ゆるいAの話

【ビンタン島】

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【ワッフル】

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 その日多くの軍人や研究者、報道陣が見守る中、銀色の箱が開こうとしていた。この銀色の箱は一週間前に宇宙から飛来してきて、アメリカはシャベス郡のロズウェルに落下した物体である。


 落下地点の運命的な一致もあって、誰もがその物体を宇宙人からのメッセージだと思っていたし、実際その箱は金属光沢以外にも時たま奇妙な電波を発信しているようだった。しかもその電波は日に日に発信間隔が短くなり、昨日の未明にはついに連続的に発信される用になっていた。


 表面の金属に阻まれて中の様子を透視することはできなかったが、もはやその金属が自然の産物だと考えるものは誰もいなくなっていたのである。


 そして今朝方には表面に切れ込みが入り、今にも何かが生まれてきそうな様子と見え、慌てて国連軍が包囲を敷いたのだった。一部の楽観的な人間や異星人信奉者は、異星人が侵略に来るはずがないと包囲網の外側でデモ行進をやっていたが、それ以外の人間は固唾をのんで銀の箱が徐々に変形していく様子を見守っていた。


 好奇と警戒の視線が集まる中、ついに卵の中から現れたのは私達と同じ姿をした、もっと言えば今年の映画賞で主演男優賞を受賞した男優と同じ姿で髪だけが真っ青な男である。


 これには見守っていた人々も銃を向けた軍人たちも戸惑い、互いに顔を見合わせていたが、部隊長が意を決して訪ねた。


「お前は誰だ」


 青い男は両手を上げて言った。


「まず初めに言っておきますが、私はあなた達と争うつもりはありません。この姿や言語はそのために貴方がたの通信から学んだものです」


 その言葉に学者たちの間でどよめきが走るが、部隊長は男を照準に捉えたまま重ねて尋ねる。


「お前は誰だと言っているんだ」


 男はそれに当然といった顔で答えた。


「私は異星人だ」


 その言葉に学者と報道陣、そして外のデモ隊から歓声が挙がる。男は上げていたそれを聞いて片手を下ろすと、部隊長に向けて差し出す。部隊長は戸惑っていたが、意を決して彼の手を握り返した。そして銀の箱だったものの周囲は大歓声に包まれたのである。


 さて、そんな有効的なファーストコンタクトから数年。異星人の男は地球人に様々な恩恵をもたらした。


 例えば、砂漠の中心であっても芽吹き水を大地に蓄える植物の種は、地球上から砂漠のほとんどを消し去り、ゴビ砂漠だけが観光名所として残るだけになった。


 また、どんな死体も生き返らせる奇跡の医術は、戦争を無駄に資源を消費する娯楽へと貶め、今では誰もが戦争への関心を失っている。


 他にもどんなものよりも幸福をもたらす調味料や全ての飢えを駆逐する食料、完全な避妊技術や大気の浄化装置など、あらゆる望まれるものを男は大した対価もなく人類に与えたのである。


 そのようなことが続き、与えられるばかりの状況に不信感を持ったある国の首相が男に尋ねた。


「どうしてあなたは人類にこれほど多くを与えてくださるのですか。理由なく与えられるばかりでは人間は腐ってしまいます」


 すると男はこう答えたのである。


「私達の社会はあなたがたよりも遥かに高度に発達し、ここで問題になっているような事柄はすでに解決しています。しかし、それでも解決できなかった問題が一つ。それは私達の名誉欲だけは抑えることができなかったのです」


 それを聞いた首相は手を打った。


「なるほど。それで私達を家畜のように育てて、品表会にでも並べるわけですな。バカにしているのか」


 この首相は喧嘩っ早いことで有名で、周囲で聞いていた人々は慌てて彼を諌めたが、男はそれを笑って否定する。


「まさか、そんなつまらないことはしません。しかし、私達の素晴らしさを理解するにはあなたがたは原始的すぎる。あなたがたの言葉で言えば、赤ん坊にモネやゴギャンの良さが解らないように、あなたがたを育てるところから始めているだけなのです」


 この言葉は瞬く間に世界中に広がり、中には人類を見下していると怒りだす者もいたが、多くの人々はしたたかに知識を吸収することだけに専念するようになったのである。


 そんなある日、一人の数学者が彼の下を訪れた。


 数学者は男にこんな質問を投げかけた。


「平面地図を隣り合う色が被らないように塗り分けるには、何色が必要ですか」


 これは四色問題と言われる問題で、人類にはコンピュータを使った「エレファントな証明」と呼ばれる力技の証明しか知られていなかった。しかし、数学者はこの問題の簡潔な「エレガントな証明」を知りたかったのである。


「それは四色あれば十分です」


 それを聞いた男はなんでもない顔で答えた。


 数学者は少なくとも問題を知っていることを確認したうえで、次の質問をする。


「では、それはどのように証明すればよろしいでしょうか」


「それにはまずすべての可能な部分グラフのパターンを考えて …… 」


「ま、待ってください」


 男はすらすらと答え始めたが、数学者は慌ててそれを止めた。男が話す証明の内容に聞き覚えがあったからである。


「私たちもその力技で解く証明の存在は知っています。しかし、もっと別のやりかたで証明する方法はないのですか」


 それに男は笑って答えた。


「あなた方にとっては、どんなやり方でも答えにたどり着くのが大切なのでしょう」


 数学者は言い返そうとしたが、今朝食べてきた食事が誰に与えられたものかを思い出し、逃げ出すように彼の下から去った。


 その姿を男は変わらぬ笑い顔で見送っていたのであった。


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 一言:幼年期の終わりは遠い……。

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