出した。


(――綺麗な金色の瞳……この世界の人って皆イケメンなのかな)


 握手をしながら呑気にそんな事を考えていると、こんな時期の転入生だからクラスへ行く前に少し話しておこうか、とエクレール先生に別室へと促された。


「転入生だから、というのは実は建前でね。君の事情を知っているのは、担任の僕と学園長だけだから」


「他の先生も知らないんですか?」


「……君、予言の子なんだろう? あの御屋敷は、水中都市エストラルの創設から関わっているからね。君が何者なのか、何から世界を救うのか、分かっていることが少ないからこそ……重要な立場になるんだ」


「……それって、敵がどこにいるかわからないからって事ですか?」


 そう言うと、エクレール先生は困ったように微笑むと、そうだね、と呟いた。


「まだ、何があると決まった訳じゃないんだ。肩の力を抜いて、魔法に触れてみて。初めて見るんだろう?」


「はい! 水の中で暮らせるなんて思ってなかったし、一瞬で別の国に行けちゃうのもびっくりしました! この学園の中も季節が違う花がいっぱい咲いてるし……凄く、わくわくしています!」 


「そうだろう! この学園都市は、魔法で常にこの気候を維持しているんだ。だから、季節が違う花も咲いていられるし、この国の花は枯れることがないんだ」


 よっぽど魔法が大好きなのか、エクレール先生の瞳が子供のようにキラキラと輝く。


「それに、君も通ってきたあのゲート。実は僕も開発に関わっていたんだ」


「先生が作ったってことですか!?」


「ふふっ、作ったのは僕じゃなくて……僕の大切な人なんだけどね。ゲートに感動してくれている人の言葉を聞くと、僕も嬉しくなるよ」


(大切な人って、恋人か奥さんかな)


 少し照れくさそうにしながらも、ゲート開発について熱く語り出すエクレール先生はとても楽しそうだ。

 魔法というおとぎ話のような存在だからだろうか、紫苑は初めて勉強するのが楽しみで仕方がなかった。


「おっと、ごめんね。君が熱心に聞いてくれるから、夢中になってしまったよ」


「いえ、私にも魔法が使えるのかもって思うと、凄く楽しみです!」


「それなら良かった。……と、そうだ。言い忘れるところだった。最初に話した通り、君は重要な存在だ。そして、君の状態は周りから怪しく思われることもあるだろう。この世界で魔法を知らない、なんて人は殆どいないんだ。身近にあるものだからね」


「つまり、記憶喪失ってことにしておいた方がいいって事ですか?」


「……察しが良くて助かるよ。ただ、記憶喪失だと大袈裟というか、目立ちすぎてしまうから、魔法を最低限しか使わないような辺境の地で育ったと言う方がいいんじゃないかな」


「わかりました」


「君はこの世界についても、魔法についても知らない上に、二年生からの転入生だ。周りは一年この学園で魔法について学んでいるから、大変だとは思うけど、いつでも頼って欲しい」


「ありがとうございます。エクレール先生」


「あ、予言の子。という意味では特別扱いするつもりはないからね。僕は君にも普通の子として、生活して欲しいと思っているから」


 特別扱いしないというのが、エクレール先生の気遣いだということはわかる。

 それでも、この魔法の世界でも有り得ない、異世界への転移をしているのだ。普通に暮らすなんて、きっと出来ないだろう。


(――それでも、少しくらい楽しんだっていいよね?)


 いつかの映画で見た、魔法学校に通っていたハーポリーもこんな気持ちだったのだろうか。


 これから始まる魔法学校での生活に、紫苑は胸を高鳴らせた。




「それじゃあ、君をクラスメイトへお披露目といこうか」



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