ノアエイン伝説

 数年前。一人の少年がやって来たことから全てが始まった。


 『おいガキ⋯⋯こんな所でママもパパもいねぇのに一人で何かできるとでも思ってるのかぁ〜?』


 当時10歳未満だった少年は、当たり前だがギルドに入った途端そんな声をあちこちから滝のように浴びる。


 常人ならばそこで参る。

 だが、少年はすでに音もなく、そんな男の背後にいる受付嬢の前に移動していた。

 その場にいた全員、あまりの速さに驚愕した。

 いや、むしろ気味が悪かった──。


 『冒険者の手続きをお願いできますか?』


 成人になってすらいない少年。 

 受付嬢の瞳は、この場の空気とかけ離れた美しい笑みに歳不相応な端正な顔、そして落ち着いた声のトーンに圧倒されていた。


 『は、はいっ!!』


 その異様な空気感はまるで貴族さながらのようで。

 

 『おいガキ⋯⋯!』


 冒険者というのは、舐められたら終わりだ。

 地球の価値観で言うなら、それは子供じみていると思うだろう。しかしこの冒険者において、舐められるということは⋯⋯周囲の評価が下がると同時に、価値を失うに等しいものだった。


 当然、普通の人間はそれを許容する事は出来ない。

 たとえそれが、自分から仕掛けたものだったとしても。


 キリキリと歯軋りをする冒険者の一人に罵声少年は、背を向けることなく笑って⋯⋯こう言い返した。


 『そのガキに気を遣われてるって気付かない辺り⋯⋯相当頭が弱いな。こどおじ』


 ブチッ。  

 次の瞬間、数人の大人が一人しかいない少年の首を獲ろうと剣を抜いた。

 だがその時だった。


 「⋯⋯なんだ?」


 突然身体機能が下がる。


 体から活力が湧かない。

 精力が湧かない。

 筋力が働かない。

 視線が下がる。

 視力が下がったような気がする。


 最期に見たのは、少年の背中だった。


 『おい!!』


 バタン、と。襲い掛かろうとした数人は老人のように姿を変え、地面に伏した。


 その時、僅かに首を回して見ていた少年の眼光を、同じく観客の一人として見ていたオンド達は忘れられなかったのだ。


 「なんすかそれ⋯⋯」

 「見ろ。アイツに絡んでいる奴はみんなこの街の人間じゃねぇ。だから知らねぇんだよ──。ノアエイン伝説を知っているやつは、あんな真似しない。接触不可の呪いとまで言われたヤツのアレは、常軌を逸している。 

 戦争でピリついてることくれぇ皆理解してるに決まってるだろ? 気持ちは分かるが、相手が悪かったな」


 オンドは立ち上がると、他のメンバーも続いた。


 「賭けてるやつも、街の人間のほとんどの人間がノアに賭けてる。違う方に賭けているのは、新人と違う街の人間だけだ。昔のアイツを知ってるやつなら、誰もいびろうなんざしようとしねぇだろうな」


 


**



 「うぅ⋯⋯っ」

 「悪い、ツレが先に行っちゃったから、これで」


 にしても久しぶりだなぁ⋯⋯こうやって絡まれたの。

 随分昔に何回かこういったことはあったけど、目立ちなくないから早く退散退散。



 

 「目立ちなくないならさっさと逃げりゃ良かったのに」

 「そりゃ無理だろ。あいつら逃してくれなさそうだったんだもん」


 コイツ、俺にまた茶碗蒸しを作らせてきやがる。

 こっちが腕筋肉痛になるまでかき混ぜている間にも、コイツは喉越し生しやがって。

 ⋯⋯いつかぶっ殺す。


 「もっとやり方あっただろー? 話し合いとか」

 「なぁアリィ、お前は読解力というのは分かるよな?」

 「⋯⋯馬鹿にしてんのか?」

 「そうだよな? つまり、そもそも正常な人間はあんな行動に出ないし、損をする可能性が高い。にもかかわらずあんな事をやってくる人間に、まともに話し合いが成立なんてしない」


 一瞬キツく尖らせながら結んだアリィは、俺が用意していた味噌汁を飲んでは「あぁ〜」とリラックスしている。

 あっ、これは無視だな。


 「んで?お前は」

 「何がだ?」

 「さっきの話だよ。補給部隊に入るって⋯⋯」

 「話のまんまだよ」

 「正気か?お前が?」


 初めてゴブリンを見た時のような苦々しい顔。

 人をなんだと思ってるんだ。


 「どんな顔してんだよ」

 「お前は俺と一緒だよ」

 「ん?補給部隊にしたのか?」

 

 確かに、アリィは魔術師だ。

 魔術師は大きく二種類に別れている。


 ――攻撃特化の戦闘魔術師ヴォリアーメイジ

 ――その他のどれにでも属する一般的な魔術師。


 攻撃魔術だけは、かなり厳格なルールが敷かれており、俺も一度だけ見たことがあるが、あれは凄まじかった。


 ──「戦場で一度発動してしまえば、神の怒りが降り注ぐ」。


 そんな言葉が相応しい雷が飛び交い、剣が文字通りチャンバラに成り下がるようなレベルになっていたからだ。


 「馬鹿なこと言うな。お前は俺と同じ前線だろ」

 「⋯⋯は?」

 「は?じゃねぇよ。俺が行くんだからお前も来るんだよ」

 「人に茶碗蒸しを作らせておいて、お前と同じ所なんて嫌だね!」

 「はぁ!? どうせお前、自分だけ楽な所で時間潰しするつもりだろ!」


 ⋯⋯やっべ。バレてる。


 「うるせぇよ! 銅ランクの俺にできる事なんて何もないだろ!」

 「それはお前だけだ! 俺は知ってるぞ!お前は強いぞ」

 「そんな話はどうでもいい!」

 「関係ねぇぞ。お前は俺と一緒に前線へ行く!」


 こんのクソワガママ野郎⋯⋯!!

 

 「もうお前の書類も提出しておいたからな」

 「──はい?」

 「もう、提出⋯⋯したからなぁァァァ」

 「て、てめぇ⋯⋯⋯⋯っ⋯⋯!!」


 わざわざこっちに来て下から見上げて馬鹿にしてきやがる。

 ⋯⋯⋯⋯ぶっ、ぶっ飛ばす!!


 「よくもやってくれたなぁぁ!!」

 「お前も俺と同じ思いを経験すればいいんだ! ハッ!」


 その後、二人とも仲良く茶碗蒸しを食べて同じ部屋で仲良く寝てたのは誰も知らないお話。

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