嵐の前の宴
「お、こっちだぞー!」
入るとすぐに木の手すりと小さいL字階段。景色としては広いギルドっていう感じかな。
酒場と事務室が隣接している感じの雰囲気というか。
階段を下りると受付らしき女性が立っている。
「どうも」
「はい。お名前を伺ってもよろしいでしょうか」
「ノアエインです」
「はい。確かに」
「おいドルカ〜。ノアなら見たらわかるだろう〜?別に顔パスでいいって〜」
「そんな訳にはいきません」
一生懸命目をぱちくりさせて書類に記入するお姉さんだ。
今日から俺の中でクールビューティー仕事人という名前にしよう。
「オンド、彼女も仕事なんだから許してやれよ」
「そう仰って頂けると助かります」
「まぁノアが良いならいいけどよ。そんじゃ、早く来いよ!もう色々始まってるから」
やはりこのレベルのパーティーハウスとなれば、設備のレベルが色々違う。
事情は知らんが、大木の周りに円型の机が配置されていて祭りをやっている気分になる。
「おっ、ノアー! 久しぶり!」
「カイラ。くっそ久しぶりじゃねぇの」
「んおっ、ノア⋯⋯お前相変わらず呑んだくれてるらしいじゃねぇかよ」
「モイス、別に今に始まったことじゃねぇだろ?」
カイラ。
ギフトは本人によると身体系の物らしい。
赤髪短髪の後輩にしたら可愛げのある感じだが、こう見えて俺と似たタイプで飲んだくれる為に金を稼いでいる。
このパーティー屈指の先輩キャラであるモイス。
スキンヘッドの強面で、実際キャリアは俺より数ヶ月先輩だ。
たかがそれくらいで厳しくならなくていいのが冒険者の良いところだって感じだが。
「ノア、お前早すぎ」
「オンド、どこ行ってたんだよ」
「酒の用意だよ。ほら、飲むだろ?」
一升瓶を2つ持ったオンドが一つ胸に突きつけてくる。
まぁ頂きますけれども。
「そんで?お前らは最前線に出るのか?」
「あぁ。俺達もそのために帰ってきたんだよ」
やっぱりそうか。
コイツらの依頼的には結構長期間の王都貴族の警備⋯⋯だったはずだからな。
「それで?やっぱり前回と同じく前線に駆り出されるのか?」
「⋯⋯勘弁してくれって感じだよな」
間をおいてオンドが懐から封筒を指で挟んで俺に手渡してくる。
チラッと見た感じ、封の印章的に貴族だろう。
中身は定型文にこの街の為に戦って欲しいという事、そして高待遇で迎え入れるから前線配置よろしくという物だった。
「文面から察するに、断れねぇな」
「あぁ。ここまで下からお願いされちまったら、な?」
かなり低姿勢なだけに、断ったら後が怖いという平民ならではの現象が起きる。
まぁ普通だったらそうは思わんかもしれないが、この世界の貴族はマジで恐ろしいのだ。
ギフト持ちは即貴族たちが全員囲いにいくし、金に物言わせて結構グレーゾーンな事もやる奴だってかなり多くいる。
男なら既に話を通っている女たちを与えたりとかいう地球でやったらまずそうな事もやるし、女であればそれなりの報酬やイケメンを与えたりもある。
おそらくシャルの領主はそんな事をやる可能性が無くはないが、限りなく低いと見ている。
⋯⋯だが、だ。
「シャルの領主様⋯⋯っつってもよ、感覚が平民と一緒なのかも怪しいしよ、困ったもんだぜ⋯⋯ったくよ」
今の発言でこの世界の貴族のダルさをご理解いただけると助かる。
「ま、何かあったら俺に言えよ。助けに行くさ」
「呑んだくれが何一丁前な事言ってやがるんだよ。ま、つっても頼るだろうけどな。それがマジなら」
「あぁ、是非頼ってくれ。逃走中でもしようぜ」
「おうよ。罪人共々森の中で生涯を終えようぜ?そしたらよ」
⋯⋯本当、洒落にならん。
俺が貴族に会いたくないのも理解してくれるだろ?
「の、ノア先輩!」
「お? ダテか」
「お、お疲れ様っす!!お酌させていただくッス!」
この辺では珍しい黒髪ショートカットの少女。
両耳ピアスに、腹出しの身軽装備。
彼女もギフト持ちで、おそらく風系統の物を持ってると予想している。
「あっははは! ノア、お前の後輩は酌すらまともにできんような奴らばかりだぞ〜?」
「男に媚びねぇように育ってんだからいいだろ。女は女の人生を歩めばいいさ。男の目利きが出来てんだから」
「おーおー。随分良いこと言ってくれるな?ノア」
「オンドの女癖の悪さなんてこの街で知らないやついんのか? やっぱり下半身は別人格ってか?」
コイツマジで地球に存在していたら刺されてるくらいにはクラッシャーだ。
全員に口説いてるんじゃないか?と言うくらい女好きで、「さきっちょ」がみたいな事を発してそうな奴だ。
「男なんだから当たり前だろ。女はなんであんな良いんだろうなぁ〜⋯⋯最高だよな?」
「ここで同意したら、俺もお前と同類と思われるのが嫌すぎる」
「なっ!? 逃げんなよノア〜!そんなお前だって女好きなんだろ? 噂を消しちまう程にはよ?」
「事実無根だ」
グイッと酒を飲むと、もう空になっている。
「先輩、どうぞ」
「悪いな」
少し持ち上げて礼を返す。
その様子を見ていたオンドたちがニヤニヤしながらこちらを見つめていた。
「なんだ?お前ら。ジロジロ」
「しっかしよ、アイツもお前にゾッコンだよなぁ」
「はぁ?」
「やっぱそうだよな?モイス」
「カイラ、お前も分かるよな?」
「女の私から見ても、あれは分かりやすいね。まぁ気持ちはわかるけど」
「おいおい。ノア、お前大人気じゃねぇか」
「またまた」
三人が呆れたように肩をすくめ、机にぐでんとしながら酒をグビグビゲームみたいに飲んでいく。
なんだその顔は。ニヤニヤしやがって。
それから夜まで談笑は続き、危うくオンドがおっぱじめる寸前まで行ったので、急いで中止してみんな解散となった。
オンドをどうにかするのに死ぬほど時間がかかった。
⋯⋯アイツを普段誰か止めれているのか?
気が気じゃねぇよ。
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