第093話 3人娘「違う」


 本部長の部屋を出て、階段を降りる。

 そして、3階まで降りると、とある部屋をノックした。


『はーい?』

『誰ですかー?』


 この声は……ドロテー?


 扉を開け、中を覗く。

 すると、デスクについて作業をするテレーゼとデスクの照明の上にとまるカラスがいた。

 ドロテーがここにいるということはまだクリスは出張から戻っていないようだ。


「よう、無事に帰れたようだな」

「あ、ジーク君……」

「ジークさんじゃないですかー。お久しぶりです」


 久しぶりか?


「数日前に会っただろ」

「数日は久しぶりなんですよー……クリス様……カァー」


 悲しい鳴き声……

 クリスの奴、早く帰ってこいよ。

 いつもうるさいドロテーがめちゃくちゃへこんでいるだろ。


「元気ないなー……というか、テレーゼもなんか元気ないな。目が死んでるぞ」


 元々、暗い女だけど、この前よりもどよーんとしている。


「忙しくて……昨日も日を跨ぎました」


 そりゃ大変だ。


「ポーション、飲むか?」

「ちょうだい……」


 扉を閉め、テレーゼのところに行くと、俺が作った特製のポーションをデスクに置く。


「ほれ」

「ありがとう……」


 テレーゼがポーションを一気飲みした。


「お前の弟子はどうした? こういう時こそ師匠を手伝えよ」

「明日、試験だから休ませた。そっちに集中してほしいし」


 あー……確かにな。


「何級なんだ?」

「9級。だから8級を受ける」


 アデーレと一緒か。


「優秀なのか?」

「うん。私なんかよりずっと才能がある」


 謙虚と卑屈の塊であるこいつの言うことはまったく信用ならんからわからんな。


「そうか……まあ、ウチの連中も受けるし、お互いに頑張ってほしいな」

「うん……ジーク君はどうしたの? 私に会いに来てくれ……そんなわけないか」


 悪いが、その通りで会いになんか来ないし、他の兄弟子、姉弟子連中を訪ねる気もない。


「ちょっと頼みたいことがあるんだが、雷鉱石って余ってないか?」

「雷鉱石? もちろん、あると思うけど?」


 さすがは本部だ。

 ウチとは違う。


「実は本部長が陛下から魔剣製作の依頼を受けたんだよ」

「陛下……え? 国王陛下!? ひえー……」


 身分に弱い奴だ。


「ああ。俺はその手伝いで来たんだよ」

「あ、そうなんだ。てっきりお弟子さんの試験に付き添いに来たのかと思った」


 付き添う気はなかったがな。


「まあ、付き添いも兼ねているな。それでその魔剣の材料として、雷鉱石が欲しいんだわ」

「そういうことならいいよ。でも、人手がないからエレメントを抽出したり、エンチャントはできないよ?」


 はい?


「誰に言っているんだ? お前らのチームの最上級は何級だよ」

「4級の私です……」


 お前か……

 本当にエースなんだな。


「お前らが忙しいのはわかっている。俺がやるから問題ない」


 こんな状態の姉弟子にやれとは言えんわ。


「そっか……そういえば、ジーク君ってエンチャントが得意だったね」

「そういうことだ。だから材料を分けてくれるだけでいい」

「わかった。じゃあ、作業場に行こうか。確かそこにあるよ」


 そう言ってテレーゼが立ち上がった。


「ドロテーは待ってるか?」

「行きます……ハァ」


 落ち込みようがすごいな。

 よくケンカしてたヘレンが何も言えないレベルだ。


「ほら、おいで」


 テレーゼが呼ぶと、ドロテーが肩にとまった。

 暗いコンビだなと思ったが、言わないようにする。


「テレーゼ、頼む」

「うん。こっち」


 俺達は部屋を出ると、廊下を歩いていった。

 そして、奥にある部屋に入ると、何度か来たことある魔導石製作チームの共同アトリエにやってくる。

 中はそこそこ広く、2人の女性が仕事をしており、忙しそうだった。


「お疲れ様」


 テレーゼが声をかけると、2人の女性が振り向く。


「あ、テレーゼさん」

「お疲れ、テレーゼ」


 後輩と先輩かな?


