第四話 数式の変換による、魔術の変化

 ファブニル家の屋敷が燃やされてから七時間が経過し、当の前に夜のとばりが降りていた。


「ようやく見つけたぞ」


 ヴェルナーはファブニル家の後継者を探すために木々の間を跳んで移動していた。今、彼の眼下には向かい合っている集団がいた。


 一つは鈍色のローブを着た五人の集団だ。ヴェルナーが先ほど戦った魔術師と同じローブを着ていることから五人組がトルネイド家に与する人達であることがわかった。


 そして、五人組と相対している三人組がファブニル家の人間だ。


 一人はファブニル家の長女であるセレナード・ファブニル。スラリとした体型で青髪ロングヘアに青い瞳を有している。彼女は赤と白を基調としているローブを着ていた。可憐ながらも気が強そうな雰囲気を纏っている。


 セレナードとヴェルナーは同い歳だが二人は会話を交わしたことはない。ヴェルナーが記憶を取り戻す前、彼女と廊下ですれ違ったことがある程度だ。


 ヴェルナーは他の二人にも見覚えがあった。


 一人はファブニル家の長男でセレナードの妹であるライド・ファブニル。一歳ニの少年だ。姉と同じく青髪と青い瞳を有している。彼は赤と白を基調とした騎士風の服を着ていた。


 最後の一人はシルバー・バッカルという名の男だ。ファブニル家に仕える一介の魔術師である。


(トルネイド家の連中は二サークルが四人、三サークルに達してる奴が一人。対するセレナードとその弟のライドというガキが一サークル、シルバーという名の魔術師がニサークルか……当然、まともに戦えばファブニル家が負けるな)


 ヴェルナーは状況を把握しながら木から飛び降りて集団の前に姿を現した。集団はヴェルナーの足音を聞き、一斉に彼を注視していた。


 ヴェルナーにはファブニル家を助ける義理はない。しかし、彼は弱小魔術師共が争っている理由を知りたがっていた。それが有用な魔剣やら魔道具ならば奪ってやろうという算段だった。


「お前はヴェルナー! 生きてたのか!」


 シルバーはヴェルナーを見て驚いていた。


「お前らは下がってろ」


  ヴェルナーはファブニル家の人達を一瞥してからトルネイド家の魔術師達と相対した。


「お前は僕よりサークルの強度が弱い魔術師だろ! 弱虫は下がってろよ!」


 ライドはヴェルナーに守られることに納得できずにいた。


「クソガキ、お前の目は節穴か」


「なんだと!」


 ヴェルナーは背中越しにライドを小馬鹿にすると、ライドは右足を踏み出して憤慨していた。


「ラ、ライドお坊ちゃま、確かにヴェルナーの奴のサークルが二段階も強くなっています」


「えっ……ほ、本当だ! どうやったんだ! 二段階を上げるなんて相当な修練が必要なのに」


 シルバーがヴェルナーのサークルの状態を指摘したことでライドはようやくヴェルナーの魔力量が増えたことに気付いた。


「貴方、死ぬ気? 向こうには三サークルの魔術師がいるのよ」


 セレナードはヴェルナーの行動が理解できなかった。少し腕が上がったとはいえ一サークルの魔術師が二サークルと三サークルの魔術師に挑むのは正気の沙汰ではないと思っていた。


 サークルが上がれば魔力量だけではなく使える魔法の幅も増える。一サークルから二サークルは下級魔術しか使えないが三サークルからは中級魔術が使えるという絶対的な差がある。


 しかし、セレナード達はヴェルナーにコア・サークル連結式魔術回路があることを知らない。サークルの数に依存しない、独自の魔法理論で構築した秘伝魔術が使えることもしらない。何より、戦い慣れていることを知らなかった。


「助かりたいなら黙って見てろ女」


「なっ……!」


 セレナードはヴェルナーの態度に空いた口が塞がらなかった。


(この男……人と口を効かない奴とは聞いてたけどなんて失礼なやつなの)


「そこまで言うなら私を助けろ! そして死んでも恨まないで!」

 