「すみません。本部長の命で雷鉱石を分けてほしいんですけど」


 あ……


「鉄鉱石もな」

「あ、そうだね。いいですかね?」


 テレーゼは先輩らしき女性に確認する。


「まあ、本部長が言うならいいでしょ。好きに持っていってよ」

「ありがとうございます」

「えーっと、マルタ、雷鉱石ってどこだっけ?」


 先輩さんが後輩さんに聞く。


「あっちですね」


 マルタとかいう後輩さんが立ち上がり、奥の方に歩いていったので俺達も続いた。

 すると、色んな魔導石が入ったいくつかの木箱の前まで来る。


「こっちが雷鉱石でこっちが鉄鉱石です」


 後輩さんが木箱を交互に指差す。


「テレーゼ、鑑定もできただろ。手伝ってくれ」

「うん」

「じゃあ、鉄鉱石の方を頼む。とにかく、品質を重視してくれ」

「わかってる。陛下からの依頼だもんね」


 俺達は腰を下ろし、選んでいく。


「ジークヴァルト君……君って、リートに転勤したんじゃなかったっけ?」


 振り向くと、案内してくれた後輩さんが俺を見下ろしていた。


「本部長の手伝いにきたんだ。弟子だしな」

「ふーん……」


 え? 何、こいつ?

 知り合いか?


「何か文句でもあるのか?」

「別にないけど、なんでかなって思って……悪い?」


 えー……

 俺、何かしたか?

 いや、待て……マルタとか言ったな?

 魔導石製作チームのマルタ……あ、飛空艇でアデーレに聞いた同じ学校の同期だ。


「悪くない。ちょっと大事な仕事があって、緊急で来たんだよ。それよりもマルタ。お前は明日の試験を受けないのか?」

「今回は見送った。ちょっと勉強時間が取れなかったし、自信がない」


 そんなに激務なのか、ここ……


「まあ、自分のペースでやるのが一番だからな。あ、知ってるかもしれんが、アデーレが来てるぞ」

「一応、電話では聞いたわね。食事にでもって誘われたけど、ちょっと無理そう」


 同期のマルタで確定だな。

 あぶねー……

 しかし、まったく記憶にない顔だな。

 とはいえ、何度かはここに来たことあるし、当然、面識はあるだろう。


「無理だけはするなよ。身体こそが資本だぞ。あ、ポーションいるか?」

「ジーク君のポーションは効くよー……」


 テレーゼがちょっと危ない笑みを浮かべながら勧める。


「い、いえ、やめときます。そこまでじゃないんで……」


 完全に怪しいポーションと思われてないか?


「まあ、無理にとは言わん。でも、アデーレは試験が終わってすぐには帰らんし、昼食ぐらいなら付き合えるんじゃないか? 俺が言うのものなんだが、友人は大切にするべきだぞ」

「本当にジーク君が言うのもなんだね……」

「ようやく人間は一人では生きられないことに気付いた社会不適合者です……」


 根暗コンビ、うっさい。


「お前らも友達ゼロだろ……って、どうした?」


 マルタが変な顔をしている。


「いえ……ジーク君、何か変わった?」


 知らんわ。


「挨拶と雑談ができるようになったな」


 すべてはあのナンパ本のおかげかもしれん。





――――――――――――


いつもお読み頂き、ありがとうございます。

本作は皆様の応援のおかげで書籍化することとなりました。

大変ありがとうございます。


書籍情報については、随時お知らせすると思います。

引き続き、本作を楽しんで頂き、応援して下さりますよう、よろしくお願いいたします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る