 セレナードの様子にヴェルナーは相当甘やかされて育った女だなと思いつつトルネイド家の魔術師の方に向かって歩いていく。


「レイブル副師団長、馬鹿が来やがったぜ! あいつ一人で俺達に勝つつもりみたいですよ」


「あんな愚かな魔術師は初めて見たな」


 ニサークルの魔術師とレイブルと呼ばれた三サークルの魔術師がヴェルナーを小馬鹿にしていた。


(三サークルの魔術師が副師団長ということはトルネイド家の中で二番目か三番目に強いはずだ)


 領土を持つような魔術師は師団を抱えている。地位や権力が高い魔術師ほど規模が大きい師団を幾つも有している。聖十二族せいじゅうにぞくクラスになれば五つの師団を抱え、五人の師団長と副師団長がいる。


 だが、ファブニル家やトルネイド家みたいに地位と権力が低い魔術師は小規模の師団が一つあるだけだ。故にヴェルナーはトルネイド家の副師団長をトルネイド家の中で二番目が三番目に強いと判断していた。


 実際、トルネイド家は当主の次に師団長が強く、その次に副師団長が強い。ヴェルナーの考えは当たっていた。


 ちなみに聖十二族は弱小魔術師の家系と違って様々な役職を与えられた人間おり、師団長や副師団長だからといって一概に一家の中で二番目か三番目に強い魔術師と判断できない。


(正直、全員かかってこられたら厄介だな挑発するか……俺も弱くなったもんだな、この程度の奴らに策を練らないといけないなんて)


 ヴェルナーは自身の弱さに辟易しながら人差し指と中指をレイブルに向ける。


「なんのつもりだ」


「『下級無属性魔術・魔法の矢』でお前を殺す」


「へっ?」


 レイブルは素っ頓狂な声を出したあと、


「くーっ、はははははっ!」


 お腹を抱えて大笑いしていた。


「ヴェルナーのやつ頭を打ったんじゃないのか」


「あいつ死ぬ気だ」


 強気なヴェルナーを見てシルバーとライドは呆れていた。


 笑い終えたレイブルは口を開く。


「いいか小僧。魔法の矢は攻撃系魔法の中で最も簡単かつ最弱だ。そして、お前は一サークルの魔術師だ。言ってる意味は分かるよな? 三サークルの俺とお前が魔法の矢を撃ち合えば、必然的に俺に勝つ」


「なら、本当に勝てるか試してみるか? 撃ってこいよ!」


 ヴェルナーは敵を煽っていた。


「小僧めが! よっぽど死にたいらしいな!」


 煽られたレイブルはヴェルナーに人差し指と中指を向けた。それから二人は同時に詠唱する。


「「『下級無属性魔術・魔法の矢』!」」


 二人の指から白色の光線が放たれた。明らかにレイブルの光線はヴェルナーのものより一回り大きかった。


「……勝った!」


 魔法の矢が衝突する寸前、レイブルは勝利を確信する。


 しかし――


「「「なっ⁉︎」」」


 ――その場にいるものは全員、驚き戸惑っていた。


 ヴェルナーの魔法の矢がレイブルの魔法の矢を貫いたのだ。


(俺の魔法の矢は魔力を先端に圧縮して貫通性を向上させている。最も簡単な魔法だからこそ術者次第で変化できる無限の可能性を秘めていることを思い知らせてやる)


 魔術を行使する際は詠唱が必要だ。原初の魔術は脳内で魔術を構成する数式を展開し、脳内で演算して発動する必要があった。しかし、ヴェルナーが『凶乱の大魔王』だった時代に魔術の技術が発展し、数式を言語に変換することで脳内で演算する必要はなく感覚的に魔術を発動できるようになった。


 前世でヴェルナーがまだ一サークルだった頃、強者に勝つために彼は魔法の矢の数式を変換させて貫通力重視の攻撃に変質させた経緯がある。


(直撃する前に防御魔術を展開させなければ!)


 レイブルは慌てて魔術を詠唱しようとするが、


「魔法の矢よ、暴走しろ」


 ヴェルナーは指を鳴らすとレイブルの目前に迫っていた魔法の矢が膨れ上がり爆発する。


「ぐあああああああっ!」


 爆炎の中、レイブルは絶叫していた。

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